居酒屋で考えるコーヒー

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2015 [2015年02月01日 01時00分]
コーヒーについて考えるに、これまでもワインの本やカカオ・チョコレートの本や紅茶の本や分子調理の本から捉えてきたが、今般は居酒屋の本で考えて…まぁ、たしなむ程度だけど。
 居酒屋で考えるコーヒー
 
『日本の居酒屋文化 赤提灯の魅力を探る』(光文社新書)
(マイク・モラスキー:著/光文社:刊)
 
 《本書『日本の居酒屋文化』は、居酒屋ガイドの側面を備えつつも、主目的
  はあくまでも居酒屋という〈場〉の社会的な意義や貢献を考えながら、赤
  提灯や大衆酒場に代表されるローカルで庶民的な呑み屋の魅力をより
  多面的に考察することにある。》 (p.12)
 《日本の居酒屋というのは立派な文化である。(略)しかも、既成の映像や
  音源や出版物と違い、その場所に一人ひとりが身をおくだけで、店独自
  の文化に新たな影響をおよぼすことになるから、居酒屋というのはまさ
  に生きている文化だと言える。生きている文化は常に変化を遂げている。
  惜しくも閉店する老舗もあれば、将来すばらしい老舗に育つ新店もあろ
  う。日本の居酒屋文化を慕うひとりとして、現在残っている老舗の名店も、
  無名に近い地元の赤提灯も、若い店主が開業したばかりの新店も、訪
  れ続けながら大切にしていきたい。この貴重な文化の行方は、我々一
  人ひとりに委ねられているのである。》 (pp.232-233)
 
『日本の居酒屋文化 赤提灯の魅力を探る』は、居酒屋の本として好著であるのみならず、飲食店を論じた本という範疇でも屈指の逸物である。著者は、居酒屋を《訪れ続けながら大切にして》いる。巷間では飲食店へ‘取材者’として訪れて(いや、場合によっては訪ねもせず)やれ文化だ時代だと喋喋しく説くような杜撰な本がほとんどであるが、マイク・モラスキー氏は‘客’として探訪し、‘個人’として《魅力を多面的に考察》して論じている。こうした視座を貫いているコーヒー本を探そうにも、類書は見受けられない。本書の章題に倣い…「お茶請け」―はじめに、「喫茶店学」の基礎概念、日本のカフェの種類と特徴(コーヒー店あれこれ/屋台からロースターまで)、〈地〉の味わい―街から店を捉える、〈場〉の味わい―店舗の内外を読み取る、「人間味」―喫茶店の人々、自分で穴場を嗅ぎつけよ(実用編)、「また、飲もうね」―おわりに…という構成と内容のコーヒー本を望みたくなる程に、傑物だ。
 
 《ご存じのとおり「サードプレイス」は、アメリカの都市社会学者レイ・オルデ
  ンバーグによって広められた概念です。彼は著書“The Great Good
  Place”の中でアメリカ社会のコミュニティーの衰退を嘆き、その対照とし
  てフランスのカフェやイギリスのパブ、ドイツのビアガーデンなど欧州の
  代表的なサードプレイスにおける人のつながりを考察しています。日本
  の場合はどうか。最も代表的なサードプレイスの一つは居酒屋、特に赤
  提灯のカウンターですね。都市の日常において、他者同士の気楽な交
  流がある数少ない場所と言えます。喫茶店は逆に一人で放っておいて
  もらうための場所だし、コンビニなどはマニュアル化されていて、店員も
  数カ月で入れ替わってしまう。(略)私はサードプレイスというのは、基
  本的に人が個人として迎えられている場所のことだと思っています。店
  や店主に個性とかポリシーがあると、それに魅かれる人たちが集まる
  ようになり、自然と「久しぶり」「いつもどうも」なんて会話が生まれる。そ
  して時間の経過とともに、客が店主と一緒に店を育てていくんです。(略)
  都市生活というのは日常的に他人に囲まれています。だからこそ、居
  心地がよくて、自分自身を肩書きや立場を抜きにした一個人として認め
  てもらっていることを再確認できる「場」が大切なんじゃないでしょうか。》
  (マイク・モラスキー:談/対談「サードプレイスのすすめ」/『I-House
  Quarterly』No. 4 2015年冬号/公益財団法人国際文化会館 広報誌)
 
マイク・モラスキー氏にとって、うれしい赤提灯、ありがたい呑み屋、推したい居酒屋などは、《基本的に人が個人として迎えられている場所》である。では、コーヒーの世界ではどうか? 例えば、アノ雑誌に載っていたスペシャルティコーヒー専門店は、《自然と「久しぶり」「いつもどうも」なんて会話が生まれる》店であろうか? アノ行列ができているサードウェイブ系のカフェは、《一個人として認めてもらっていることを再確認できる「場」》であろうか?…《つまり、〈顧客〉よりも〈一個人〉、少なくとも〈人間〉という気持ちで過ごせる時間は、品書きにこそ記されていないが、居酒屋が提供するすべてのモノのなかで、もっとも貴重だと主張したい》(p.182)と著者は言う。それは、うれしい喫茶店、ありがたいコーヒー屋、推したいカフェなどとの出遇いを望んで探訪する場合でも、同様である。コーヒーの香味自体は、原材料の品質や加工の技量で左右するのかもしれないが、喫茶店やコーヒー屋やカフェの味わいは、《時間の経過とともに、客が店主と一緒に店を育てていく》、その「人間味」によって決まる。ましてや、能書きの多い高級な豆を流行の器具で抽出することや、店主や店員が偉そうな称号をひけらかすことが、サードプレイスという「場」を呈することにはならない。そうした至極当然の、しかしまた流行や演出に惑わされて忘れがちな、コーヒーの世界でも相当する課題を、本書『日本の居酒屋文化 赤提灯の魅力を探る』は楽しくも明らかに示している。
 
著者マイク・モラスキー氏は、《…もしドクターストップがかかり、酒が呑めなくなったとしても、私は相変わらず居酒屋に足を運び続けると思う》(p.8)と語る。コーヒー狂である私は、もしドクターストップがかかっても、コーヒーを飲み続け、相変わらず喫茶店やカフェに足を運び続けたい…そう居酒屋の本から考える。日本の喫茶店というのは、立派な文化であろうか?
 
コメント (2) /  トラックバック (0)

コメント

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しまなかろう URL [2015年02月02日 18時35分]

帰山人様
いいですね、この書評にかこつけて喫茶店文化論をぶち上げた
文章。モラスキーが居酒屋なら、閣下は喫茶店文化について
一発ぶちかましてくださいよ。ボクは応援しまっせ。閣下の
批判精神と批評眼はモノホンだから。この一文はとてもいいです。

to:しまなかろうさん
帰山人 URL [2015年02月02日 20時09分]

労師、お褒めに与って拙愚の尻穴がムズムズしてます。
でもね、私が喫茶店文化でぶちかますには、「人」への興味や愛情が足りない。(ワインやウィスキーや日本酒のオタクにもありがちなように)品種だの焙煎だの抽出だのを延延と語って喜んでいる珈琲オタクの類は、人情の機微を伝えることに不得手。そこはジャーナリストに預けたいところですが、労師だと喫茶の話が酒臭くなりそうだからなぁ…共作にする?

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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