コーヒースケッチ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年10月01日 05時00分]
コーヒーの日」が社団法人全日本コーヒー協会によって制定された1983(昭和58)年、その日本における初の「コーヒーの日」の3日前、同年9月28日に丹羽小弥太が病死した。「コーヒーの日」の2日後、同年10月3日の『朝日新聞』に丹羽小弥太を追悼する記事「生と死 見つめて最後の言葉 力ふりしぼり歌を詠む」が載った。《最後の言葉》は聖パウロ女子修道会の月刊誌『あけぼの』による同年7月20日のインタビューに応じたもので、がんに侵されて余命幾許もない丹羽小弥太はコーヒーを語り、短歌を詠んだ。
 
 《コーヒーを飲むことが、自分の身体の状況を見る一種のバロメーターに
  なっている。好みのブレンドで入れて、ああ今日もコーヒーが飲めたか、
  やれやれと思う》
  コーヒースケッチ (1)
 「きょうもまた 朝の珈琲のみにけり ひと日重ねし事の嬉しさ」
 
初の「コーヒーの日」、その1983年10月1日に全日本コーヒー協会が発した新聞広告は、「「私のコーヒースケッチ」エッセイ・フォト・アイデア募集中。」というものだった。このコンテストの応募期間は「コーヒーの日」である10月1日から同年12月10日まで、エッセイと写真とアイデアの3部門に分かれていて、エッセイと写真の最優秀賞には(当時の芥川龍之介賞・直木三十五賞の副賞と同額の)50万円が贈られ、賞金の総額は750万円だった。
  コーヒースケッチ (2)
この翌秋、コーヒーに関する50篇のエッセイを収載した『私のコーヒー・スケッチ』(文藝春秋:編/文藝春秋:刊 1984年9月)が刊行された。
 
 《さて本書は、今春〔?ママ〕、社団法人全日本コーヒー協会が主催した
  「私のコーヒー・スケッチ」コンテストのエッセイ部門に全国から応募さ
  れた一万通近い作品の中から、コンテストとは別に“コーヒーと人々と
  の触れ合い”を主テーマに、小社出版部で選んだものであります。》
  (文藝春秋出版部長 鈴木經太郎 「あとがき」)
 
『私のコーヒー・スケッチ』には、『朝日新聞』に掲載された丹羽小弥太の短歌を引いて始まるエッセイも収められた。その作者である堀沢繁治は、脳性マヒの障害者だからこその‘極楽’を記している。
 
 《駒大の丹羽小弥太教授の死の直前の歌である。先生の置かれた状況
  に比べれば、お話にならない程、平穏であるが、日ごとの身体状態を
  知るバロメーターとしてコーヒーを飲むことは私も同じである。(略) 体
  調が良い時は三十分ほどで飲むに至る。一時間かかる日もあれば、
  それ以上を要し、放り出したくなることも、正直いってある。しかし、こ
  ういう時のコーヒーはうまい。コーヒーを入れるという肉体労働をした
  後の、渇いた喉元を通るホロ苦さは極楽以外の何ものでもない。この
  コーヒーのうまさは、苦もなく入れられる人には分かるまい。少々、不
  謹慎だが、だれにも聞こえないように、「様ァ見やがれ」と言ってみて
  は、ほくそ笑む。》 (堀沢繁治 「コーヒー・訓練・極楽」)
 
コーヒーを楽しむに、また《コーヒーを飲むことが、自分の身体の状況を見る一種のバロメーターになっている》ことに、障害者だろうが健常者だろうがそんなことは関係ない。そして、私にとって、「コーヒーの日」がコーヒー業界の《状況を見る一種のバロメーターになっている》ことも事実である。振り返ってみれば、全日本コーヒー協会による「私のコーヒースケッチ」コンテストは、協会が主催したキャンペーンの中で、僅有にしてほぼ唯一にまともだった活動であり、最初にして最後の佳局であった。いや、それも『私のコーヒー・スケッチ』という書誌へまとめられてこその好事、その点は《やれやれと思う》のであり、《「様ァ見やがれ」と言ってみては、ほくそ笑む》のである。
  コーヒースケッチ (3)
2017年10月1日、日本における35回目の「コーヒーの日」を迎えて、珠玉のエッセイ集『私のコーヒー・スケッチ』を読み返しながら、楽しくも苦しいコーヒーを味わう。
 「きょうもまた 朝の珈琲淹れにけり ひと日重ねし味の苦しさ」
 (鳥目散 帰山人)
 
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新・珈族ゲーム

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年09月26日 01時00分]
は~い! 呼ばれてないのにジャジャジャジャ~ン! …コーヒー牛乳とコーヒーコーラと、今昔とダブルカフェインで、ちょっと奇妙なゲームをまたやってみた。新たな「珈族ゲーム」…いいねえ~。
 
【新・珈族ゲーム1/雪印コーヒー 復刻版】
 新・珈族ゲーム (1)
雪印乳業(現:雪印メグミルク)は1955年に東京都内の食中毒事件を起こして、佐藤貢社長(当時)は《信用を得るには永年の歳月を要するが、これを失墜するのは実に一瞬である》(「全社員に告ぐ」)と誡めた。だが、その45年後、佐藤貢が死んだ翌年の2000年に同社は近畿一円で再び食中毒事件を起こした。「雪印コーヒー」55年記念Web限定ムービー「Now & Then」は、《昔から人は、幸せの甘さを知っている》と嘯いている。雪印メグミルクが知っているのは、《幸せの甘さ》ではなくて品質管理の甘さだろうに…。佐藤貢は《信用は金銭では買うことはできない》(前掲文)と言ったが、しかして5年8ヵ月ぶりに発売された「雪印コーヒー 復刻版」は150円で買うことができる。飲んでみよう。
 新・珈族ゲーム (2)
現行版…Camphoric(樟脳のような)、Creosol(ピリッとした苦み)、
    Roasted Peanuts(ローストピーナッツ)、Skunkly(悪臭)
復刻版…Walnuts(クルミ)、Piney(松のような)、Toast(トースト)、
    Mushroom(マッシュルーム)、Hay(干し草)
 新・珈族ゲーム (3)
当然というべきか残念というべきか、今般に「雪印コーヒー 復刻版」は2012年の「珈族ゲーム」で捉えた香味とほぼ変わらない。現行版には樟脳のような臭いがあって、復刻版の方がまだマシな香り。味は口に含んだ瞬間は復刻版の方が甘ったるいが、現行版はピリピリとした苦みがベットリと舌残りする。今般に私が飲んだ「雪印コーヒー 復刻版」は、2017年6月に学校給食の牛乳で異臭騒ぎ(衛生問題は無し)を起こしたいばらく乳業(雪印メグミルク子会社)の製造だった。しかし、コーヒー牛乳として異臭がするのは、現行版の方である。今般の復刻も、「雪印コーヒー牛乳」を発売した1963年から数えて55年記念としているが、再現したのは1970年にゲーブルトップ型パックで発売した「雪印ラクトコーヒー」である。つまり実際には48年記念? 滅んだハズの「雪印コーヒー」の5年ごとのキャンペーンは、もうゴメンだ。
 
【新・珈族ゲーム2/コカコーラ コーヒープラス】
 新・珈族ゲーム (4)
日本コカ・コーラは2011年11月に抹茶入り缶コーヒー「ジョージアクロス 和-STYLE」を発売した。その着想は大胆だったが香味は貧弱で、抹茶とコーヒーと双方の品格をサゲた。サントリーペプシコ・ベトナム・ビバレッジは2017年6月にベトナムで抹茶入り缶コーヒー「MY CAFÉ」を発売した。呆れて何も言いたくない。日本コカ・コーラは2017年9月に《コカ・コーラとコーヒーがひとつに!》と称して、「コカコーラ コーヒープラス」を自動販売機限定で発売した。炭酸とコーヒーの混成物は、2012年に発売されたサントリー「エスプレッソーダ」に限らずロクな飲料にならないが、近来は‘コールドブリューコーヒー’(水出しコーヒー)の延長にあるキワモノとして炭酸入りコーヒーが売り出されている。「コカコーラ コーヒープラス」は、これに影響を受けたのか? 売っている自販機を探して、130円で買った。飲んでみよう。
 新・珈族ゲーム (5)
現行オリジナル…Cappy(牛乳キャップ)、Kerosene(灯油)、
        Burnt(焦げ臭)、Onion(タマネギ)
コーヒープラス…Grady(庭のような)、Biscuity(ビスケット)、
        Lactic(乳製品)、Tarry(タール)
 新・珈族ゲーム (6)
当然というべきか残念というべきか、「コカコーラ コーヒープラス」は着想も香味も貧弱で、コーラとコーヒーと双方の品格をサゲた。対照に同じ埼玉工場で製造された現行オリジナルのコカ・コーラも缶入りで飲んだが、その刺激の薄い半端なコーラとも「コカコーラ コーヒープラス」は全く別物である。《アガる! ダブル・カフェイン》などと謳われているが、これならば「コカ・コーラ ゼロカフェイン」とは逆向きにカフェインだけを増量した方が、香味としてはまだマシだろう。コーヒーを足したというよりも、蒸れた庭土のような臭いと腐りかけた牛乳のような味がして、コーラでもコーヒーでもない不気味な飲料になっている。もっとも、「コカコーラ コーヒープラス」は炭酸飲料であってコーヒー飲料ではない。ならば、猿田彦珈琲監修でコーラ風味の缶コーヒー「ジョージア」をつくる? いや、想像しただけで吐き出したくなる飲料は、もうゴメンだ。
 
映画『家族ゲーム』(1983年)では主演(吉本勝:役)の松田優作がコーヒーを一気に飲み干していたが、30年後に制作されたTVドラマ『家族ゲーム』(2013年)では主演(吉本荒野:役)の櫻井翔が「ジャズ喫茶 ちぐさ」でケーキを食べたり(第2話)、「COFFEE PARK 神田白十字」でコーヒーを飲んでいた(第7話)…いいねえ~。しかし、今般の「新・珈族ゲーム」ゲームでもコーヒーを飲んだりケーキを食べたりしたくなるようなコーヒーに出会えなかった。次回作に期待す。
 
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秋澄む森を走れ

ジャンル:スポーツ / テーマ:ジョギング・ランニング / カテゴリ:走の記:大会編 [2017年09月24日 23時30分]
「秋はなほ 夕まぐれこそ たゞならね 荻の上風 萩の下露」と藤原義孝は詠み、その祖父(藤原師輔)から6代後の藤原顕広(俊成)は「ともへ川 その水かみを 尋ぬれば 薄の雫 萩の下露」と詠んでいる。秋の彼岸の涼やかな朝に「秋薫 荻と萩」と名付けたブレンド珈琲を喫してから、巴川の源流がある高原へ向かう。今秋で5年連続の8回目、鬼久保ふれあい広場へ…私は帰ってきた!
 
2017年9月24日
『三河高原トレイルランニングレース 2017』 24K
 
 秋澄む森を走れ (1) 秋澄む森を走れ (2) 秋澄む森を走れ (3)
澄んだ秋空の下、スタート! ショートの部(9K)で後発するT本さんに見送られ、走友K谷さんと談走しながら、序盤の丘の林道をゆっくり駆ける。鬼久保ふれあい広場入口ものんびり通過。5km地点を約36分で通過。
 
 秋澄む森を走れ (4) 秋澄む森を走れ (5) 秋澄む森を走れ (6)
気分は好いが、セカンドウィンドウどころか早くも呼吸が苦しくなって、K谷さんに「はい、お別れ」。気温の上昇も少ないし、山道は前回よりさらに登りやすくなっている。だが、私は遠くK谷さんの背を追いながらヒイヒイ登る。第1エイドを過ぎて再び森に入り、巴山の頂部をかすめるように上って下る。10km地点を約1時間21分で通過。
 
 秋澄む森を走れ (7) 秋澄む森を走れ (8) 秋澄む森を走れ (9)
K谷さんに追いついて再び喋りながら、上りは歩き下りは走る。足がもつれて何度も転倒しそうになる笹道の談走下り、ガサガサと擦れ音がして楽しいけれど私の足はダメだなコリャ(笑)。第1関門の第2エイドでアンパンをモグモグ、冷却スプレーをシュウシュウ、約1時間47分で通過。ここまでは前回とほぼ同じ進速だが、クランプの予兆も同じ。山道登りで、再びK谷さんに「はい、お別れ」。
 
 秋澄む森を走れ (10) 秋澄む森を走れ (11) 秋澄む森を走れ (12)
道脇に座り込んで心拍数が落ちるのを待ち、再び心拍数が上がって道脇に座り込む、4分停止の休憩を3度。15km地点を約2時間28分で通過。薄曇りになって森にそよ風が通る、その心地好い森の中を走ったり歩いたり。カナブンとも200mほど共走。
 
 秋澄む森を走れ (13) 秋澄む森を走れ (14) 秋澄む森を走れ (15)
白髭神社の参道前を約2時間47分で通過。第3エイドでバナナをモグモグ、麦茶とスポドリと水をがぶ飲み、約2時間54分で通過。…ん? 今年のススキ野は花穂が赤っぽい。林道から山道へ入る前、クランプ発作を避けるために、また4分停止の休憩。
 
 秋澄む森を走れ (16) 秋澄む森を走れ (17) 秋澄む森を走れ (18)
20km地点で約3時間23分で通過。鉄塔下ではフザケタ写真を撮って、さぁ遊び走りも終りが近い。秋の薫りに満ちた森林浴を終えて、K谷さん(約25分先着)とT本さん(ショート完走)の出迎えを受けて、フィニッシュ!
 
タイム 3h58分20秒
 
 秋澄む森を走れ (19) 秋澄む森を走れ (20) 秋澄む森を走れ (21)
クランプを不発に抑えて、美しい森の中を進んだ…またも記録は最遅を更新してしまったが、今の私には充分の完走だ。喫煙しながら走友らと談議を弾ませてから、秋澄む三河高原の森から去った。「ともへ山 その峰わきを 駆けぬれば 笹の擦れ音 森に秋澄む」
 
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1週間・1日・1時間

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2017年09月21日 21時30分]
映画『ワンダーウーマン』は第一次世界大戦の話で、映画『ダンケルク』は第二次世界大戦の話。両者の舞台は共にBEF(イギリス海外派遣軍)が苦戦する西部戦線の戦場で、その空間は近接していた。両者の物語は約21年7ヵ月の差で隔てられていたが、映画の封切りは共に2017年夏で、その時期は近接していた。共に小船やら戦闘機やら列車やらが物語を運んでいるし、『ダンケルク』は『ワンダーウーマン』の続編なのか? 観てみよう。
 1週間・1日・1時間 (1)
 
『ダンケルク』(Dunkirk) 観賞後記
 
 《5月29日  一九四〇年のこの日からダンケルクからの英・仏軍の撤退が
  本格化した。ドイツ軍は、海岸に密集した英・仏軍に空襲を加え、砲撃を
  繰り返した。海上には輸送船、漁船など大小の船が兵士たちを収容して
  いる。直撃弾で沈没する船も多い。フランス軍のマイヤ軍曹(ジャン=ポ
  ール・ベルモンド)もここまでは逃げのびてきた。砂浜で二日間、この地
  獄絵を目撃し、体験する。フランス人の目でダンケルクの悲劇が再現さ
  れた数少ない作品の一つだ。 この脱出は、あくまでも英国軍が優先され
  た。マイヤは、暴徒と化した兵から娘を助けたりしながら脱出の機会を待
  ち続けた。六月四日までに英国に脱出できたのは三十四万人。マイヤは
  そこに入っていなかった。》 (「ダンケルク」 監督アンリ・ベルヌイユ 一九
  六四年フランス映画/石子順 『映画366日館』 社会思想社:刊 1985
  年)
 1週間・1日・1時間 (2)
1週間──ダンケルク。共にダイナモ作戦(ダンケルク大撤退)中の「1週間」を描いた映画でも、2017年の映画『ダンケルク』は、その53年前の映画『ダンケルク』(Week-end à Zuydcoote:1964)とは視点も趣旨も全く異なっていた。ダンケルクの戦いは、イギリスにとってはバトル・オブ・ブリテンへ繋がる栄誉の撤退であるが、フランスにとっては首都放棄と降伏へ繋がる屈辱の敗走である。映画『史上最大の作戦』(The Longest Day:1962)では、ソード海岸へ上陸するイギリス兵が「ダンケルクの仇をとるぞぉ」と叫ぶ。これに対してトルコ出身のフランス人であるアンリ・ヴェルヌイユ監督は、「なぁにが『史上最大の作戦』だ。Dデイの4年前に何があったのかわかってんのかぁ」という意気で1964年の『ダンケルク』を作ったのではないか?…そう私は臆見する。
 
 《敵が侵攻した最初の24時間で勝敗は決する。その日は敵にとっても我々
  にとっても「いちばん長い日」(Der längste Tag=The Longest Day)
  になるだろう。》 (エルヴィン・ロンメル)
 1週間・1日・1時間 (3)
1日──史上最大の撤退作戦。ダイナモ作戦(ダンケルク大撤退)中の「1日」とネプチューン作戦(ノルマンディー上陸)のDデイとのどちらが「いちばん長い日」だったのか、それは判らない。判っているのは、2017年の映画『ダンケルク』を作るきっかけは二十数年前にドーバー海峡を小船で19時間を要して渡った経験だとクリストファー・ノーラン監督が騙っていることだ。だが、本当のきっかけは海峡を渡った後にある。スティーヴン・スピルバーグ監督が「いちばん長い日」を描いたもう一つの映画『プライベート・ライアン』(Saving Private Ryan:1998)だろう…そう私は臆見する。
 
 《この映画に取り掛かる前に、スタッフと一緒にいくつか映画を観ました。そ
  の一本が(激しい戦闘描写でも知られる)『プライベート・ライアン』。スピ
  ルバーグとは親しくしていて、とても美しいフィルムを貸してくれたんです。
  強烈な体験でした。(略) まず、あの完璧な傑作と競争をしたくないという
  ことに気づけた。それに、僕たちはあの映画とは違う、もっとサスペンス
  に基づいた“強烈さ”を求めていたこともわかりました。》 (クリストファー・
  ノーラン/Web『シネマトゥデイ』 映画ニュース 2017年8月6日)
 1週間・1日・1時間 (4)
1時間──プライベート・トミー。クリストファー・ノーラン監督が《あの映画とは違う、もっとサスペンスに基づいた“強烈さ”を求めて》たどりついたのは、ダイナモ作戦(ダンケルク大撤退)中の「1週間」と「1日」を描いた映画から「1時間」を引き抜くことだった。監督作品の前作『インターステラー』(Interstellar:2014)で当初のスピルバーグ版脚本にメロドラマを1時間ほど足していたが、今作『ダンケルク』では『プライベート・ライアン』からメロドラマを1時間ほど抜いて尺を短くした。ノーランは、《とても美しいフィルムを貸してくれた》スピルバーグに「プライベート・トミー」(Surviving Private Tommy)としての『ダンケルク』を返却したのではないか? ヴェルヌイユやスピルバーグは歴史を映したかったが、ノーランは映画を撮りたかった…そう私は臆見する。
 
 1週間・1日・1時間 (5)
1週間と1日と1時間という3つの時間の縮尺の違い、陸と海と空という3つの空間の視点の違い、それら3つの階層が繋がって収束していく映画『ダンケルク』の構成は面白い。そこは、私が‘ザ・タイム・マン’と名付けたクリストファー・ノーランらしい仕上がり。けれども、『インセプション』(Inception:2010)や『インターステラー』ほどの臨場感や没入感を私は得られなかった。‘虚無’(Limbo:辺獄)や‘テサラクト’(Tesseract:四次元立方体)へは何度でも行きたいが、嘘臭いアトラクションみたいな‘ダンケルク’は一度限りで充分な感じ。構成は良かったがドラマツルギーで滑っている『ダンケルク』、そういう映画からは撤退するしかない。そして、『ダンケルク』は『ワンダーウーマン』の続編ではなかった。さて、『ダンケルク』の続編は『人生はシネマティック!』なのか?
 
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川は私を見ない

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2017年09月19日 23時30分]
ここから語るのは演劇についてだ。つまり、私には関係のない話だ。自宅の書棚にあった本を見つけて読み返す。鈴木忠志 『演劇とは何か』 岩波書店。私は147ページの6行目からを読む。
 
 《つまり一般の住居であろうと体育館であろうと、あるいはお寺であろうと野
  外であろうと、俳優と観客との関係が方法的にきちんと位置づけられた
  演出というものがあれば、劇が行われる場になると思います。ですから
  私は、つねに「劇場」というものは劇場になりうる空間と考えている。日
  常見慣れた光景のなかに、別な日常が入り込み、空間を構成する関係
  を組み変え、空間の印象を変容させるところに演劇性があり、演出とい
  う仕事があると思っています。》
 
私がこの本を初刷で読んだのは、1988年のことだ。今日にはテキスト群を美濃加茂市内の3ヵ所に置いた劇作家のKさんが元旦に生まれた年だ。それで一体何が痕跡として残っているのだろうか。しかし大丈夫だ。こんな風に演劇は始まる。いつもこんな風だ。目を上げ、町に出ろ。
 
「まち×演劇×アート 早稲田・美濃加茂交流まち演劇プロジェクト」
 
  川は私を見ない (1)
台風一過で秋日和の2017年9月18日、美濃加茂へ車を走らせる。特定非営利活動法人きそがわ日和と早稲田大学OBOGチームと美濃加茂市が組んだ早稲田大学・美濃加茂市学生演劇公演10周年記念の催事を観る。
 
 川は私を見ない (2)
まず、影山直文氏(カゲヤマ気象台)のプロジェクト「月はお前を見ない」を観る。美濃加茂市中央図書館、旧小松屋裏の土手のベンチ、コクウ珈琲…設置場所でテキストを読み巡る、約1km弱の小さな旅。木曽川の土手で涼風に吹かれながら、既に演劇の公演1回目を観てきた早大生と談話する。私は川を見る。川は私を見ない。
 
 川は私を見ない (3) 川は私を見ない (4)
次の催事会場、御代桜醸造へ。出張喫茶の「コクウ珈琲」のグァテマラを飲みながら、髙田裕大氏のドローイングファイルを捲り観たり、来場者と談話したり…夕陽が射す待合空間で遊ぶ。
 
 川は私を見ない (5) 川は私を見ない (6)
日暮れた頃、アムリタによる本日2回目の公演「みち・ひき」(脚本・演出:荻原永璃/出演:河合恵理子・藤原未歩・大矢文・金子美咲/音:白樺汐/ドラマトゥルク:吉田恭大)が始まる。前説で「第四の壁」を壊しそうな雰囲気が察せられ、酒蔵の奥に並べられた椅子に座って身構えたが、川にも道にも見立てた通路状の舞台に次第に馴染んで魅入られる。木曽川に太田宿に商店街に自転車に鳥に魚に…美濃加茂のご当地描写がてんこ盛りでサービス過剰気味の感。だが、甘言や媚態とまでは言えない《俳優と観客との関係が方法的にきちんと位置づけられた演出》が上手い。私は川を見る。川は私を見ない。
 
 川は私を見ない (7)
アムリタの劇「みち・ひき」に早稲田銅鑼魔(どらま)館の話が出てきた。私は暗闇でニヤリとし、「あんねて」で喫したコーヒーの香味を想起した。森尻純夫氏は芝居も珈琲もつくっていた。1982年 森尻純夫 「芝居も珈琲もぼくの祝祭」 月刊喫茶店経営別冊『blend ブレンド─No.1』 柴田書店 173ページの中段5行目から。
 
 《ぼくが書き、演出する芝居もそうだ。若い演劇を支える上昇思考、もしくは
  指向には、どっかで見切りがある。仮の宿、って感じ。芝居なんてもとも
  とそうしたものです、ってこととはちょっと違うことだ。ある名人の神楽び
  とが「たかが神楽ですから」といったことがある。あ、ぼくのいい方に似て
  いるなあ、とうれしかった。たかが珈琲、と常にいうのだ、そしてたかが
  芝居、その背後にある重さ、ついでにそういいきれる余裕、客観性、「醒
  め」みたいなものに生きることのできる強さ、が「文化」を紡ぎだす条件
  なんだ。 四年前、芝居と珈琲とをごちゃまぜにひとつの会社にして、自
  身の等身を投影したような建物をつくっちゃったのも、そんなところでぎ
  りぎりになっちまおうと決意したからだ。》
 
催事はお開きとなり、御代桜醸造の会場で撤収作業を手伝う。汗をかいた身体に夜風が涼しく吹いて、心地好い。「コクウ珈琲」へ移り、イタリアンブレンドのアイスコーヒーやタバコを喫して、店主らと談話する。私は美濃加茂に住んでいない。だがそれは大事なことではない。演劇とは何か? 私の言葉に重みはない。私は店を出る。車で木曽川を渡って帰る。帰る家の方角を一瞬見失ったような気がした。もう深夜かもしれない。私は川を見る。川は私を見ない。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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