マンガ展を読む 其の壱

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2016年04月30日 23時30分]
《時代を超えて「マンガ」にずっと一貫しているものはなにか。そこでたどり着いたのが「描く」という営みなのである。(略)振り返ってみれば、実に多くの人々が「描く」という営みを経験しているのである。現在の日本では、その数は控え目に見積もっても一千万人はくだらない》(伊藤剛 「一千万人の「描く読者」たちのマンガ表現史へ」/『描く!』マンガ展 図録)。しかし、私はマンガを「描(か)く」ことがないので、伊藤剛が監修したマンガ展の対象の埒外にある。「描かない読者」は観てはならないのか?…でも、大分・北九州・高崎と巡回したマンガ展が豊橋市美術博物館に来たので、観よう。
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「『描く!』マンガ展 ~名作を生む画技に迫る──描線・コマ・キャラ~」
(豊橋市美術博物館)
 
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企画展の初日、約半額の‘お得なきっぷ’を利用して名古屋から新幹線で豊橋へ。駅から歩いて向かう途中で昼食を摂り、豊橋公園にある会場へ。「第1章 すべての夢はペンと紙からはじまる」では、手塚治と小野寺章太郎と安孫子素雄と赤塚藤雄と水野英子が取り上げられている。ナルホド、5人の‘巨匠’は皆、年少期より「描く読者」であり「漫画家」であったことがわかる原画の展示が好い。手塚の「ピンピン生(セイ)チャン」などは生(なま)の原画ではなかったが(笑)。
 
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本展の中核たる「第2章 名作の生まれるところ──マイスターたちの画技を読み解く」では、さいとう・たかをと竹宮惠子と陸奥A子と諸星大二郎と島本和彦と平野耕太とあずまきよひことPEACH-PITが取り上げられている。描線の幅と境界の距離のルール、影向きが示す鼻の高さや顔の色、描線の抑揚やカケアミによる個性と空気感、記号の合成や誇張、人物と背景のリアリティの差、萌えキャラバランスへの収束など、ナルホド、解説を掲げた田中圭一の着眼点が好い。一部に苦し紛れもあったが(笑)。
 
 マンガ展を読む (7)
トークイベント「『描く!』を読み解く」を館内の講義室で聴講。お下劣サイテーパロディー漫画家の田中圭一と鉱物が好物なマンガ評論家の伊藤剛、マンガ展を解いた人と監した人が講師であり、豊橋生まれでマンガ研究家の伊藤遊が進行する…そりゃ定員(80名)を超えて立ち見も出るわな。前半こそ無難に進んだが、田中圭一によるイラスト彩色の実況漫談あたりから爆笑の連発。これは、もう‘演芸’だ。伊藤剛によるGペンの由来やプランゲ文庫の話も楽しい。催事後に「第3章 『描く』ちからは未来へつづく」を観る。
 
 《手塚治虫が戦後的なエートス、つまり科学信仰と学校民主主義という、二つの
  まったく新しい要素をマンガの世界に持ち込んだ。(略)戦後日本マンガのキー
  パーソンといったら、間違いなく手塚治虫だと思います。この人が「無から戦後
  マンガを作った」と言っていいんじゃないですか。(略)手塚治虫にどれくらいの
  影響力があったんですかと訊かれても、手塚治虫抜きの戦後マンガと比較す
  ることができない以上は、正確なことは言えないんですけども、その影響力な
  んてもう、信じられないくらいの……。(略)大友克洋、鳥山明、井上雄彦、この
  三人が、日本のマンガの絵のクオリティを世界最高レベルまで上げた人だと
  思います。(略)マンガ家の場合、画力が上がるのと、物語の構想力がスケー
  ルアップするのと、同時なんですよ。(略)画力と構想力は車の両輪になってい
  る。描き続ける限り、マンガ家は成長し続けられる。それが他のジャンルと比
  べたときのマンガのジャンル的なアドバンテージだと思います。》
  (内田樹 「戦後漫画家論 戦後漫画は手塚治虫から始まった」 ラジオデイズ
   一周年記念特別対談 2008年9月28日/『街場のマンガ論』 小学館:刊)
 
 《まずはじめに断わっておく必要があるのですが、近年のマンガ研究では“手塚
  が戦後ストーリーマンガの表現を新しくした”という“手塚神話”は大きな見直
  しがはかられています。(略)手塚さんがマンガ表現の発明者だという誤った
  神話化は、結果的に、他の作家の功績や系譜を消し去ってしまうという効果
  を生んでしまったんです。(略)だから僕は、手塚さんは“タイムカプセル”なん
  だというとらえ方をしています。(略)当時成熟しつつあった大衆文化は、第二
  次世界大戦によって一時的に途絶えますが、演劇であったり、映画であった
  り、ミュージカルであったり、文学であったり、アニメであったり、そしてマンガ
  であったりといった教養は、手塚さんのなかにタイムカプセルのように閉じ込
  められていて、それらが戦後、一気に開花したと考えると分りやすい。》
  (「夏目房之介が語る 手塚治虫がマンガを革新させたのか?」/『月刊MdN
   2016年3月号』 特集:漫画家が発明した表現30 漫画を漫画たらしめるも
   の エムディエヌコーポレーション:刊)
 
 《影響力はものすごく大きかったんだけど、手塚のすごさが分かるのは俺の世
  代がギリギリだろうね。それより後になると何がすごかったのか分かりにくい
  と思う。(略)〔アンチ手塚としての劇画の誕生〕劇画は大きなムーブメントでは
  あったんだけど、表現の革新とまでは言えないと思うんだよ。(略)〔表現のレ
  ベルを上げた宮谷一彦〕技術面では、スクリーントーンを削ったり重ねたりし
  て使いはじめたのが宮谷なんだよ。(略)〔現代マンガを切り開いた大友克洋〕
  そのころ新しく出てきた人って、どっかで劇画の影響を受けるんだけど、大友
  はそうじゃなかったんだよ。(略)〔「Fire-ball」の衝撃〕あとマンガってたいてい
  動くときに動線が入るじゃない。でも大友にはそれがほとんどなかった。マン
  ガなんだけどマンガ的表現を避けてたんだよね。(略)〔ポップの王様・江口寿
  史〕一番新しい画集が『KING OF POP』って名前だけど、江口は自分の絵の
  ポップに気づいたんだよね。それで絵の面白さに目覚めて、それが江口寿史
  を江口寿史たらしめたんだけど、でも江口の足を引っ張りもしたんだよね。
  (略)〔現代マンガの最前線〕五十嵐大介と黒田硫黄かな。この二人はやっぱ
  り突出してるよね。(略)〔もっとマンガを読もう〕マンガ家はみんなそれぞれ表
  現に工夫を凝らしてるからね。マンガの面白さにはストーリーの面白さももち
  ろんあるんだけど、表現に注目すると理解がもっと広がると思うよ。》
  (「誰がマンガを進化させたのか? いしかわじゅんインタビュー」/『月刊MdN
   2016年3月号』 特集:漫画家が発明した表現30 漫画を漫画たらしめるも
   の エムディエヌコーポレーション:刊)
 
マンガの作画技術を読み解こうと挑んだ「『描く!』マンガ展」は、「描かない読者」である私にとっても面白かった。「描かない読者」でもマンガを読むように、マンガ展を読めばよいのだ。そういえば、「『描く!』マンガ展」に少女マンガ雑誌『なかよし』の表紙パネルが展示されていた。これをどう読むべきか? なぜ講談社か? 集英社はどうした? 《表現に注目すると理解がもっと広がる》…そう思いながら会場を去り、次に「マンガ展を読む」機会へ早くも歩み始めた。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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