超獣ミタライ

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2016年06月20日 01時30分]
1981年に始まった小説の御手洗潔シリーズは、長らく実写映像にならなかった。しかし、2015年に「傘を折る女」が初めてテレビドラマ化され、続いて2016年に「星籠の海」が初めて映画化された。なぜだろう? 死体島や女性変死や誘拐殺人や首長竜や星籠の謎よりも難しい。…難しい事件でしたら、よろこんで。
 超獣ミタライ (1)
 
 《映像化を求められるということは、多少なりとも彼が公的な人物になったとい
  うことであろうから、それをいつまでも私的の範疇に留めおこうとすることは
  正しくない。当方は、誰よりも御手洗潔の映像化を願っている。(略)日本の
  芸能界による御手洗の映像化をご辞退するのは、相応の構造的理由があ
  る。それはすなわち、これまでおりに触れ述べてきている「日本人論」に由
  来する。(略)日本の映画界テレビ界は力関係がすべてを決定し、日本型自
  閉症と威張り屋願望がしのぎを削る、古典的職人世界である。これのよい
  ところもむろん見逃してはならないが、しかしこの価値観が現在の日本人を
  苦しめていることはあきらかであるから、こういう社会にどっぷりと首までつ
  かる監督、脚本家に、自らの社会に関する先のような解析ができているで
  あろうか? (略)彼らがもし、御手洗の実験を映像化したらどうなるか──。
  御手洗の不遜ぶりを、自分たち流の、手続きを踏んだ正当な威張り方と勘
  違いした脚本が書かれ、周囲についに威張る地位を獲得したボス的スター
  による会社重役的、あるいは地回りヤクザ的御手洗が、颯爽たるど演歌を
  バックに、ヤクザ言葉を格好良く吐き散らしながら登場するであろう。日本人
  男性は、立派な人物として成熟すればするほどに、こういうかたちでしか御
  手洗を理解できない。多少見てみたい気もするが、このようなわが友にやん
  やの喝采を送るには、自分はまだ日本人として未熟にすぎる。》 (島田荘司
  「新・御手洗潔の志」/講談社文庫『御手洗潔の挨拶』改訂版 1999年)
 
 《本当にうまい演出でしたよ。私が最も印象に残った映像は、この「天才」を表
  現したシーンです。文字群が書棚から浮き出てきて、目を閉じた御手洗の周
  囲を、もの凄い勢いでぐるぐる回るCG映像。天才の脳の中の嵐が、見事に
  表現された動画。あれこそは技術屋さんの真骨頂ともいうべきシーンですね。
  私は英米を一歩リードしたとさえ感じたし、性格が常人離れした御手洗でなく
  ては、もしかしたらあの映像は馴染まなかったかもしれない。》 (島田荘司:
  談 「名探偵・御手洗潔、初のドラマ化記念! 玉木宏×島田荘司スペシャル
  対談!」/『IN★POCKET』2015年3月号 講談社)
 
 《私が「映像化をいやがっていた」という話が広まっていますが、それは初期の
  話なんです。もしもひどい出来の映像になった場合、編集者がしらけてしまっ
  て「他のヒーローを作りましょうよ」と言われたら困ると思いました。(略)当時
  は乱暴な空気で、原作を読まないで映像化するなんて朝飯前という調子だっ
  たんです(笑)。ここ10年くらいは映像化してもいいかなと思っていたのです
  が、今度は役者を探すのに時間がかかりました。時代の空気が柔らかくなり
  ました。(略)最初から映像化ありきで考えていました。私の出身地である広
  島県福山市の市政施行100周年に、映画をやりましょうと市長に持ちかけ
  たんです。》 (「探偵『御手洗潔』シリーズはなぜ、35年目にして映画化され
  たのか? 原作者・島田荘司語る」/『マイナビニュース』 2016年5月6日) 
 
 超獣ミタライ (2)
御手洗潔は《ああ、今夜の自分の罪が消えるまで、僕も今後、二度とコーヒーを飲むことはないだろう》(「数字錠」)と言って紅茶党になったが、私は自分の罪を感じる限り、コーヒーを飲み続ける。コーヒーを喫しながら「追憶のカシュガル」を読んでいると、《ソメイヨシノの寿命はせいぜい六十年だって聞いた》・《でも咲いて素早く散ることだけは事実だ》・《その日の正午前、老人は死んだ。七十四だったな》という御手洗潔の言葉が浮き出てきた。目を閉じた私の周囲を、文字群がもの凄い勢いでぐるぐる回り、《構造的理由》・《日本人型自閉症と威張り屋願望》・《乱暴な空気》などの言葉は崩れ落ちて、《映像化を願っている》・《喝采を送る》・《映像化ありき》・《映画をやりましょう》などの言葉に、「ガリレオ紛い」や「杉下右京紛い」という言葉が繫がって…「老耄」だ! 真相は現在67歳の原作者自身の我執と耄碌にあった。もう謎は解けてしまったが、島田荘司の出身地で撮った映画を観てみよう。
 
『探偵ミタライの事件簿 星籠の海』 観賞後記
 
 超獣ミタライ (3)
「ここ広島県福山市は、石油コンビナートを中心に紡績・化学・機械など新しい近代工業都市として、その発展が大いに期待されていた」(『ウルトラマンA』 第1話)が、ミサイル超獣ベロクロンに街を破壊された。パン屋の運転手だった北斗星司と看護婦だった南夕子は故郷を離れてTAC(超獣攻撃隊)に入隊し、故郷を離れて武蔵野美術大学を卒業した島田荘司はダンプカーの運転手になった。映画『探偵ミタライの事件簿 星籠の海』に登場した辰見洋子(谷村美月:演)は看護学生であり、南夕子の後進ともいえるので、南と同様に秘密を抱えたまま謂れのない仕打ちを受けて苦悩する。西京文化センター学芸員の小坂井准一(要潤:演)が恋人の辰巳洋子に振り回される様は、まるで北斗が南に翻弄される姿であり、熱血漢だが誰からも信用されないまま戦闘機体に乗って出撃するところも北斗そっくりである。UMA「水竜」の正体は、潜水艇「星籠」ではなくて、福山の街を壊した「超獣ミタライ」なのかもしれない。
 
 超獣ミタライ (4)
常識とは何か? 非常識とは何か? ありうることとありえないことの違いは何か? ありえない? ありえないなんてことはありえない。現象には必ず理由がある。ガリレオシリーズの映画化の後に、ミタライシリーズが映画化された現象にも必ず理由がある。両者を隔てているのは、客観的論理で説明できるかどうか、その差に過ぎない。物理学者にして稀代の頭脳を持つ湯川学(福山雅治:演)が謎を解く海の映画『真夏の方程式』、脳科学者にして稀代の頭脳を持つ御手洗潔(玉木宏:演)が謎を解く海の映画『探偵ミタライの事件簿 星籠の海』、これらはフジサンケイグループがテレビドラマの枠では収まらない映画化に挑み、そして鮮やかに失敗している物語である。『探偵ミタライの事件簿 星籠の海』は、敵陣の相棒劇場版シリーズで興行収入を落としている和泉聖治を監督に頼り、そして鮮やかに失敗している物語である。瀬戸内の海の底には何があるのか? 星のように珊瑚が光り輝くから星籠なのか? ──《この光の底に、何千という孤独な魂が棲んでいる》(「数字錠」)
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
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