VGAG

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2017年01月15日 01時30分]
「我ら何処より来るや 我ら何者なるや 我ら何処へ行くや」(D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?)
問い:どこから来たのか? 答え:東京から巡って来た。
問い:どこへ行くのか? 答え:他に巡る地はない。
問い:何者か? 答え:VGAG。
 VGAG (1) VGAG (2) VGAG (3)
「ゴーギャン展」(2009年 名古屋ボストン美術館)を右手に、「ゴッホ展」(2011年 名古屋市美術館)左手に、ンッと左右を合わせて「ゴッホとゴーギャン展」(Van Gogh and Gauguin: Reality and Imagination/2017年 愛知県美術館)、つまり‘VGAG’。棟方志功は「わだば、バン・ゴッホのようになりたい」と言って墓だけ似せたが、私は気が違うのでファン・ゴッホを好かない。ゴッホより普通にゴーギャンが好き。わだば、VGAGさ観に行ぐ。
 
「ゴッホとゴーギャン展」 (愛知県美術館:愛知芸術文化センター10階)
 
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「第1章 近代絵画のパイオニア誕生」で挙げるべきは、「夢を見る子供(習作)」(1881)。ゴーギャンがこれを出品した1882年の第7回印象派展は、事前よりグループの内部抗争があって最少の9名で催された。パリ画壇の保守たるサロン側も前年に政府の後援を失って‘官展’ではなくなっていた。作品に描かれた手前の赤い人形や壁紙の鳥は、画壇の騒動が夢から現出しているようにみえる。ファン・ゴッホはこの騒動の埒外にあり、《パイオニア》などではない。
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「第2章 新しい絵画、新たな刺激と仲間との出会い」で挙げるべきは、「マルティニク島の風景」(1887)。この作品は‘怪談’である。1886年にゴーギャンが訪ねたブルターニュ地方のポン・タヴェンは、アメリカ人を多数とする‘国際芸術家村’と化していた。翌年に質朴を求めてパナマへ行くも破産、帰途に寄ったマルティニク島のサン・ピエールにはパトリック・ラフカディオ・ハーンも滞在していた。ゴーギャンが死ぬ1年前、火山の噴火でサン・ピエールは壊滅した。
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「第3章 ポン=タヴェンのゴーギャン、アルルのファン・ゴッホ、そして共同生活へ」で挙げるべきは、「ブドウの収穫、人間の悲惨」(1888)。《完全な記憶によって描いているのだが、やりそこなわず途中で投げてしまわなければ、きっととても美しく変った絵になるだろう。(略)ゴーガンはここで辛抱強く仕事をしてはいるが、相変らず熱帯の国々への郷愁を持っているのだからね》(『ゴッホの手紙』 テオドル宛 第五五九信/硲伊之助:訳)。ゴーギャンの‘悲惨’はファン・ゴッホ自体にある。
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「第4章 共同生活後のファン・ゴッホとゴーギャン」で挙げるべきは、「ハム」(1889)。この作品は‘予見’である。ゴーギャンの画は、着想の元であるエドゥアール・マネの「ハム」(1875?)のように‘à table’(ごはんだよ)と語りかけてこない。宙に浮いたように不安定に置かれた物体は、食品ではなくて死体である。生々しいが死んでいるという矛盾は、約1年後のファン・ゴッホの死、その約半年後のテオドルスの死を予見している。
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「第5章 タヒチのゴーギャン」で挙げるべきは、「タヒチの牧歌」(1901)。いや、遺作であるべき「我ら何処より来るや 我ら何者なるや 我ら何処へ行くや」(1897-1898)よりも後の作品は、死後の余興としてどれも大差ない。但し、同時期に描かれた「肘掛け椅子のひまわり」(1901)だけは別。ミイラからキリストまで想像で表現してきたゴーギャンは、自分が座った椅子の記憶を描き出しているが、その椅子を用意したファン・ゴッホの姿はまるで念頭にない。
 
 《このふたりの共同生活は、ゴッホの伝記においては決定的な意味を持つ
  が、ゴーギャンにとっては初期の1エピソードにすぎない。そもそも共同
  生活を提案し、熱烈にラブコールを送ったのはゴッホであり、終止符を
  打ったのもゴッホであって、ゴーギャンにとってはいい迷惑だったはず。
  そんなふたりの関係だから、この2人展も当然ゴッホに焦点が当てられ、
  ゴーギャンは脇役だ。(略)最大の見せ場はもちろんアルルでの共同生
  活の期間で、それを象徴するのがゴッホによる〈ゴーギャンの椅子〉だ。
  しかしそれ以外に、例えばゴーギャンによる〈ひまわりを描くフィンセント・
  ファン・ゴッホ〉とか、ふたりが同じモチーフを描いた作品(ジヌー夫人や
  ルーラン夫人の肖像、アリスカンの風景など)がないのが残念。いわば
  アリバイが少なく、説得力に欠けるのだ。》 (村田真 artscapeレビュー
  2016年10月7日/Webマガジン『artscape』 2016年11月15日号)
 
今般のVGAGは、貧相だった。フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホとウジェーヌ・アンリ・ポール・ゴーギャンの展覧会は、《日本初の二人展、世界中から代表作が集結》などと謳うが、2002年にシカゴ美術館が催した2人展に網羅で劣る。また、展示自体に2人の関係性を解く工夫が足りない。画題や画風の相互の作用や社会背景に踏み込みきれていないので、ファン・ゴッホ展とゴーギャン展を同じ展示空間に押し込めるに等しい粗略で《説得力に欠けるのだ》。これでは、ゴーギャンが存命中の1893年3月に妻メットの出身地コペンハーゲンで開かれた売り立て目的の2人展より意義が薄い。ファン・ゴッホの耳切り事件(耳垂の一部を切ったのであって耳介はほとんど残存)と不審死(ほぼ自殺)が巷間の耳に残っていたであろう時期と異なり、1世紀を超え経ての貧相、《ゴーギャンにとってはいい迷惑》だろう。
 VGAG (9) VGAG (10)
《ゴッホに焦点が当てられ、ゴーギャンは脇役》という扱いも、画壇的というよりも日本的で気色が悪い。より人との紐帯を望んで苦悩するファン・ゴッホに誤った詩的正義を見出し、対して野への解放を欲して憂思するゴーギャンに誤った眼高手低を汲む、その挙句が《固い友情》を連呼するVGAG、実にクダラナイ。ファン・ゴッホについては、涼川りんの『ゴッホちゃん』(スクウェア・エニックス:刊)と穂積の『さよならソルシエ』(小学館:刊)、そして谷口ジローと関川夏央による「ヴィンセントの青春」(『戦士同盟』 Trip12/竹書房:刊)さえあれば好い。「我ら何処より来るや 我ら何者なるや 我ら何処へ行くや」という問いが欠如しているVGAGを観て想う…わだば、ゴーギャンのようになりたい。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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