コーヒーゼリーちょうだい 味読篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2015 [2015年08月17日 01時00分]
心も舌も「ぷるぷる」と揺れて「ふるふる」と震えて「とろとろ」と融けそうな…絶品のコーヒー本が登場した。 《──あぁ、悔しい。こんな素敵な企画、dancyuでやりたかった》という江部拓弥氏(『dancyu』編集長)による帯(腰巻)の惹句も過言ではなかった。…ちょうだい!
 コーヒーゼリーちょうだい (1)
 
『コーヒーゼリーの時間』 (木村衣有子:著/産業編集センター:刊 2015年6月)
 
 《かねてから金坂オーナーは、コーヒーを飲むだけでなく、食べることができない
  かと考えて研究開発に取り組んでいました。1963年、ようやく完成して売り出
  したのが、コーヒーゼリーの元祖である「食べるコーヒー」です。ストロングコー
  ヒー、アイスコーヒーの水出しを使ったコーヒーゼリーは、売り出しと同時にた
  ちまち大人気となりました。お持ち帰り用のゼリーも、作っても作っても、すぐ
  売れてしまいました。》 (井上紀明 『軽井沢ミカド珈琲物語 ─エピソードはアロ
  マがいっぱい─』 文芸社:刊 2003年)
 
コーヒーゼリーを《食べるコーヒー》と捉えるならば、『コーヒーゼリーの時間』は真っ当なるコーヒー本である。だが、『コーヒーゼリーの時間』が取り上げている20の店と6つのコラムに、「ミカド珈琲」は一切触れられない。著者の木村衣有子氏は、《コーヒーゼリーの歴史としては、1914(大正3)年4月3日付の読売新聞に読者のレシピとして掲載されている記録が、私の見つけた最古のものだ。が、そこから、1960年代に喫茶店のメニューに加わるようになるまでのあいだは空白である。》として、金坂景助氏(ミカド珈琲創設者)の考案によるコーヒーゼリー元祖説を見事に黙殺している。この木村氏の潔さに「ぷるぷる」。
 
 《政治経済と比べると話題としては一段低く扱われる、家事のこと、家族のこと、
  生活のことを扱ういわゆる「家庭面」を載せたのは日本の新聞では読売新聞
  がはじめてで、実はコーヒーゼリーのレシピはその「よみうり婦人付録」お目
  見えの日に掲載されている。ごはんのおかずではなくてデザート、しかもハイ
  カラなもの、というメニューの選択に、当時の新聞がもっていた、因習を振り
  払い、これからを先取りしていこうとする気概が感じられる。》 (木村衣有子
  「コーヒージェリーをあがつていらつしやい」/『コーヒーゼリーの時間』
  pp.154-156)
 
「よみうり婦人附録」は、新たに主筆となった五来欣造氏(後に皇化連盟代表)が留学先で読んだであろうフィガロ紙の婦人欄に倣って創設したものであり、その《お目見えの日》は神武天皇祭日であった。その「よみうり婦人附録」創設の号でコーヒーゼリーのレシピを記者に教えていた《読者》(?)は、アメリカで家政学を学んだ後の1914年に『新家庭講話』(大日本雄辯會:刊)を著した小此木武子氏であった。五来氏の企画した婦人欄に、親王や華族や財閥の名士が居を構えていた小石川丸山町に住む小此木女史によるコーヒーゼリーのレシピ、という《メニューの選択に、当時の新聞がもっていた》政治経済の臭いが強く感じられる。こうした事情を見事に黙殺した木村衣有子氏には、《因習を振り払い、これからを先取りしていこうとする気概》を求めたいところ。だが、難はここだけで「ふるふる」。
 
 《冷たく苦い。甘い。つるっと舌の上を滑り、のどを落ちていく。保たない、儚い。 
  きっとあなたも、そんなコーヒーゼリーのファンになる。》 (木村衣有子 「まえ
  がき」/『コーヒーゼリーの時間』p.3)
 コーヒーゼリーちょうだい (2)
 《…どこか清涼感のあるような、涼しげな雰囲気をだしたいなぁと思いコラムペー
  ジは薄いブルーにしました。この本を読んでいると、今までほとんど注目して
  いなかったコーヒーゼリーが急に気になりだしてくるのです。》 (福間優子
  「コーヒーゼリーの時間」/Webサイト『ヨーデル博士の日記』)
 コーヒーゼリーちょうだい (3)
 《コーヒーゼリーってこんなに絵になるんだ~と再発見しました。(略)マークは
  消しゴムで彫りました。木より、ゼリーっぽいかなと思って。》 (なかむらるみ
  「コーヒーゼリーの時間」/Webサイト『tsumamu.net』)
 
木村衣有子氏の文と写真が好いのだろう、福間優子氏の装丁・デザインが好いのだろう、なかむらるみ氏の版画・イラストが好いのだろう…確かに、『コーヒーゼリーの時間』という本には、《コーヒーゼリーが急に気になりだしてくる》という《再発見》の魅力がある。つまり、世界初(?)のコーヒーゼリー本自体に、《つるっと舌の上を滑り、のどを落ちていく》爽快さを感じる。福間氏もなかむら氏も「コーヒーゼリー」を夏限定の季節商品と捉えて「冷やし中華」との類似性に言及している(各前出サイト)。だが、「冷やし中華」には1970年代に「全日本冷し中華愛好会」(全冷中)という研究団体と『空飛ぶ冷し中華』(住宅新報社:刊)という研究書があったのに対して、「コーヒーゼリー」には研究団体も研究書も何もなかったのである。そこへ『コーヒーゼリーの時間』が登場した衝撃は計り知れない。これはもう、「コーヒーゼリーは菩薩である」とでも言いたくなるような快挙であり超絶であり「とろとろ」。
 
『コーヒーゼリーの時間』は、その着眼と成果において、コーヒー界に未踏の境地が長大にあることを示す。《食べるコーヒー》としての妙味を感じて叫ぼう…コーヒーゼリーちょうだい
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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