青の時代さがす

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2016年01月22日 23時30分]
秋の「みわにわ」に遊んだ記憶は、冬になっても鮮明にのこっている。そして、あのアートプロジェクトは終わっていなかった。3年前には「のこりもの」を観たファン・デ・ナゴヤ美術展、そこに移されて続いている…面白そうなので行ってみる。
 青の時代さがす (1) 青の時代さがす (2)
 
「記憶のはがし方プロジェクト ─日本 家」 鷹野健・阿部大介
  名古屋市文化基金事業 ファン・デ・ナゴヤ美術展2016
   会場:名古屋市民ギャラリー矢田(カルポート東4階)
   主催:ファン・デ・ナゴヤ美術展2016実行委員会
       /公益財団法人名古屋市文化振興事業団  
   協力:三和まちづくり協議会・三和町の皆さま・Studio Riverbed
 
 青の時代さがす (3) 青の時代さがす (4)
ここまで‘青い’とは…。第1展示室に‘ポツン’と、いや、‘ドカン’と青い家がある。ぐるりと廻って観る。家屋の皮膚(?)しかないのだから、‘ドッカ~ン’とした重量感じゃないはずだが、‘青い’色が‘ドッカ~ン’だ。コレは記憶色としての‘青’なのだろう。
 
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ここまで‘青い’とは…。家の中から観る。家屋の皮膚(?)しかないはずだが、青い壁の向こうに「みわにわ」で集った人たちが見えるし、青い屋根の向こうに「みわにわ」で吹いていた風が見える。里山の秋の風景が青く透けて見える。コレは記憶色としての‘青’なのだろう。
 
 《戦後70年の2015年は戦争経験者の記憶をアーカイブすることについての
  ニュースを多く目にしました。ひとつの事柄に対して様々な捉え方をする私
  たちに個人の記憶を本質的な意味で共有することは可能なのでしょうか。 
  記憶のはがし方プロジェクトとは物質の変容や痕跡から記憶を探る試みで
  す。プロジェクト2回目となる本展は過疎化が進む地域の家屋を取り上げ、
  その外壁と屋根をインクと樹脂によってはがし取ります。住んでいた人や所
  在地などの固有性から切り離された「私たちの日本」における「私たちの家」
  が、記憶を透過させ新たな共有の形を創出します。》
  (阿部大介・鷹野健 「ごあいさつ」/「記憶のはがし方プロジェクト ─日本 家」)
 
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例えば、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダート・ルイス・イ・ピカソとかいう《希代のスケベエ》(深町丈太郎:談/『事件屋稼業』)の「青の時代」にも、平岡公威とかいう国粋主義者の『青の時代』にも、私は《個人の記憶を本質的な意味で共有すること》はできない。それらの「青の時代」は、力み過ぎて湿っぽくて暗いので腐って‘青い’。今般の「記憶のはがし方プロジェクト ─日本 家」は、脱力して乾いて明るいので活きて‘青い’。但し、「みわにわ」から40kmほど移った会場で再構成された《私たちの家》は、時代の記憶色が今現在は‘青’であることを示している。《私たちの日本》は、いや、私たちの世界は、「青の時代」である。はがされた記憶は、青の時代をさがす。
 
 ♪ 砂に書いた あの文字は 僕への励ましの言葉
   海に流す 青い涙 悲しい過去の記憶と共に…
   激しい 怒りの中で さまよい また傷つけあう
   生きてく 意味など捨てて 変わらぬ場所で
   吹きぬける  風に手をあてて すぎゆく 日々を想い
   雲間から ひとつぶの雨が かれた花をぬらす
   青の時代さがす ♪
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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