泣かないのか 蜷川幸雄のために?

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年05月15日 01時00分]
《ほんとうになにもかも喫茶店で始まって、喫茶店で終ったのだ、という気がする》(蜷川幸雄 「時間の、四角い箱」/ 『ユリイカ』1987年4月号:特集*喫茶店 滅びゆくメディア装置/青土社:刊)と言っていた蜷川幸雄は、1935年10月15日に生まれて2016年5月12日に死んだ。…本当になにもかも喫茶店で始まって喫茶店で終わったのだろうか?
 泣かないのか蜷川幸雄のために (1)
 
1955年、劇団青俳に入団。
 《あれは一九五九年だったのだろうか。まだ早稲田大学の学生だった清水邦
  夫のはじめての多幕物の戯曲、「明日そこへ花を挿そうよ」を読んだのは新
  宿の喫茶店、「風月」でだった。(略)実存主義者風の若者のたむろする「風
  月」の、コンクリートをうちっぱなしにした空間のなかで、鳴り響くバッハのレ
  コードと清水の怒りに震える声が交錯した。ぼくはまるで劇場だと思った。》
  (「時間の、四角い箱」)
 
1968年、劇団現代人劇場を創立。1971年、現代人劇場を解散。
 《一九六八年、ぼくは当時いた劇団青俳を退団しようと思って、親しかった同
  世代のある俳優に相談した。二人だけの秘密の対話だった。麻布三ノ橋の
  「さくら」という小さな喫茶店だった。(略)一九七一年、現代人劇場の解散を
  決定した夜、朝日新聞の扇田昭彦さんに話をきいてもらったのも、新宿の
  「ロールスロイス」という喫茶店だった。》 (「時間の、四角い箱」)
 
1972年、劇結社櫻社を結成。1974年、櫻社を解散。
 《一九七二年、「櫻社」という劇結社をつくって再び演劇活動をすることになっ
  て、唐十郎に戯曲を書いてもらった。(略)唐十郎から、できたよという電話
  をもらって、その戯曲を受けとったのも新宿の、「らんぶる」という喫茶店だっ
  た。「らんぶる」に入ると、すでに唐十郎はコーヒーを飲んでいた。(略)一九
  七四年、櫻社の解散を決定したのも参宮橋近くの、喫茶店兼スナックでだっ
  た。その店の名前はなぜか覚えていない。(略)ぼくは商業演劇へゆき、小
  劇場に別れをつげた。そしてぼくは新宿が嫌いになった。》 (「時間の、四角
  い箱」)
 
1974年、「ロミオとジュリエット」で大劇場へ進出。
 《一九七六年、東宝でソフォクレスの「オイディプス王」を演出することになって、
  下調べのためにぼくはギリシャにいった。(略)ぼくは疲れ果ててアテネに戻
  り、オモーニァ広場の近くのカフェにはいった。ともかく熱いコーヒーが飲み
  たかったのだ。(略)ぼくはほっとして、熱いコーヒーを飲んだ。ぼくは猥雑な
  熱い空気のなかで、やっと自分の探していたものに出会ったように思った。
  ぼくはそのカフェで演出プランをたてた。》 (「時間の、四角い箱」)
 
 泣かないのか蜷川幸雄のために (2)
黄金期を迎えていた新宿「風月堂」は、増沢洵の設計による店舗に新装して(1955年)、江川和彦の企画による美術展示を始めた(1956年)。その‘第二期黄金時代’の風月堂で、1959年頃に清水邦夫の戯曲に出合って蜷川幸雄の「喫茶店の時代」は始まった。そして、蜷川幸雄が「泣かないのか? 泣かないのか 一九七三年のために?」を清水邦夫と組んだ最後の作品として上演した(1973年)、その翌年に黄金期を迎えていた新宿「らんぶる」は店舗を建て替えて新装した。《新宿が嫌いになった》蜷川幸雄の「喫茶店の時代」は、1974年に終わった。
 泣かないのか蜷川幸雄のために (3)
 
 《喫茶店という、どこにも属さないニュートラルな空間は、そこを利用するもの
  にとってだけ固有の意味をもつ。その意味は、やがて時間をも意味づけて
  ゆくのだ。時とともにその意味づけられた空間と時間は、四角い箱のように
  ぼくの内部に蓄積されてゆく。四角いその箱は、いまやぼくのなかでぶつか
  りあい、ゴトゴトと不気味な音さえ立てているような気がする。》 (「時間の、
  四角い箱」)
 
 泣かないのか蜷川幸雄のために (4)
つまり、蜷川幸雄の「喫茶店の時代」は、清水邦夫とアートシアター新宿文化(ATG)と共にあった約15年間の「新宿の時代」でもあった。それは、蜷川幸雄が蜷川幸雄自身を真に演出していた時間であり、以後の蜷川幸雄は「喫茶店の時代」を四角い箱として自己の《内部に蓄積》するだけの形骸となった。そして、日本にとっての「喫茶店の時代」もまた、1970年代後半以降は大半が屍骸となり、今は僅かに残滓を遺すのみである。「泣かないのか? 泣かないのか 蜷川幸雄のために?」と問われても、私は泣かない。「泣かないのか? 泣かないのか 喫茶店のために?」と問われても、本当になにもかも喫茶店で始まって喫茶店で終わったように。
 
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コメント

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しまなかろう URL [2016年05月16日 10時24分]

蜷川幸雄との接点は何もない。あえてこじつければ、女房と誕生日が同じだってこと。あとはボクと同じ、キレやすい性格ってことか。ボクは灰皿こそ投げないが、言葉の毒針で相手をチクチクいたぶるのが好きだ。ボクにも「喫茶店の時代」があった。そこには暗い欲望と不安が渦巻いていた。喫茶店には不健全さが横溢していた。
それでも健康なオシャレ感だけが売り物のカフェなんかよりも数段ましだった。

to:しまなかろうさん
帰山人 URL [2016年05月16日 18時01分]

労師もキレてますね。ホン(脚本)が書けないしシバイ(演技)もできない劣等感を自負心にすり替えた、率直すぎる凡俗の人が精一杯に己の人生を演出する、それが蜷川幸雄だったと思います。でも、「喫茶店の時代」の客は皆、蜷川幸雄みたいな人だったわけで。それを、横山五郎にしろ五味敏郎にしろ中平穂積にしろ、オーナーたちは寛容に受けとめていたわけで。《健康なオシャレ感だけが売り物のカフェ》は、オーナー自らが板付きになって芝居を見せる前に演出を説きやがる。ダメ出しの灰皿がいくらあっても足りない。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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