欠片を拾う

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年04月23日 01時00分]
コーヒーの欠片(かけら)を拾う。筒井康隆氏による2016年3月11日付けの「偽文士日碌」には、コーヒー本が2つ登場する。『旅のラゴス』と『珈琲のことば 木版画で味わう90人の名言』である。
 
 《昨日は掛川豊弘税理士が来て、例年の如く納税金額の説明をしてくれた。
  「旅のラゴス」のバカ売れその他で昨年よりも収入が増えたため、税金も
  高額となる。(略)平凡社から箕輪邦雄の木版画で書かれた九十人の短
  文を「珈琲のことば」として一冊にまとめた本が送られてきた。おれの文
  章がボブ・ディランと並んでいるのは嬉しい。珈琲専門店などが競って置
  いてくれるようだといいな。》
 
 欠片を拾う (1)
『旅のラゴス』(筒井康隆:著/徳間書店:刊 1986年9月)は、《なんと、この1年あまりで10万部を超える大増刷となったのです。なぜこんなに売れているのでしょう? 実は、私たちにも分かりません》(新潮文庫メールアーカイブス 2015年4月22日)という、その謎のバカ売れ以前から日本珈琲狂会(CLCJ)推薦図書であり、つまり優れたコーヒー本でもある。これほどコーヒーを絡めて気宇壮大な小説は、他に類を見ない。『旅のラゴス』こそ、《珈琲専門店などが競って置いてくれるようだといいな》と私は思う。
 
 欠片を拾う (2)
『珈琲のことば 木版画で味わう90人の名言』(箕輪邦雄:著/平凡社:刊 2016年3月)は、《モンテスキューから爆笑問題・太田光まで、古今東西90人の珈琲をめぐることばを集め、木版刷りした「読んで楽しい、見て面白い、心休まる」ハンディ・テーブルブック》(平凡社Webサイト この本の内容)という、他に類を見ないコーヒー本である。だが、《お好きなコーヒーを飲みながら、おおらかな気持ちで味わってください》(腰巻の惹句)と言われても、私は心休まらず鷹揚に頷くこともできない。
 
『珈琲のことば 木版画で味わう90人の名言』で箕輪邦雄氏が刻み掲げた筒井康隆氏の‘ことば’は、《コーヒーは人間を知的にする大いなる発見だ。》から始まっていて、これは「約1トンのコーヒー」(『別冊サライ』 No.13 大特集「珈琲」/小学館:刊 2000年)の冒頭の一節である。いや、実際の冒頭は《煙草は人間を情緒的にするすばらしい発見だったが、コーヒーは人間を知的にする大いなる発見だ。》であり、箕輪氏は読点より前を省いて半截した。これ以外も『珈琲のことば 木版画で味わう90人の名言』には、《各版画作品は原文の表現と一部異なる箇所があります》と目次の右下でことわっている通りに、原文を断片化している作品がある。箕輪氏の木版画は、‘アート’として観る者を《情緒的にするすばらしい発見》であるし、これを窃取などと非難はできない。しかし、コーヒーに関する名言・金言を並べた‘資料’としては、断章取義のものでしかない。
 
『珈琲のことば 木版画で味わう90人の名言』で箕輪邦雄氏が刻み掲げたモンテスキュー(シャルル=ルイ・ド・スゴンダ)の‘ことば’は、《「シャルル=ルイ・ド・スコンダの私信」(1722年)》からの抄訳として紹介される。
 
 《パリにおけるコーヒーの流行は絶大なものがある。コーヒーを出す店では
  客にも知恵を授けるような処方を心得ている。ともかく客はみなドアを開け
  たときに比べ、出るときには少なくとも四倍は頭がよくなったと信じている。》
 
この抄記でモンテスキューの意図を読み誤ってはならない。この諷刺文学『ペルシャ人の手紙』(1721年)においてモンテスキューは、《パリにおけるコーヒーの流行》を称讃するどころか徹底的に批判し嘲弄しているのである。箕輪氏は如何なる意図で、この抄訳を刻み掲げたのだろうか? コーヒーを称讃する断章取義の臭いが観取されて、私は心休まらず鷹揚に頷くこともできない。《珈琲をめぐることば》は、コーヒーの欠片である。欠片は欠片、断片であって総体ではない。‘アート’は‘アート’、美術であって真説ではない。正真の《珈琲をめぐることば》を私が掲げるとするならば、やはり『旅のラゴス』から拾いたい。
 
 《おれはニキタに、あまり安値でコーヒーを売ると商人にとっては旨味が多
  過ぎ、かえって悪い影響が出る筈だから、幾分かは理不尽と感じさせる
  値で売った方がよいというおれの意見を村長に伝えるよう言いつけた。》
 
このラゴスの《珈琲をめぐることば》は、スペシャルティコーヒーやサスティナブルコーヒーの本質を簡潔に述べているし、同時にそれらの概念を《理不尽と感じさせる》真説がある。コーヒーの欠片を拾う…そこには美しさと同時に危うさがある。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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