缶詰と歴史観

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:日本珈琲狂会 [2017年04月01日 00時00分]
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虚珈新聞 2017(平成29)年4月1日
 
「日本のコーヒー団体 米国企業3社と提携」 嘘か?真実か?
 
日本スペシャリティコーヒー協会(略称JSCA)は1日、オレゴンフルーツプロダクツ社・ドール社・ジャックダニエル社の3社と事業提携を結ぶと発表した。スペシャリティコーヒーの専門用語の認識を日本国内でも拡げて、欧米各国を中心とした国際的な動向に追従することをねらう。スペシャルティコーヒーの業界では、アメリカの団体がヨーロッパの団体を吸収合併するなど世界的規模で統合の動きが進んでいるが、日本の団体であるJSCAが合流するには課題が残る。その障壁の一つが、スペシャリティコーヒーの専門用語の取扱いだ。例えば、コーヒーの香味を表現する際に、「ブルーベリー」といえばオレゴンフルーツプロダクツ社のシロップ漬け缶詰を、「パイナップル」といえばドール社の缶詰ジュースを、「ウイスキー」といえばジャックダニエル社のテネシーウイスキーを指すことが規格化されている。
 缶詰と歴史観
 
JSCAの関本信慈会長は、「日本国内ではフレイバーホイールなどで使用する用語の参照規準が正しく認識されていない。このままでは国際団体に合流できない」と語る。JSCAでは、「今後は高品質のコーヒーを普及するよりも、専門用語の参照規準とされる商品の普及を最優先にする」として、「ブラックベリー」を表すスマッカーズジャムのJ.M.スマッカー社、「オレンジ」を表すトロピカーナジュースのペプシコ社、「ハーブ」を表すマコーミック社などとも提携する予定だ。このため、毎年秋に日本最大の規模で開かれるJSCAの催事では、今年度から海外のコーヒー以外の食品企業のみをスポンサーとして、8割以上のブースで提携先の缶詰など参照規準の商品を並べる予定で、コーヒー自体の出品は禁止される。
 
こうした動向に反発する声もあがっている。日本プレスティージコーヒー協会(略称PCAJ)の鳥目散帰山人会長は、「ウェルチのグレープジュースだけを規準にしてブドウの香味を表現するコーヒーなんて、山梨県民に申し訳ない。こうしたコーヒーの‘Sensory Lexicon’(感応レキシカン)の受容は我が国の‘歴史観’を揺るがすものであり、正に売国に等しい」と怒りを露わにした。PCAJは「世界のコーヒー全てを一つの缶詰にするような策謀に吞まれてはならない」と、JSCAの事業提携を批難する声明を発表した。また、海外ではココア・チョコレート系の香味表現に関わるネスレ社(トールハウス)とハーシー社とリンツ社の間で、JSCAとの優先提携の座を争う動きがみられるという。スペシャリティコーヒーにおける外圧が高まる中で、日本のコーヒー業界は身を捨てて画一化に屈するべきか、あるいは孤立を懼れず反旗を翻す多様性を求めるのか、予断を許さない厳しい局面が続く。
 
 ※「虚珈新聞」(キョコーシンブン)は「日本珈琲狂会」(CLCJ)が発信する不良メディアです。
 
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セルビアの種馬

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2017年03月31日 01時00分]
「ただのコーヒーフィルムじゃない。夢を追う美しさ、あきらめないで泥臭く一所懸命にやることがどれだけ素晴らしいことなのかをダイレクトに伝えてくれる映画」…井崎英典は2016年10月26日に日本初の上映会を主催してそう語った。その映画『THE COFFEE MAN』が「TOKYO COFFEE FESTIVAL 2017 Spring」の会場内で再び上映されるという…東京でコーヒー遊びのついでに観てみよう!
 セルビアの種馬 (1) セルビアの種馬 (2)
 
『THE COFFEE MAN』 観賞後記
 
 《スペシャルティコーヒーの魅力に取り憑かれたひとりの男の物語 ─
  その男の名前は、ササ・セスティック─。1996年、激化するボスニ
  ア紛争の煽りを受け、移民としてオーストラリアへ。その後ハンドボ
  ールのオーストラリア代表として、シドニーオリンピックへ出場。コー
  ヒーとの出会いが彼の人生をまた大きく変える。2015年アメリカ・
  シアトルにて開催された、52か国が参加するコーヒーのオリンピッ
  ク“World Barista Championship”にて優勝を果たすまでの激
  動の物語。》 (Good Coffee 上映案内)
 セルビアの種馬 (3)
《ただのコーヒーフィルムじゃない》…料金1500円の有料鑑賞だから、その通りだった。そして、欺瞞に満ちた『おいしいコーヒーの真実』(2006)や傲慢が臭う『A Film About Coffee ア・フィルム・アバウト・コーヒー』(2014)などよりも、『THE COFFEE MAN』(2016)はドキュメンタリー映画としてずっと良い出来具合だ。エチオピアへ行って野生のゲイシャを探すとか、ホンジュラスへ行って農園を買うとか、コロンビアへ行ってスーダン・ルメをカルボニック・マセレーションするとか、主人公の奇行は面白いが話のキモはそこにない。製作のローランド・フラヴァル(Roland Fraval)と監督のジェフ・ハン(Jeff Hann)が1年半に渡ってササ・セスティック(Sasa Sestic/1978-)にただただ張り付いてただただ85分にまとめた、その知恵も工夫も説教も瞞着も何もないただただ粗雑な作品であることが好い。《ただのコーヒーフィルムじゃない》…《あきらめないで泥臭く一所懸命にやる》ただのドキュメンタリーフィルムなのだ。
 
 セルビアの種馬 (4)
『THE COFFEE MAN』の中でササ・セスティックは語る…《僕は当時最年少のハンドボールオリンピアンだった。21歳、22歳そこらさ。でもスカウトの誰ひとり、オリンピックの後に連絡をしてこなかったんだ》と。それはそうだろう、と思う。2000年のシドニーオリンピックで開催国チームであるオーストラリアの男子ハンドボールチームは、全6試合に敗れて参加12ヵ国中で最下位だった。その中で、ササ・セスティックはシュート成功率が最低(30.4%)の出場選手だった。最後の最下位決定戦(対キューバ戦)でもササ・セスティックはシュートを2本だけ放って無得点だったのだから。今般の映画では、こうした事実は語られないまま、15年後にササ・セスティックが世界バリスタチャンピオンとなる姿が映し出される…《あきらめないで泥臭く一所懸命にやる》ただのドキュメンタリーフィルムなのだ。
 
 セルビアの種馬 (5)
『THE COFFEE MAN』を観た翌日、私から映画の筋を聞いた友人は「つまり『ロッキー』だね」と言った。なるほど、前チャンピオンがコーチに付いて新チャンピオンが誕生する。アポロ・クリードが井崎英典で、ロッキー・バルボアがササ・セスティックという話だ。なるほど、‘イタリアの種馬’ではなくて、‘セルビアの種馬’の話だ。「どうりで毒にも薬にもならない映画として良い出来だったわけだ」と私は得心した。フィラデルフィアにロッキー・バルボア像が置かれたように、キャンベラにササ・セスティック像を置く日が来るのだろうか? ラズベリーキャンディのようなカプチーノとかドライアプリコット風味のエスプレッソとか、ササ・セスティックらバリスタと称する似非バリスタ連中の嗜好はさっぱり理解できないが、ササ・セスティック像が置かれたならば観にいこう。
 
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気狂いヴェルフリ再考

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2017年03月26日 23時30分]
気狂い(キチガイ)画家の作品展「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」を訪ねた時、私は笠木日南子の言に逆らって《ヴェルフリがどんな人だったか、アール・ブリュットとは何か》を考えながら観た。その後、「中日新聞」は「アールブリュットって何? 名古屋で代表的な作家の作品展」という記事を掲げた。
 気狂いヴェルフリ再考 (1)
 
 《専門的な教育を受けたわけではないのに、何かを作らずにはいられ
  ない。しかも他者からの称賛や報酬などをまるで求めずに─ そんな
  人たちによる創作を総称するのがアールブリュットといえようか。日
  本では「障害者のアート」という位置づけもされるが、リュザルディさ
  んは「まず作品を見てほしい。作家が社会的、身体的にどうであった
  かは興味がない。審美的な価値が第一」と指摘した。 美術批評を手
  がける名古屋芸術大の高橋綾子教授も、ヴェルフリが性犯罪者だっ
  たことなど作家を巡る副次的な情報にはとらわれず、作品自体と向
  き合うことを勧める。》 (三品信/「中日新聞」 2017年3月24日)
 
笠木日南子もマルティーヌ・リュザルディも高橋綾子も、《作家を巡る副次的な情報にはとらわれず、作品自体と向き合うことを勧める》。独り善がりの大きなお世話だ。
 気狂いヴェルフリ再考 (2)
 
 《デュビュッフェの定義する「アール・ブリュット」は、知的でない何か、
  制度的でない何か、という否定的な部分のかたちを既にとっている
  のであり、フーコーが『狂気の歴史』のなかで用いた言葉で言えば、
  理性の「消極性」(ネガティヴィテ)としてのかたちを既に成している。》
  (松井裕美 「狂気がかたちを成すとき ─二〇世紀初頭の芸術と図
  式的実現─」/芸術批評誌『REAR』(リア)38号 特集「障害と創造」
  p.45/リア制作室:刊 2016年11月)
 
 《(1972年)同年、ヴェルフリの作品がヴァルダウからベルン美術館
  に移管され、1975年には美術館内にアドルフ・ヴェルフリ財団が設
  立された。美術という制度の「アウトサイダー」として評価されたヴェ
  ルフリの作品は、その美術という制度の「インサイダー」の側に組み
  入れられたのだ。》 (笠木日南子 「アドルフ・ヴェルフリの作品とその
  受容」/前掲『REAR』38号 p.59)
 
おかしくないか? 笠木日南子もマルティーヌ・リュザルディも高橋綾子も、誰から何を守ろうとしているのだろう? ジャン・デュビュッフェが反知性・非理性の狂気を再発見する意で道具立てにした「アール・ブリュット」、その《消極性》から目を背けよというのか? それは、《美術という制度の「アウトサイダー」として評価されたヴェルフリの作品》を、《美術という制度の「インサイダー」の側に組み入れられた》視座に限らせようというのか? おかしいだろ、これ。
 
 《しかし、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートを障がい者の創作
  のことだと考えること(より正確に言えば、政策的ミッションのために
  意図的に誤読すること)は、障がいを社会モデル化する近年の福祉
  の理念に逆行する行為といえる。障がい者がアウトサイダーなので
  はない。美術に外側があるということの証左のひとつとして、障がい
  のある人の創作物があり、その内と外を隔てているものに対して私
  たちは常に敏感でなければならない。》 (服部正 「障がい者の創作
  行為を個人モデル化しないために」/前掲『REAR』38号 pp.28-29)
 
 《こうした、社会的排除に抵抗していながらも、単にマジョリティの価値
  観で「包摂」しようとすることで、新自由主義的な社会で再び排除の
  構造を作ってしまうという現象に対し、芸術の分野で言われている
  「社会包摂」はいかにも表面的だ。(略) 自分とは関係のないものと
  して他者化し、無自覚なマジョリティとしての視点から眺めているの
  では、結局のところ排除の構造から逃れることができない。》 (長津
  結一郎 「アール・ブリュットの先へ──「社会包摂」を手がかりに」/
  前掲『REAR』38号 p.32/p.34)
 
おかしくないか? 《作家が社会的、身体的にどうであったかは興味がない。審美的な価値が第一》というマルティーヌ・リュザルディの言は、《美術に外側があるということ》自体を否定する鈍感を示していないか? 《作家を巡る副次的な情報にはとらわれず》という高橋綾子の言は、《無自覚なマジョリティとしての視点から眺めている》に過ぎず、《結局のところ排除の構造から逃れることができない》のではないか? おかしいだろ、これ。
 
「障害と創造」を特集した『REAR』(リア)38号を読んで、私がもっとも好いと感じた話は、草間彌生に対する立岩真也の評だった。
 気狂いヴェルフリ再考 (3)
 
 《彼女は、あきらかにアタマが普通におかしいですよ。ブツブツの変に
  気持のいいカボチャとか、アタマがおかしいから創れているところが
  ある。それに感動する人がいて、それでいいなと思う。才能として、
  世に言うある種の障害が作用して出来ていることには、事実として
  認めざるを得なくて、それがよい作品を創っている限りにおいては、
  よいと言えば良い。》 (立岩真也/対談 「障害と創造をめぐって」/
  前掲『REAR』38号 p.18)
 
これは、おかしくない。《アタマがおかしいから創れているところがある》、それは草間彌生でもアドルフ・ヴェルフリでも同じだ。ところが、学芸員だの館長だの研究者だのという連中は、そこを曖昧にして遠ざける。連中はアタマがおかしいのではなくて、あきらかにアタマが普通に悪い。いったい、アドルフ・ヴェルフリが描いた「二萬五千頁の王国」は、《内と外を隔てているものに対して…》と言った場合に‘外’に位置付けられるべきなのか? そもそも、「アール・ブリュット」は、《障がいを社会モデル化する近年の福祉の理念》に従って捉えるべきなのか? 独り善がりの大きなお世話だ。
 気狂いヴェルフリ再考 (4)
 
《人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず》…芸術の関係者だか美術の専門家だか知らないが、愚かな連中の言説に耳を貸す謂れはない。こうした連中が《新自由主義的な社会で再び排除の構造を作ってしまうという現象に対し》、聖アドルフ2世が治める「二萬五千頁の王国」が狂気で芸術の分野を包摂することを私は望む。虐待も凌辱も蔑視も差別も排除も白日の下に晒して‘Zorn’(ツォルン/怒り)を撒き散らす気狂いが治める社会、その狂気に包摂された社会が具現した時にこそ、真の「アール・ブリュット」(生の芸術)が成される。
 
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パンティ、苦渋の声

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:観の記:美面 [2017年03月23日 01時30分]
《1960年代から日本の女性が頻繁に着用し、70年代に入るとテレビや雑誌などを通じて社会的に流行した「パンティ」。ありとあらゆる文化がパンティに染まったこの現象は、ズロースとショーツの隙間に開花した徒花であったのか?》…「右も左もパンティづくし!」とかいう‘鼻血ブー’な展覧会が東京駅丸の内駅舎内の美術館で開かれているらしい…何か違うようにも思ったが、まぁ気にしないで、東京でコーヒー遊びのついでに観てみよう!
 パンティ、苦渋の声 (2)
 
「パロディ、二重の声 日本の一九七〇年代前後左右」 (東京ステーションギャラリー)
 
入館。プロローグは、山縣旭(レオ・ヤマガタ)による〈モナリザ〉が40点余も並んでいる(上半身ばかりでパンティがない!)。第一部「国産パンティの流行前夜」には、吉村益信の〈豚〉がいた(上半身だけでパンティが穿けない!)。第二部「肥大するパンティ」には、赤瀬川原平の〈おざ式〉や長谷邦夫の〈バカ式〉〈アホ式〉〈マヌケ式〉があったし、〈伊丹十三のアートレポート〉も映していた(伊丹十三なのにパンチラもパンモロもない!)。第三部「いわゆるパンティ裁判」には判決文が並んでいる(結局パンティがない!)。退館。‘鼻血ブー’どころか「くそっ、騙された」と苦渋の声を呻き漏らす。
 パンティ、苦渋の声 (3) パンティ、苦渋の声 (4)
 
パンティの展覧会なのにパンティが一つもない…何か違うようにも思ったが、会場のあちらこちらに立て掛けてあった解説が好かった。抄出しておく。
 
《「パンティー」という言葉は、戦後はもちろん、戦前にもふつうに使われていなかったが、一九七〇年代に入ってから、ひろく週刊誌やマンガ雑誌で使われるようになり、日常の日本語の一部となった。》 (鶴目俊輔)
《したがって位置エネルギーのない言葉にパンティは成立しない。》 (青瀬川原平)
《したがって文体模写や語り手による叙述においては可能であった二つの声の融合という現象は、パンティでは不可能なのである。》 (身入馬夫珍)
《パンティは或る意味で多義性発生装置であるから、その未来は洋々たるものであると思います。》 (山田昌男)
《(パンティは)別の定義をすれば、類似よりも差異を際立たせる批評的距離を置いた反復である。》 (林田八音)
《むしろ、正・反がシステム化し、固定化した認識の枠組みそのものを批判することがパンティではないか。》 (本村恒久)
《わたしたちのまわりで時めいている〈偉大なもの〉とその亜流はすべてパンティの原料にするのがよい。》 (井上のき)
《不自由のなかでこそ、パンティーはいきいきするのかも知れないが、一方では、芸術の自由を獲得し拡げるためにもパンティーの力が必要なのだ。》 (赤塚不二家)
《とり・みきさんが「元ネタがばれると困るのが盗作で、ばれなきゃ困るのがパンティなんだ」と、言ったんですけど、これは至言だと思いました。》 (松熊健太郎)
《もともとパンティというのは他人の褌で角力をとり、しかもそれを汚してから相手の顔に投げつけるようなもので、相手は当然怒り心頭に発し、またそうでなくてはパンティは面白くない》 (和口誠)
《「パンティは著作権法の世界における〈鬼っ子〉のような存在である」と言われる。》 (小泉曲樹)
《「イエス」と「ノー」と両方をもっているのがパンティであって、そのようなかたちで次の作品が生まれてくる。》 (清水蟻範)
《パンティーは、もともと批評的なものである。だが、いま、パンティーといわれるものは少しも批評的ではない。》 (下野昴志)
《だからこそ、私たちは、パンティを通して、その共通の約束事、それぞれの文化や時代にとっての「当たり前」を確認できるのです。》 (津辺棚栗捨輪)
 
 パンティ、苦渋の声 (1) パンティ、苦渋の声 (5)
解説には首肯すべきものもあったが、展覧会の意図には違和感も残る。《日本の一九七〇年代前後左右》を‘回顧’や‘懐古’するために並べても面白味は薄い。当時のパンティは、そのために作られていないから。パンティを切り口に《日本の一九七〇年代前後左右》という時代を照射するためならば、あまりに踏み込みが浅い。むしろ、現在と近未来の苦渋を直截に問うべきだから。「パンティ、苦渋の声 日本の二〇二〇年代前後左右」…そう展覧会を《相手の顔に投げつけるようなもの》に捉える、《またそうでなくてはパンティは面白くない》のである。
 
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再発見の新梢 後篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年03月22日 01時00分]
コーヒーの世界を再び発見する者は、‘フラヌール’(flaneur:風来人)なのか? そこに新梢はあるのか?
 
【集会当日の新梢】 2017年3月20日
 
 再発見の新梢 (15)
連泊した宿「ホテル アクセラ」をチェックアウト。バッハブレンドとバタートーストで朝の「カフェ・バッハ」に憩う。トレセンへ行って中川文彦氏らと談話…「あ、もう行かなきゃ!」。三ノ輪から日光街道を都バス乗り継ぎで北上、催事の会場へ。
 
 再発見の新梢 (16) 再発見の新梢 (17) 再発見の新梢 (18)
富士珈機の東京支店セミナールームを会場とした日本コーヒー文化学会の焙煎抽出委員会の催事、ディスカバリー焙煎機の実技を交えた集会は、2015年2月15日(再発見の風来)、2015年11月14日(再発見の逆襲)、2016年3月5日(再発見の覚醒)、2016年9月11日(再発見のコク)と続いての5回目、テーマは「焙煎と香味」。まずは、山内秀文委員長のオリエンテーション。続いて、山口崇氏の発案による「焙煎時の排気気体の湿度計測実験」を高木誠氏が代行プレゼンテーション(この発案には焙煎の雰囲気の捉え方に課題があるので、厳しい意見を私は述べた)。そして、今般の本旨であるリントン・ラスナの焙煎の計画と実践、ねるっこ抽出での試飲、焙煎の意図と実際の検証、意見交換を開始。過去4回の集会では毎回2人1組で計20釜だったが、(事前の私の意見も汲み取ってもらい)今般は5人1組で計8釜の焙煎。その釜数を減らした分、意図と検証の意見交換に時間を割いた。私も大坊勝次氏と同じ組に参加、5人で話し合い、深煎りの釜は大坊さんが、浅煎りの釜は私が焙煎役に。前半の火力を抑え過ぎて2ハゼをかなり低い温度帯(摂氏207度)で引っ張った大坊さんの焙煎は、意図よりも酸が残って燻りも強いものになって残念。私は皆が討議中でも火力と排気の設定を割り出しておいて、最初から最後まで火力一定(0.65)ダンパー固定(3.5)の‘一本焼き’。投入後はほったらかしで穏やかな焙煎曲線を描く推移、摂氏192度で約18分半の焙煎終了。予想通りの焙煎工程で思った通りの香味特性が出てシメシメ。他の組でも、私の‘一本焼き’を模す者、大坊さんの焙煎に倣う者、それらと真逆に走る者など、ワイワイと談じながら挑んでガヤガヤと談じながら味わって盛会。単に香味がどうなったかではなくて、どんな設定やどれくらいの調整がどういう香味に結びついたのか、という言が増えてシメシメ。閉会後に参加者の大半が「ジェントル・ビリーフ」へ移動、毎度の立食の懇親会でも賑々しい雰囲気は続く。私も延々と喋って…「あ、もう行かなきゃ!」。別れを告げ、地下鉄と新幹線を乗り継いで帰途に着く。
 
 再発見の新梢 (19)
帰宅後、買った「カフェ・バッハ」の焼き菓子と「PRANA CHAI」のチャイティー、貰った厦門産の釣魚臺紅茶と大坊さんのブレンドコーヒー、土産を荷から取り出しながら思う…今般の分科会催事は、意図と実際の差違、嗜好や官能の差異、そこを互いに認識しあう時空としては好かった、と。パルミエを食べながら、「予想通りとはいえ、綺麗な酸味が強く広がって渋みは残らない浅煎りが‘一本焼き’でできて好かったなぁ」と「再発見の新梢」を独り呟いた。‘フラヌール’(風来人)が遊び歩きを続ける限りは、コーヒーの香味もまた新たに芽吹いていくのだ。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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