戦後70年談話

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:日本珈琲狂会 [2015年08月15日 01時00分]
戦後70年を迎えるにあたり、日本珈琲狂会は主宰による談話を発表する。以下全文。
 
 
…海に生きる人類、川に生きる人類、野に生きる人類、森に生きる人類、山に生きる人類、街に生きる人類に伝えたい。人類の名においてのみ“人類”という言葉は存在して、人類の名においてのみ“コーヒー”という飲料は存在する。私は鳥目散帰山人だ。
 
先の大東亜戦争に大日本帝国が敗れてから、70年の歳月が流れた。今、あらためてあの戦争によって犠牲となった大日本帝国下のコーヒーに思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがある。大日本帝国は、その統治下にあった台湾や南洋群島におけるコーヒー生産地を失い、内地へのコーヒー輸入も途絶えて「愛国コーヒー」と称した代用コーヒーで耐え難きを耐えていた。敗戦後の日本は、あの焼け野原から幾多の困難を乗りこえて、今日の平和ボケした正体不明のコーヒー文化を築いてきた。ここに至るまでに、国際コーヒー機関をはじめ、大東亜戦争で戦火を交えた世界の国々からも寄せられた支援と協力に対して、あらためて深甚な謝意を表明する。また、6年前に脱退した国際コーヒー機関へ今年6年ぶりに復帰するに至ったことに、恥を拭った喜びを感じている。
  戦後70年談話
平和ボケで豊かと錯覚した日本のコーヒー界は、ややもすれば「対米従属」という戦後レジームに浸り続けていることを忘れがちになる。過去のあやまちを再び繰り返すことのないよう、世界の国々のコーヒーの生産と消費が、植民地支配や侵略や内戦などの上に成り立っている悲惨さを、次世代に語り伝えていかねばならない。子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、ほぼ全ての戦争に関わりのあるコーヒーの宿命について、繰り返し、痛切な反省と心から詫びる気持ちを背負わせていかねばならない。また、「アメリカへの従属を通じて自立を獲得する」という寝惚けた戦後レジームから脱却するためには、コーヒーの歴史や文化の暗闇から視線を逸らしてはならない。先の大東亜戦争の敗戦から80年、90年、さらには100年に向けて、そのような日本のコーヒーの本性を、世界のコーヒーの真実を、群れずに語り続ける決意である。…「独立せよ!」
 
…街にあるコーヒー、山にあるコーヒー、森にあるコーヒー、野にあるコーヒー、川にあるコーヒー、海にあるコーヒーに伝えたい。人類の名においてのみ“コーヒー”という飲料は存在するが、“コーヒー”は人類のために存在するわけではない。 …「独立せよ!」
 
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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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