地界の殺戮

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:回顧編 [2015年01月17日 05時46分]
‘その時’が来た朝、目が覚めた私は、いつも通りにマンデリンを淹れて喫しながら、不穏な気を感じていた。年末年始をはさんで3週ほど前から読み進めていた本を、読み終えようと開いたものの、全局が特別報道番組になったテレビの画面から目が離せなくなった。『ゼノサイド』(オースン・スコット・カード:著 “Xenocide”/ハヤカワ文庫 1994年8月)の後に読んでいた『天界の殺戮』(グレッグ・ベア:著 “Anvil of Stars”/ハヤカワ文庫 1994年10月)は終盤を迎え…だが、現実の‘地界の殺戮’が報じられ、本は閉じられた。
 地界の殺戮 (1)
 
‘その時’1995年1月17日5時46分52秒に発生した兵庫県南部地震は、阪神・淡路大震災を引き起こした。この当時に、私が自宅で飲んでいたコーヒーは、(欠かさず毎朝にネルドリップするマンデリンを別とすると)‘遊ブレンド’と名付けたものが最も多かった。スマトラ・マンデリンとコロンビアとグァテマラとモカ・マタリを3.5対2.5対2.5対1.5に配合したもので、これは砧の「タカノ」(高野徳太郎)のスペシャルブレンドや、それに倣った藤枝の「」(中山孝)のハイブレンドを、さらに倣い、但し混合(プレミックス)焙煎で独自に深煎りしたものである。この1995年当時の抽出方法は、(毎朝のネルドリップを別とすると)松屋式によるペーパードリップが最も多かった。1992年1月30日に、西尾の「フレーバーコーヒー」(中川正志)を初めて訪ねた際に、(Dブレンド‘静かな夜’と共に)松屋式の金枠を購入して以来、約3年の間、その松屋式の技法を独自に追究していた。しかし、震災が発したその日に、私が飲んだコーヒーは、朝のマンデリン1杯だけだった。
 地界の殺戮 (2)
その1週前の1995年1月10日には、開業して間もないコーヒー店を訪ねた。出色のコーヒーを飲ませる稀代の迷店(?)となる「東明茶館」(都築直行)である。この当時に、私が自宅で焼いていたコーヒーは、手網による直火焙煎(最大約400g投入)が最も多かった。「東明茶館」が使用する焙煎機を見た‘その時’、私は「あっ!」と喫驚の声を上げた。手網をそのまま釜型にしたような、私が理想とする極めて簡素な構造の約1kg容量の直火式焙煎機だったから。後日、この「東明茶館」の焙煎機に倣って、パンチングメッシュの釜部はそのままに電動モーターを止めて手廻しにした仕様を、同じ富士珈琲機械製作所(寺本一彦)へ特注をした。この特製の手廻し釜の焙煎機を私が入手したのは、1996年2月26日である。だが、震災が発した頃の私には、「東明茶館」の釜が垂涎の的だった。
 地界の殺戮 (3)
‘その時’1995年1月17日の約1ヵ月半前、1994年12月3日に「日本コーヒー文化学会」の第1回設立記念集会(現:年次集会の始原)に参加した。「珈琲屋バッハ」に寄って田口護・文子夫妻や中川文彦氏と歓談した後に、田口護氏とタクシーで記念集会の会場(お茶の水スクエア)へ乗り付けた。文化学会の事務局が置かれた神戸の「UCCコーヒー博物館」のあるポートアイランドが、翌月の地震で液状化するとは誰も予測できなかった。
‘その時’1995年1月17日の約3ヵ月後、1995年4月10日~14日には「国際コーヒー科学会議」の第16回京都大会(ASIC'95)に参加した。オウム真理教による‘地界の殺戮’である「地下鉄サリン事件」から3週後の開催であった。「国際コーヒー科学会議」の参加で京都にいる間に私が淹れたコーヒーは、毎朝に宿で飲んだマンデリン1杯だけであった。そして、「地下鉄サリン事件」の日に私が自宅で淹れたコーヒーも、マンデリン1杯だけだ。
 
 地界の殺戮 (4)
‘その時’1995年1月17日の4日後、1月21日に名古屋の松坂屋美術館へ「ロートレック展」を観に行った。‘Tremblement de Terre’(Earthquake:地震)と呼ばれるカクテルを愛飲したアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックは、自らを「大きな注ぎ口のついた小さなコーヒーポット」(大きな性器を持つ小人の身体障害者の喩え)と称した、と伝わる。この日、帰宅後に私は‘遊ブレンド’を焙煎した。だが、阪神・淡路大震災の、誰に、どのように、思いを寄せればよいのか、わからない…その頃でも、何か不穏な気を感じていた。いわゆる戦後の50周年を迎えた1995年の‘地界の殺戮’、それでも、たとえ日に1杯でも、コーヒーを喫していた。戦後の100周年、阪神・淡路大震災の50周年を迎えるまで、どれほどの‘地界の殺戮’が続くのであろうか?…その時にもコーヒーは喫されているか?
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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