再発見のコク 前篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年09月13日 01時00分]
コーヒーの世界を再び発見する者は、‘フラヌール’(flaneur:風来人)なのか? そこにコクはあるのか? 日本コーヒー文化学会(JCS)の焙煎抽出委員会による分科会催事、その集会に参加するべく東京へ。コーヒーの世界にコクの‘再発見’(rediscovery)を求めて遊び歩く、つまり「再発見のコク」…
 
【集会前日のコク】 2016年9月10日
 
デジタルカメラを自宅に忘れてきたことは新幹線の車中で気がついたが、品川駅で降りる頃には悔いよりも気楽を感じた。いつも通りにコーヒーの道具を一揃い入れた荷は重かったが、高輪口からの足取りは軽かった。第一京浜から桂坂へ上る途中、東禅寺の門前で立ち止まって「最初のイギリス公使宿館跡」と記された碑を見た。幕末に栄力丸の漂流者が遺した「徳兵衛咄之趣」をコーヒー史料として4ヵ月ほど前に追究したが、その漂流者の一人である伝吉はイギリス総領事ラザフォード・オールコックの通訳として帰国し、翌年にこの東禅寺の門前で刺殺された。156年前の殺人現場を眺めながら、伝吉は死ぬまでに何杯のコーヒーを飲んだのだろうか、と考えた。桂坂を上がって、伊皿子坂と魚籃坂がつながる坂上へと歩いた。その交差点の手前にある「松島屋」で豆大福を全部で15個ばかり買い求めた。伊皿子坂を下って、泉岳寺駅から浅草駅まで地下鉄に乗り、循環バスに乗り換えて東浅草二丁目の停留所で降りた。山谷の空気は高輪よりもコクがある、そう感じられて嬉しくなった。
 
定宿の「ほていや」に荷を預けて、隣の「café Bach」(カフェ・バッハ)へ入った。まだ朝といってよい時間帯だったが、店は相変わらず賑わっていた。注文したペルーを新聞を読みながら待っていると「モンブランができあがりました」の声、すぐに反応して追加で注文した。コーヒーとケーキが出てくる前に、ママ(田口文子)が出てきて差し向かいに座った。店の遅い夏休み中にママはモンゴルへ旅して、帰ってきたばかりだった。運ばれてきたコーヒーとケーキと一緒に、泊まったゲルや食べた包子(パオズ)などママの旅の土産話、そのコクを味わった。「明日も寄るよ」と言い置いて店を出て、セミナー開催中のトレーニングセンターへ入り込んだ。マスター(田口護)の午前中の講義が終るのを待って、煙草を吸いながら雑談した。「松島屋」の豆大福と自分で焼いたイエメンモカとブラジリアンモカとマウイモカをブレンドしたモカ100%のモカブレンドのコーヒー豆を番頭の中川文彦に渡して、しばらく談笑した。南千住駅まで歩き、地下鉄で六本木へ向かった。「ルーヴル美術館特別展 LOUVRE No.9 漫画、9番目の芸術」を覘くつもりだったが、入場待ちの長蛇の列を見てあきらめた。土曜日の昼過ぎの六本木ヒルズ、その人混みはコクを超えて過酷だった。
 
青山霊園を歩いて通り抜けて、「Gentle Belief」(ジェントル・ビリーフ)へ行った。集会前日に寄るかもしれないと予想されていたような浅野嘉之の笑顔に迎えられ、モカ100%のモカブレンドを渡した。クリームソースのパスタとアイスクリームとイタリアンブレンドで腹を満たし、続いて出されたケニアとコロンビアと共にコーヒーの談議を長々と堪能した。「では、また明日」と言い置いて店を出て、地下鉄で移動して代々木公園駅で降りた。この後に大坊勝次の自宅を訪ねる予定だが、まだ約束の時刻には早かったので公園を散歩することにした。陽が傾いて暑さが和らいだからだろう、中央広場の周りは多くのランナーが駆けていた。その力量や走歴をあれこれと想像しながらのんびりと、だが湿気のせいか汗ばみながら、園内を歩いた。
 
日暮れた薄闇の中を歩いて、大坊夫妻の住むマンションを訪ねた。前回から462日振りで3度目の訪問となった。コーヒールームへ通されてから、2種類のコーヒー豆と「松島屋」の包みをテーブルに取り出した。大坊夫妻に包みの中身を訊ねられたが、「片岡義男さんの新刊は届きましたか」と訊ね返した。「今日届いたけれど、まだ開けていない」と恵子夫人が答えた。思惑通りだ。「以前に雑誌の企画で大坊さんと片岡さんが対談された時、大坊珈琲店を舞台にした話をもう一度書くと片岡さんが言ってましたね。その本は5つの短編で構成されていますが、最後の話の舞台は大坊珈琲店です。そして、その本のタイトルは『豆大福と珈琲』です。だから、豆大福とコーヒーを持ってきました」と種明かしをした。その悪戯な手土産に大坊夫妻は笑った。渡したモカ100%のモカブレンドとオーストラリア、それに続けて大坊勝次のブレンド、3つのコーヒーを大坊勝次が淹れ、3人で味わい比べた。リビングに移って、酒宴となった。キレのある日本酒を飲み、コクのある秋刀魚などの肴を食べ、さらに新米の飯と汁も出してもらった。おもたせで味わった豆大福は、甘さが遠くてコクも薄いが塩が効いていて締めの菓子には好ましかった。この間に大坊夫妻との談笑は数秒たりとも途切れず、気がつけば5時間半も話し込んでいた。「では、また明日」と言い置いて大坊宅を辞し、代々木八幡から南千住まで終電を乗り継いで、宿の「ほていや」へ帰った。
 
 再発見のコク (1)
コーヒーのコクの実相は味わう人間の交流にあるのかもしれない、そう想えるほどに集会の前日に出会った種々の《咄之趣》(はなしのおもむき)にこそコクがあった。けれども、コーヒーの世界にコクの‘再発見’を求める遊び歩きは終わらない…
 
コメント (0) /  トラックバック (0)

コメント

この記事にコメントする

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://kisanjin.blog73.fc2.com/tb.php/954-3c2e81f4
編集

kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

03 ≪│2017/04│≫ 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
Powered by / © Copyright 帰山人の珈琲漫考 all rights reserved. / Template by IkemenHaizin