ボケモンナーレ 其の弐

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2016年08月15日 23時30分]
そもそも「あいちトリエンナーレ」とは何か? 「日本国際美術展」は毎日新聞社の主催で1952年に始まり、後に「東京ビエンナーレ」と通称され、1970年の第10回〈人間と物質〉展では革新性と大赤字によって‘伝説’となったが、その後は衰耗して1990年に廃止された。アジア圏の大規模な国際美術展は、1995年に光州、1996年に上海、1998年に台北で、いずれもビエンナーレが始まった。これに続いて、日本でも本格的な国際美術展が構想され、2000年に「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」が、2001年に「横浜トリエンナーレ」が始まった。
 
 《つまり、横浜トリエンナーレは、地域内での生き残りを掛けた「都市おこし」型
  の大規模国際展であり、その背景には日本を取り巻くアジア諸国の強力な文
  化施策の存在が見てとれるといえます。》 《…国際展の財源はその多くを国
  家、あるいは自治体予算に頼っています。安易な都市おこしの手段と考え、
  十分な投資効果を得ることなく、そのツケが次世代に残されれば、泣きを見
  るのは他でもない、納税者である私たち自身なのです。》
  (宮津大輔 『現代アート経済学』 光文社:刊 2014年)
 
2010年には日本国内で新たに2つの国際美術展が始まった。宮津大輔が‘観光地ツーリズム型’と分類する(「越後妻有アートトリエンナーレ」に後続する)「瀬戸内国際芸術祭」、そして‘都市おこし型’の(「横浜トリエンナーレ」に後続する)「あいちトリエンナーレ」である。この後発2つの芸術祭を比べると、「あいち」が総事業費こそやや上回るが、自治体による公的資金の投入額が「瀬戸内」の倍でありながら、総来場者数も経済波及効果もはるかに下回っている。《安易な都市おこしの手段と考え、十分な投資効果を得ることなく、そのツケが次世代に残され》やすい国際美術展、それが「あいちトリエンナーレ」の実相である。その「あいちトリエンナーレ」を観て「呆け者なぁれ」(ボケモンナーレ)…よし、呆け者(ボケモン)GOだ!
 
2016年8月14日
「あいちトリエンナーレ2016」 (名古屋市美術館/長者町会場)
 
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本日は車と地下鉄で会場まで向かう。地下鉄伏見駅の構内で映像プログラムの短編3本立てを観て下地をつくり(?)、白川公園でポケモンGOに熱中している連中をかきわけて、名古屋市美術館へ。屋外でジョアン・モデの〈NET Project〉に紐を結び加えてから、館内へ。
 
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いかにも美術館という上品ぶった展示、特に1階の作品が面白くない。2階へ。多田友充の〈せいしんのじゆう〉を観てやや機嫌を直す。仏画だか俗画だか判らないが美しい作品、ノミン・ボルドによる〈Fire〉と〈Water〉を見入る、〈Wood〉はどうした? 地下1階へ。賴志盛(ライ・ヅーシャン)によるインスタレーション、縁の回廊を歩く危うさが視覚を変容させる発想が素晴らしい!
 
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館を出て、長者町会場へ。喫茶クラウンは日曜休みなので、それ以外の会場を見巡る。堀田商事株式会社、4階の大木裕之の部屋と2階のコラムプロジェクト〈コレクティブ・アジア-オキュパイ/生存権/ユーモア〉が楽しい。学書ビル、ナターシャ・サドゥル・ハギギャンの〈Früchte der Arbeit〉はインチキな見世物小屋みたいと笑う。
 
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旧玉屋ビルのアートラボあいち長者町、阿部大介らの芸術大学連携プロジェクト〈Sky Over Ⅲ〉を観る、ふ~ん。伝馬町ビル、*キャンディ・ファクトリー・プロジェクトの映像作品はどれも訴えが煩わしくて見辛い。それよりも、芸術催事に使われているビルがポツンポツンと遺っている再開発待ちの街区の方が、不気味なインスタレーションとして「呆け者なぁれ」だ。
 
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八木兵錦6号館、1階の白川昌生の〈らくだをつくった男〉は諧謔を弄した展示で秀逸。八木兵錦1号館、山田亘の‘大愛知なるへそ新聞’を読む、ふ~ん。振り返って吉田商事株式会社にある作品を見て、長者町会場を観終えた。けど疲れた、大勢の呆け者をつかまえたから。センパのタリーズコーヒーでエスプレッソシェイクを飲んで、今日の‘旅’はここまで…
 
 《中でも長者町は、昭和を彷彿とさせるレトロな街並みと現代アートとの組み合
  わせが絶妙で、強く印象に残った会場でした。(略)2013年9月、3年振りに
  同町を訪れた私は、以前より垢抜け、明るくなっている街の様子に驚きまし
  た。(略)加えて、長者町ではトリエンナーレ以降、街の活性化のために有志
  による様々なイベントが開催され、新しい名古屋の名物として定着しつつあり
  ます。》(宮津大輔 前掲書)
 
…そうかなぁ。『現代アート経済学』の中で宮津大輔はニューヨークのソーホーやチェルシーの例を持ち出して、《果たして繊維の街は今後どのように変遷していくのでしょうか》と長者町を見ているが、それは楽観へと呆け過ぎだろう。盆休みの日曜日で繊維街としては眠っている時とはいえ、その昼下がりに見た人影は私と同様に会場を巡る人たちだけだったぜ? アートスポットやカルチャースポットでなくてはならない必然が、長者町界隈には何もない。‘全くダークで暗い未来’の「ボケモンナーレ」じゃないのか?
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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