電気羊は珈琲の夢を見るか?

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2015 [2015年01月01日 00時00分]
そしてわたしはなおも夢見るのだ、牧羊神のおぼろ影が芝生をふみ、
わたしの歓びの歌につらぬかれた霧のなかを歩んでゆくのを。 
──『しあわせな羊飼いの歌』
  電気羊は珈琲の夢を見るか? (1)
 
 
…それが‘幻影’であったとしても、コーヒー発見伝説におけるカルディが、羊(ヒツジ)飼い(shepherd)であったのか、それとも山羊(ヤギ)飼い(goatherd)であったのか、私にはわからない。しかし、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』におけるリック・デッカードが、羊飼いでもあり山羊飼いでもあったことは、私にもわかる。《顔の黒い英国種の牝》の羊と、牝の《ヌビヤ種の黒山羊》と、その両方ともをリック・デッカードは飼っていた。但し、ヒツジは《はじめは、本物の羊だった》が破傷風で死んでしまって、模造動物の‘電気羊’へすり替えているし、ヤギはデッカードと情交したアンドロイドが屋上から《突き落として》しまって、‘スケープゴート’として死んでいる。…それが‘幻影’であったとしても、私にはわかるのだ。問題は、コーヒーを食べて跳ね回っていた獣ではなくて、模造人物であろうカルディなのだ。
 
 《「いまコーヒーをいれるわ」彼女はストーブのそばへ寄ってコーヒーのボタ
  ンを押し、まもなく大きな茶碗に入ったそれを、食卓の彼の席へ置いた。
  (略)彼は食卓の上へそっと箱を置き、コーヒーカップを持ち上げた。従順
  に、彼女の希望をくんで、コーヒーをすすった。(略)ベッドでは、リックがま
  もなく寝息を立てはじめた。イーランはしばらくそこに残り、彼が目をさま
  さないか、ときどき夜中にやるように、ふいに起き上がったりしないかを見
  きわめた。それから台所に戻り、もう一度食卓の前に坐った。(略)それか
  ら、ずっとよくなった気分で、こんどは自分のために、熱いブラックのコー
  ヒーをいれにとりかかった。》 (『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
   “Do Androids Dream of Electric Sheep?”/フィリップ・K・ディッ
  ク:著 1968年/浅倉久志:訳 ハヤカワ文庫SF 1977年)
  電気羊は珈琲の夢を見るか? (2)
 
フォークト=カンプフ感情移入(エンパシー)度測定法は、《人間を装ったアンドロイド》にも(ある程度まで)判別を可能にするが、「人間を装ったコーヒー狂」には(ほぼ完璧に)効く。
 「きみはある異性とデートし、誕生日の贈り物に、仔羊皮のコーヒー豆入れ
  をもらった。相手はきみをアパートへ誘った。ふたりきりになると、彼はき
  みにコーヒーをすすめた。きみがカップを持って立っていると、寝室の中
  が見えた。そこには仔羊を屠殺する場面が映っているテレビがあり、きみ
  はつい見たくなってふらふらと中に入った。次の場面は宴会が進行して
  いるところだ。客たちはうまそうにコーヒーの生豆を食べている。主料理
  (アントレー)は、コーヒー詰めの羊の丸煮だ。…このカバン、しゃれてる
  だろう? 外はコーヒー豆が入っていた麻袋なのさ。内側は正真正銘の羊
  の赤ん坊の生皮だよ」
この検査で測定するのは、顔面毛細血管の拡張と、眼筋の中の緊張の変動、そしてそれらの反応時間である。私は既に「人間を装ったコーヒー狂」か否かを検査したが、結果は…
 
 《…SFは反抗的な芸術形式であり、そこに必要とされるのは、書き手と、読
  み手と、よくない態度──「なぜ?」とか、「どうしてそうなる?」とか、「だれ
  がそういうんだ?」と問いかける態度である。これは、わたしの作品の中
  で、「この宇宙は現実か?」とか、「われわれは本当に人間か、それとも、
  中にはたんなる反応機械もいるのか?」といったテーマに昇華して現われ
  る。》 (フィリップ・K・ディック「まえがき──Introduction」 浅倉久志:訳
  /“The Golden man” 1980年/『ザ・ベスト・オブ・P・K・ディックIII』
  サンリオSF文庫 1984年)
 
コーヒーは反抗的な嗜好飲料であり、そこに必要とされるのは、作り手と、飲み手と、よくない態度──「なぜ?」とか、「どうしてそうなる?」とか、「だれがそういうんだ?」と問いかける態度である。これは、私の追究の中で、「このコーヒー世界は現実か?」とか、「われわれは本当に人間か、それとも、中には単なるコーヒー狂もいるのか?」といったテーマに昇華して現われる。…そして私は尚も夢見るのだ、コーヒーの朧(おぼろ)影が、歓びの歌に貫かれ、火に焙られた香りが、風の中に舞うのを。私は、コーヒーの旅を始める、誰にも告げぬまま、歩き始める。…さて、明日に、未来に、‘電気羊’は珈琲の夢を見るか?
 
 
  電気羊は珈琲の夢を見るか? (3)
羊飼いは 旅を始める 誰にも告げぬまま 山から山へ 歩き始める なだらかな斜面
静かに吹く 風と光 鈴を鳴らして… どこにある? 明日は… どこにある? 未来は…
──『羊飼いの旅』
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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