遠い食卓に珈琲の臭い流れ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2015 [2015年08月09日 01時00分]
文藝春秋の芥川龍之介賞(2015年上半期)を受けた又吉直樹は「深い珈琲エッセイ」を9つ書いたが、講談社のアフタヌーン四季賞(2011年春)を受けたイシダナオキは「コーヒービーン ラプソディ」など飲食物をめぐる作品を9つ描いた。前者はボトルコーヒーに付されて、後者は単行本『遠い食卓』にまとめられて、同じ2015年7月23日に発売された。
 遠い食卓に珈琲の臭い流れ
 
『遠い食卓』の二皿目「コーヒービーン ラプソディ」は、食品会社に勤めている中年オヤジの西尾が主人公の話。コーヒーの《味なんてほとんどわからない》ままに、一皿目「カップラーメン フルクサス」に登場した《ラーメンと同じ製法でインスタントコーヒーも企画》していた西尾だが、《娘に嫌われても疎まれても一緒に食卓を囲みたい》と自ら部署を移っていた。社長に《インスタントコーヒーの企画やってくれ!》と言われて、部下に《良いコーヒー豆の見分け方は西尾部長がご存知だ!》と誤解されたまま、インスタントコーヒー事業に復帰するまでの‘ラプソディ’(狂騒)が描かれている。嘘臭いようで、現実味があって好い。
 
それにしても、《ラーメンと同じ製法》で企画したインスタントコーヒーとはいかなるシロモノなのだろうか?…ノンフライ麺にも使われるフリーズドライの技法などでは、ありきたり過ぎて面白くない。ココは、油揚げ麺で使われてきた瞬間油熱乾燥法を応用して、コーヒーの生豆を多量のコーヒーオイルで揚げた後に…程度に斬新な発想であってほしいものだ。あくまで私の狂想であるが、「コーヒービーン ラプソディ」を名乗るならばコレくらいはネ…
 
カップラーメンやインスタントコーヒーや野菜スープや漬け物や鮭や餃子や蟹や手羽先の唐揚げや煎茶など、『遠い食卓』に登場する飲食物は身近なものばかりだが、存在は近いのに簡単には口に入らない話が続いている。食卓を大勢で囲むこと自体が容易でないこと、実は遠いこと、その悲嘆の中にも滑稽があること、イシダナオキの『遠い食卓』にはそうした様々な香りと味わいが流れる。その‘遠い食卓’に、コーヒーの匂いは流れるか?
 
 《電動ミルで珈琲豆を挽き、ごぼごぼとケトルでお湯を沸かすと、詩に綴られ
  た通り、食卓に珈琲の匂いが流れてきた。伯母が何処で珈琲豆や珈琲の
  粉を調達していたかはわからないが、伯母が淹れる珈琲の味はとても濃
  厚だった。》 (宮嵜治 「珈琲の匂いが流れていた食卓の記憶」/コロナ・
  ブックス編集部:編 『作家の珈琲』 平凡社:刊)
 
茨木のり子の居宅では、本当に《食卓に珈琲の匂いが流れて》いたようだ。『遠い食卓』の西尾部長の居宅では、そして作者イシダナオキの居宅では《食卓に珈琲の匂いが流れて》いるのだろうか?…私の居宅では「食卓に珈琲の匂い流れ」などと恰好好いものではない。
 
 遠い食卓に珈琲の臭い流れ ふとつぶやいたひとりごと あれ 
 漫画の台詞だったかな なにかの一行だったかな 
 それとも私のからだの奥底から立ちのぼった溜息だったか 
 豆から挽いたキリマンじゃろ? 
 インスタントのネスカフェを飲んだのはいつだったか
 みんな舌が貧しくて それなのに レギュラーだソリュブルだと沸きたっている
 もっと珈琲らしい珈琲がのめる時代 一滴一滴したたり落ちる液体の香り 
 静かな 日曜日の朝 遠い食卓に珈琲の臭い流れ… 
 とつぶやいて愚痴る人々は 世界中で さらにさらに増え続ける 
 さらにさらにさらに増え続ける 遠い食卓に珈琲の臭い流れ…
 
単行本の『遠い食卓』には、飲食物をめぐった作品9つを丸くおさめるかのように繋げる話、「おまけ ラウンドテーブル大団円」が付されている。その匂いは、コーヒーというよりも、若い芽を含んだ日本茶の甘い香りのようだ。それでも、私は、食卓が近かろうが遠かろうが、コーヒーの臭気が漂っていれば、それで好い。…‘遠い食卓’でも、卓袱台返しは止めない。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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