あるいは珈琲でいっぱいの日

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2014 [2014年10月12日 01時00分]
休日、いつものように自宅でコーヒーを飲んでいるとき、おれはとんでもないコーヒー本を読んでしまった。とんでもないコーヒー本といったところで、冷蔵庫や冷凍庫を《霜ができるくらいだから、案外湿度が高いんだ》などと相変わらず無知蒙昧なことを言っている庄野雄治の『コーヒーの絵本』(平澤まりこ:絵/ミルブックス/2014年10月1日)だとか、そんな非現実的なものではない。コーヒー稼業を題材にした所謂ビジネス書だ。
 あるいは珈琲でいっぱいの日 (1)
 
なんだそんなことと思うかもしれないが、じつはこれは大変な本なのである。架空のコーヒー会社「ドリームコーヒー」を舞台にコーヒー稼業での生き残り策を拙く説く、永井孝尚の『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ!』(KADOKAWA中経出版/2014年9月11日)という本だ。ドトールとUCCとマクドナルドとスタバとネスレとセブンカフェとブルーボトル、そこから戦略を学べ、というのだ。おれは息をのんだ。引き合いに出された連中の規模は、1日でも数万杯から数百万杯のコーヒーを売る稼業だ。「1杯のコーヒー」どころじゃないじゃないか、と、おれは思った。コーヒー1杯で、「ドリームコーヒー」は生き残れない。
 あるいは珈琲でいっぱいの日 (2)
 
 《〔藤浦〕 この『一杯のコーヒーから』というのを「夢の花咲くこともある」という
  んだろう。「夢の花咲く」じゃ、全然言葉にならないんだよね。ほんとうは、
  「恋の花咲くこともある」といったんだよ。  〔服部〕 だけど、「恋の花」な
  んていっちゃいけない時代だった。  〔藤浦〕 戦争が厳しくなってきて、
  これはディレクターが書きかえるんじゃなくて、警視庁から書きかえられ
  たようなものでね。 (略)  〔藤浦〕 あれはやっぱり霧島がよく歌ったよね。 
  〔服部〕 あれは霧島昇と松原操が結婚にゴールインするための一つの
  手伝いをしているんじゃないかな。》
  (「異色対談 一杯のコーヒーから 服部良一vs藤浦洸」/月刊喫茶店
   経営別冊『たのしい珈琲 No.2』/柴田書店/1975年)
 
つまり、『一杯のコーヒーから』は、《恋》の花は咲くけれども、《夢》など咲かないのである。『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ!』に登場する実在のコーヒー稼業も、架空の「ドリームコーヒー」にしても、‘コーヒー’を収益の道具としてしか扱わない。だから、連中のコーヒーは不味いのだろうな、と、おれは思った。永井孝尚は、「自社らしさ」とは何か、と問う。
 
 《…本書で繰り返し述べているように、最初に考えるべきは「自社らしさ」です。
  自社の強みに徹底してフォーカスするところから始めます。そうしないと、
  たとえ顧客のニーズをつかまえることができたとしても、すぐにまねされ、
  差別化できないのです。》
  (永井孝尚 『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ!』 あとがき)
 
 《つまり、現代人が自我の中心に置いている「自分らしさ」というのは、実はあ
  る種の欠如感、承認要求なのです。…自分の正味の現実に対する身もだ
  えするような違和感、乖離感、不充足感、それが「自分らしさ」の実体です。
  (略) 「自分らしさ」というのは、「今の自分は『ほんとうの自分』ではない」
  という否定形でしか存在しません。ですから、彼らが「自分探し」というとき
  に探しているのは実は「自分」ではない。》
  (内田樹 『呪いの時代』/新潮社/2011年)
 
ちょっとおかしいな、と、おれは思った。永井孝尚の本は、ドトールとUCCとマクドナルドとスタバとネスレとセブンカフェとブルーボトルの‘戦略’を粗くも雑に捉えるのには、役に立つ。しかし、『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ!』は、「自社(自分)らしさ」を説く立場にはない。ある種の欠如感、違和感があるから。おれはげっそりして、本を読み終えた。
 
もう一つ、大林豁史の『21世紀のブランドを創る 「星乃珈琲店」誕生物語 超積極策によるドトール日レスグループの復活劇』(ダイヤモンド社/2014年9月27日)という本を読んだ。じつはこれもまた大変な本なのである。この長たらしい題名からして、大武浩幸の『利他に生きる コーヒー業界の風雲児 大武浩幸のコーヒー業半世紀』(日本食糧新聞社/2006年)や、谷田利景の『成功は缶コーヒーの中に』(プレジデント社/2012年)と同じ臭いの、《実はある種の欠如感、承認要求》の憐れが漂っているからだ。体裁や都合が悪い過去のことがらは、《『ほんとうの自分』ではない》と信じこめる厚かましさ。
 あるいは珈琲でいっぱいの日 (3)
 
 《12年3月29日、10号店となる名古屋名東店がオープンした。それまであ
  まり頭の中になかったのだが、この時になって、しっかりとコメダ珈琲を意
  識し始めていた。》
  (大林豁史 『21世紀のブランドを創る 「星乃珈琲店」誕生物語 超積極策
   によるドトール日レスグループの復活劇』 第三章)
 《2011年3月18日 蕨店(1号店) 最初期のメニュー実施(ホシノワール・
  バームクーヘンソフトなど)》
  (同書 巻末年表「星乃珈琲店の歴史」)
 
ちょっとおかしいな、と、おれは思った。日レス出身である大林豁史の本は、ドトールとも異なって模倣を恥としない外食産業らしい‘戦略’を粗くも雑に捉えるのには、役に立つ。しかし、『「星乃珈琲店」誕生物語』の《超積極策》は、恥知らずにも程がある。コメダ珈琲の「シロノワール」をまねて始めた「ホシノワール」、それでいてコメダ珈琲に対して《それまであまり頭の中になかった》、と言い放つから。おれはげっそりして、本を読み終えた。
 あるいは珈琲でいっぱいの日 (4)
 
それから、ぎょっとして考えた。「1杯のコーヒー」は、コーヒー1杯とは限らない。「いっぱい」を、「たくさん」という意味で捉え直せばどうなるか。ふるえあがった。もう無茶苦茶だ。これは飲まずにいられるものか。おれはコーヒーサーバーをとり、まだ「いっぱい」残っているサーバーの中のコーヒーをがぶがぶと飲んだ。…たちまちおれはコーヒーになった。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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