小さな喫茶店

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2015 [2015年10月20日 01時00分]
《『コーヒーもう一杯』を読んでくださった人の多くが、実は、漫画好きというより、コーヒー、喫茶店好きの方々が多かったような気がします》(山川直人ブログ「地球の生活」)と作者自身が言う通りに、コーヒー漫画といえば山川直人の『コーヒーもう一杯』という声も巷間に多いが、月刊『コミックビーム』に連載されていた時も「ビームコミックス」で単行本になった際も、私は読まなかった。だが今秋に、《『コーヒーもう一杯』の著者が、その唯一無二のタッチをさらに磨き上げて贈る、馴染みの喫茶店で飲む一杯の温もりにも似た、コーヒーを巡る絶品の物語集。》というコーヒー漫画本が発行されたので、読んでみる。
 小さな喫茶店 (1)
 
『一杯の珈琲から シリーズ小さな喫茶店』
(山川直人:著/KADOKAWA エンターブレイン:刊 2015年9月)
 
この『一杯の珈琲から』には、月刊『コミックビーム』に2014年12月より連載中の「小さな喫茶店」シリーズから計10話が収載された。「あまった幸せ」(第1話)と「ウソツキ男とバカ女」(第5話)に「珈琲屋ブランキ」、「匿名希望」(連載第3話・収載第2話)に「珈琲フィリップ」、「眠られぬ夜のために」(連載第2話・収載第3話)に「珈琲亭くらむぼん」、「輝く職場」(第4話)に「喫茶どんぐり」、「喫茶店小町」(第6話)に「名曲と喫茶ユモレスク」、「火星人も嬉しい」(第7話)に「喫茶ジュピター」、「名もなき恋」(連載第9話・収載第8話)に「レジェ珈琲店」(後に「カフェ・モンドリアン」)、「夢の切れはし」(連載第8話・収載第10話)に「カフェどんぶら」…という‘小さな喫茶店’(?)が各話の舞台として登場する。
 小さな喫茶店 (2)
これら8店のうち、「ブランキ」と「フィリップ」と「ユモレスク」はネルドリップ抽出であり、「フィリップ」と「どんぐり」と「レジェ」は自家焙煎を掲げている。いずれにしても、「昭和」を芬々と臭わせる古色蒼然たる店ばかり。何せ、対照を担って《キラキラ輝いている》《オシャレ・カフェ》として登場する店の名が、「ユリシーズ」とか「モナド」なのだ…ココは爆笑。『一杯の珈琲から』の画風も作風も作者に対しても憾みはないが、惹句で《甘くホロ苦い》とか《琥珀色のアロマ香る》とか《感涙》とか《不朽》とか捲し立てられると、私は「もうエエよ」と呟いてしまうのだ。そういうこともあってか、『一杯の珈琲から』計10話の中で最も好いのは、‘小さな喫茶店’が(画では)一切登場しない「白い部屋」(連載第10話・収載第9話)である。
 
 小さな喫茶店 (3)
さて、《今回は巻数表記をせず、『一杯の珈琲から シリーズ小さな喫茶店』という形で刊行することになりました。次にこの連載が単行本になるときは『◯◯◯◯◯◯ シリーズ小さな喫茶店』となるはずです》(前掲ブログ)と作者自身が言っているので、『一杯の珈琲から』という書名には深入りしない。気になるのは、「小さな喫茶店」という連載シリーズ名である。山川直人は、《『小さな喫茶店』という題名は、ドイツ生まれのタンゴ曲からいただきました。タイトルの下の小さな文字は、その原題です》(前掲ブログ)と言っている。その原題は“In einer kleinen Konditorei”(イン・アイネル・クライネン・コンディトライ)で、作曲がフレッド・レイモンドで作詞がエルンスト・ノイバッハによる1928年に発表されたコンチネンタル・タンゴの名曲である。
 小さな喫茶店 (4)
“In einer kleinen Konditorei”は、ロベルト・ヴォールムートの監督・脚本による同名の映画(1930年公開)の主題歌となり、日本では1934(昭和9)年にマレーク・ウェーバー楽団の演奏で「カフェの魅惑」と題されて発売された。翌1935(昭和10)年5月には、瀬沼喜久雄(青木爽)による日本語訳詞で中野忠晴が歌ったコロムビア盤で発売された。この青木爽による訳詞版が、後にフランク永井や菅原洋一やザ・ピーナッツや青江三奈や梓みちよやあがた森魚や遊佐未森や…多数の歌手がカバーしている楽曲「小さな喫茶店」である。だが、同年12月には、沼津太郎による訳詞で田中福夫と唄川幸子(北村季久江)が歌った「小さな喫茶店」ニットー盤が発売され、さらに1937(昭和12)年には、門田ゆたか(門田穣)による訳詞で神田千鶴子が歌った「小さな喫茶店」テイチク盤が発売された…山川直人が《ドイツ生まれのタンゴ曲からいただきました》という「小さな喫茶店」は、いったいどの「小さな喫茶店」なのだろうか?
 小さな喫茶店 (5)
青木爽の訳詞による「小さな喫茶店」は、《小さな喫茶店に はいったときも二人は お茶とお菓子を前にして ひとこともしゃべらぬ》と歌う。乗金健郎は、《この曲では、コーヒーの事は出てこない…》(『コーヒーソング20』/いなほ書房:刊)と言うが、それは当然のことで、実は原曲の詞でも《In einer kleinen Konditorei, da sassen wir zwei bei Kuchen und Tee.》(小さな洋菓子喫茶店で、私たち2人はケーキと紅茶を前にして座っています)と歌われて、《コーヒーの事は出てこない》のである。つまり、山川直人の《コーヒーを巡る絶品の物語集》は、コーヒーが一切登場しない《ドイツ生まれのタンゴ曲から》名付けられたのであり、‘小さな喫茶店’は『一杯のコーヒーから』というよりも「一杯も無い、コーヒーは空(から)」と言うべき物語であった。
 小さな喫茶店 (6)
 
 《このあいだアパートのゴミ置場に行ったとき、カラスに話しかけられた。
  「よう、ニンゲン、大変だな」 立派な体格の、頭の良さそうなカラスだった。》
  (山川直人 ‘Afterwords’ 『一杯の珈琲から シリーズ小さな喫茶店』)
 
 このあいだ‘小さな喫茶店’に行ったとき、マスターに話しかけられた。
 「よう、コーヒー狂、大変だな」 体格は立派だが、頭の悪そうなマスターだった。
 (鳥目散帰山人 ‘Afterwords’)
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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