トリとめのない歌

ジャンル:その他 / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2017年01月02日 01時30分]
【鶏とコーヒー】
 トリとめのない歌 (1)
大東亜戦争後の日本における鶏とコーヒーは、1960年代に繫がっていた。1960年4月に養鶏振興法が公布され、同月よりコーヒー生豆の輸入が自由化された。この翌1961年6月に農業基本法が施行され、同年翌月にインスタントコーヒーの輸入が自由化された。これらを機に、国内の肉用鶏市場とコーヒー市場は大きく伸張し始めたのである。
 
 《森永製菓は35年(1960)年4月、デンマークのニロ社からインスタントコー
  ヒーの製造プラント(生豆処理能力月間12t)を導入して同社三島工場内
  に設置、同年7月から製造を開始して8月10日から東京を皮切りに発売、
  年内に全国的に出荷の体制をととのえた。価格は36g220円で、業界か
  らは割高であると批判されたが、売れゆきは同社も予想していなかったほ
  どの好調を示し、当初から品不足の状態が続いた。そこで同社は更に3
  倍の増設計画を発売(ママ)、本格的国産第1号の同社のインスタントコー
  ヒーは、幸先のいいスタートを切った。》 (「"インスタントブーム"到来」 『日
  本コーヒー史』下巻p.78/全日本コーヒー商工組合連合会:編 1980年)
 トリとめのない歌 (2)
日本のインスタントコーヒー製造の濫觴は1942年頃に日本珈琲の板寺規四が海軍からの要請で納入したものであるが、《本格的国産第1号》は1960年に発売された森永インスタントコーヒーである。発売された同年には、ラジオのコマーシャルソングも制作されて丸山清子らが歌った。この詞と曲を作ったのは、同じ森永製菓のミルクキャラメルのテレビコマーシャルソング(日本初)を1953年に作っていたトリローこと三木鶏郎(みき・とりろう/本名:繁田裕司)である。三木鶏郎は、翌1961年と翌々1962年にグリコのコーヒーのコマーシャルソングも手掛けた。日本における鶏とコーヒーは、トリローのコーヒーソングで1960年代に繫がっていたのである…♪ Just moment. ちょっと待って One,two,three,four,only five. たったの5秒 インスタントコーヒー インスタントコーヒー スピード100% 森永コーヒー ♪
 
 
【故意の遁走】
 トリとめのない歌 (3)
♪ 追いかけて 追いかけて すがりつきたいの~ ♪ と半世紀前の1967年にザ・ピーナッツが歌ったのは、「パルミーラのアウレリアーノ」から「イングランドの女王エリザベッタ」を経て「セビリアの理髪師」へと歌劇の序曲を旋律が遁走し続けた「恋のフーガ」である。フーガといえば「あいちトリエンナーレ2016」のラウラ・リマ作品〈Fuga〉(フーガ)、この小鳥が違法に入手されたり病んだり死んだり遁走したりした生体展示を追いかけてすがりつきたい。
 
 《4階建ての水上ビルに94羽のブンチョウなどを放って小鳥のための空間
  を作った。リマさんは「そこに入った人間が、よそ者という疎外感を抱くこ
  とが狙い」と語っていた。小鳥のかわいさと、人間と鳥の関係性ががらり
  と転換する斬新さで注目されたが、最終的に10羽の小鳥が死に、3羽
  が行方不明になった。チーフ・キュレーターの拝戸雅彦さん(52)による
  と、リマさんは「小鳥をきちんと育てることが重要。こうなってしまったの
  は残念だ」として、スタッフが掃除をしやすいように作品の木を間引くこと
  を了解したという。 また、種の保存法の「国際希少野生動植物種」に指
  定されている豪州原産のコキンチョウを、環境相の許可を取らずに展示
  示のために購入したことも明らかになった。拝戸さんは「生き物を展示
  するうえで勉強不足だった。環境省と今後の対応を協議している」と話し
  ている。(小林裕子)》 (「朝日新聞」 愛知 2016年11月2日) 
 トリとめのない歌 (4)
この生体展示は、「動物の愛護及び管理に関する法律」により2016年7月11日付けで第一種動物取扱業の登録(動東 第442号)がなされていた。申請者は‘あいちトリエンナーレ実行委員会会長’の大村秀章であり、これを受理して登録した監督者も‘愛知県知事’の大村秀章である。その大村秀章は「あいちトリエンナーレ」閉幕翌日に以下の発言をした。
 
 《そりゃ関係者はそれはわからなかった、知らなかったということなんでしょ
  うけど、そこはやはりしっかり配慮していかなきゃいけなかったんじゃな
  いかなというふうに思います。(略)その点はしっかり反省をして、その
  上で小鳥に対してしっかり管理をしていくということで対応していけばい
  いというふうに思っておりますし、現にそういうふうに対応しているとい
  うふうに思っております。》 (大村秀章:談/愛知県知事定例記者会見
  2016年10月24日)
 トリとめのない歌 (5)
責務を怠ってマッチポンプな事態を起こした《関係者》が自身であることを認めない蒙昧な発言である。また、「あいちトリエンナーレ2016」のチーフ・キュレーターである愛知県県民生活部文化芸術課芸術祭推進室主任主査の拝戸雅彦は、豊橋会場に関する対談(「あいちトリエンナーレ2016を記憶する」Vol.1/「豊橋駅前大通地区まちなみデザイン会議」Webサイト 2016年12月21日)において、先般の小鳥騒動に関して一言も触れていない。実行委員会に居ながら責めから‘故意の遁走’をする県の知事と役人、‘落鳥’するべきは彼らだったのである。
 
 《また、すでにその問題点が報じられているが、生きた小鳥の展示には最大
  限の違和感を表明する。アーティストの自由な発想に制約をつけたくはな
  いが、生命は見せ物ではないのだ。(三品信)》 (記者が振り返る「あいち
  トリエンナーレ2016」/「中日新聞」 2016年10月26日)
 トリとめのない歌 (6)
他方で、ラウラ・リマの作品がTwitterなどで‘鳥炎熟’(とりえんなれ)の炎上状態になると、《動物使ってアートとか言ってんのが嫌》とか《死が発生した時点で展示を中止しないといけない》とか生体展示そのものを否定する愚昧な意見が増長して、それは新聞記者をも侵した。ラウラ・リマが小鳥以外にも鶏や猫や人の生体で作品を展示してきたように、時として《生命は見せ物》である。作品の好悪を論ずるならばまだしも、愛護の偽善に迎合することは芸術からの遁走であり、そこに《最大限の違和感》を覚える。もっとも、ラウラ・リマ作品〈Fuga〉(フーガ)の深意は催事からの‘故意の遁走’であり、アーティストの「恋のフーガ」であるのかもしれない…♪ ドゥドゥビドゥバ ドゥドゥドゥビドゥバ パヤ パヤパヤ ♪
 
 
【この空を飛べたら】
 トリとめのない歌 (7)
恐竜から来た鳥がどこへ行くのかわからないように、猿から来た人がどこへいくのかわからない。中島みゆきが生卵を上手にコン、パッって割れないのは何故か、これもわからない。
 
 《あたしね、たまご割れないの。えッ? うん、アノ普通の、そう白いニワトリの
  たまご。自分でも、おかしいなと思うんだけど、割れないの。(略) まず、こ
  うどっかへぶつけるでしょ、そしたらぶつけたとたんにその場で割れちゃう
  のよ。(略) だからね、ぶつける点にだけ頼るからいけないのダと思って、
  こう、ぶつけてから手でカラを両方に引っ張ることを思い出すわけね。そし
  たらね、たまご握りつぶしちゃうの。》 (中島みゆき 「たまご」/連載「たと
  えば10人の仲間たち」 第9回 日刊スポーツ 1977年1月26日/『愛が
  好きです』 新潮社:刊 1982年 収載)
 トリとめのない歌 (8)
たまご割ろうなんて、悲しい話を、いつまで考えているのさ。吉野家が突然、割らないならなんて、いつまで考えているのさ。割って出す吉野家、みんなわかっていて、今日も食べている、食べてる。割らずに出すすき家、私わかっていて、今日も避けている、避けている。ああ、人は、昔々、鳥だったのかもしれないね。こんなにも、こんなにも、たまご割れない…
 
 あたいの名前は わすれ鳥 いつでも笑える わすれ鳥 
 やけに明るい ブルースを 昼でも夜でも うたってる
 (「わすれ鳥のうた」/中島みゆき 『愛が好きです』)
 
 あたしは とても おつむが軽い あんたは とても 心が軽い
 二人並べて よくよく 見れば どちらも 泣かない あほう鳥
 (「あほう鳥」/中島みゆき 『愛が好きです』)
 
 眠り薬をください 私にも 子供の国へ 帰れるくらい 
 私は早く ここを去りたい できるなら 鳥になって
 (「鳥になって」/中島みゆき 『愛が好きです』)
 トリとめのない歌 (9)
中島みゆきを《神であり、全人類の母である》と鳥居みゆきは言った(文化放送『吉田照美 飛べ!サルバドール』 2016年4月19日)。《神であり、全人類の母である》中島みゆきが、生卵を割れないのは何故か? 札幌で中島美雪とフォークソングを奏でていた前田重和(「コーヒーハウス ミルク」店主)や宮越陽一(「宮越屋珈琲」代表)たちにしかわからないだろう。中島美雪が大学を卒業して帯広の実家へ帰った1974年、札幌では「ミルク」が同年9月20日に開業し、その83日後に約3km南でブルースの音楽喫茶「神経質な鶏」が開業した(店主は後にベッシーホールを開く梶原伸幸)。つまり、中島みゆきは‘たまご’どころか‘鶏’に縁がなかったのだ。ああ、人は、昔々、鳥だったのかもしれないね、ああ、人は、昔々、鳥だったのかもしれなああ、人は、昔々、鳥だったのかも昔々、鳥だった鳥だった鳥だ…。「壊れた蓄音機」のようにトリとめのないだ…♪ こんなにも こんなにも 空が恋しい ♪
 
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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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