ニャットティエン

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2014 [2014年09月23日 05時00分]
苦くて熱いコーヒーが溶かすものは、甘い砂糖ばかりではない。私たちの足下からロー
カルで市民的な基盤を掘り崩し、伝統や文化、それに生活さえも次第に溶かしてゆく…
 
 ニャットティエン
 《南中部高原地方ダクラク省農業農村開発局とダクラク農林水産品質管理支局は
  このほど、バンメトート市の「ニャットティエン(Nhat Thien)」コーヒー粉加工工場
  を立ち入り検査した。この加工工場では毎月約1tのコーヒー粉を出荷していたが、
  工場内にあったのは大豆とトウモロコシ、出所不明または中国製の化学薬品で、
  コーヒー豆はどこにもなかった。工場長によると、大豆とトウモロコシ、化学薬品を
  混ぜて焙煎して袋詰めしていたという。》 (「ダクラク省:コーヒー工場を摘発、豆
  0%でコーヒー粉生産」/VIETJOベトナムニュース 2014年9月19日)
 
このニャットティエン(nhất thiên:最も自然な)コーヒーは、当世に流行りのスペシャル
ティコーヒーの一種であろう。なぜならば、「売るに適している」から「作るに適している」
のであり、「飲むに適している」とは限らないモノ…それがスペシャルティコーヒーの真
の姿である。とすれば、ニャットティエンコーヒーの類は、‘最も自然な’存在なのである。
 
 《わたしとしては、食物がメッセージをつたえたり、象徴的な意味をもっていることを
  否定しようとは思わない。だが、いったい、メッセージや意味と、好き嫌いの、どっ
  ちが先なのだろうか。クロード・レヴィ=ストロースがとなえた有名な金言を拡大し
  て言えば、ある種の食物は「考えるに適している」が、ある種のものは「考えるに
  適していない」ということになる。しかし、わたしは、考えるに適しているかいないか
  は、その食物が食べるに適しているかいないかによって決まる、と考える。(略) 
  好んで選ばれる(食べるに適している)食物は、忌避される(食べるに適さない)食
  物より、コスト(代価)に対する実際のベネフィット(利益)の差引勘定のわりがよい
  食物なのだ。(略) ここで、心にとめておかなければならない重要なことが一つあ
  り、それは、栄養上およびエコロジー上のコストとベネフィットは、貨幣経済上の―
  ドルとセントの―コストとベネフィットとかならずしもおなじではない、ということであ
  る。アメリカなどの市場経済では、「食べるに適している」は「売るに適している」を
  意味し、栄養やエコロジーより収益性が優先される典型的な例だ。》 (マーヴィン・
  ハリス『食と文化の謎 Good to eatの人類学』板橋作美:訳/岩波書店 1988年)
 
私は、コーヒーがメッセージをつたえたり、象徴的な意味をもっていることを否定しよう
とは思わない。だが、いったい、メッセージや意味と、好き嫌いの、どっちが先なのだろ
うか。《考えただけで吐き気をもよおす、忌むべき、タブー視された、人類学者の部類に
入れるなど身の毛のよだつ、いかがわしく、うさんくさく、おぞましい存在》(『食と文化の
謎』訳者あとがき)であるマーヴィン・ハリスの暴言に倣えば、ある種のコーヒーは「飲む
に適している」が、ある種のものは「飲むに適していない」ということになる。しかし、私は、
飲むに適しているかいないかは、そのコーヒーが売るに適しているかいないかによって
決まる、と考える。好んで選ばれる(飲むに適している)コーヒーは、忌避される(飲むに
適さない)コーヒーより、コスト(代価)に対するベネフィット(利益)の差引勘定のわりが
よいと思えるコーヒーなのだ。そして、コーヒーに関しても、《栄養上およびエコロジー上
のコストとベネフィットは、貨幣経済上のコストとベネフィットとかならずしもおなじではな
い》のである。「飲むに適している」は「売るに適している」を意味し、真の品質やエコロ
ジーより収益性が優先されるアメリカなどの市場経済が、グローバルに拡がった典型
的な一例、それがコーヒー成分ゼロパーセントの‘ニャットティエンコーヒー’なのである。
 
 《グローバリゼーションとは世界化・地球化を意味する。では何が世界化しているの
  だろう。 (略)商人はどのように富を蓄積していったのか。彼らはローカルな生産
  物や文化を破壊し尽くして新たにグローバル商品を作り、世界中に販売した。イン
  カ帝国の神官が神に祈りをささげる際の貴重な飲み物であったカカオを世界商品
  に仕立てた。またイスラム世界に無くてはならなかったコーヒーの木をイエメンから
  盗み出し、植民地化したアフリカや南米に移植、世界商品に作り上げた。(略) 
  世界商品は、私たちの足下からローカルで国民的な基盤を掘り崩し、民族の伝統
  や文化、それに大自然や神仏を畏敬する宗教さえも次第に溶かしてゆく。いつの
  間にか、god(神)はgoods(商品)になりつつある。(略)グローバリゼーションとは、
  商品と貨幣で地球上を覆いつくし、人々の心と体を蝕み、心の病を蔓延させる現
  象なのだろう。》 (福田邦夫 「グローバル経済が溶かすもの」上:世界商品の裏側
  進む貧困、病む心身/中日新聞 2014年9月12日)
 
かつてローカルな生産物であったコーヒーは、アフリカやアジアや中南米に移植されて、
世界商品に作り上げられた。その経緯と構造に、‘スペシャルティ’だろうが‘サスティナ
ブル’だろうが‘サードウェイブ’だろうが‘ニャットティエン’だろうが、大した違いはない。
苦くて熱いコーヒーが溶かすものは、甘い砂糖ばかりではない。私たちの足下からロー
カルで市民的な基盤を掘り崩し、伝統文化、それに生活さえも次第に溶かしてゆく…
現代の商人がいくら否定しても、ニャットティエンコーヒーの類は、‘最も自然な’存在だ。
さて、《考えただけで吐き気をもよおす、忌むべき、タブー視され》、《身の毛のよだつ、
いかがわしく、うさんくさく、おぞましい存在》は、私なのか、それともコーヒー商人たち?
 
コメント (6) /  トラックバック (0)

コメント

恐ろしい
珈琲国王 URL [2014年09月23日 20時08分]

ご無沙汰しております。

コーヒーを全く使ってない物がコーヒーとして売られているというのが恐ろしいですね。
化学薬品を使っているという時点で引きますが、どんな味なのか興味があるといえばありますが・・。

でも地域によっては、それも「ごく当たり前」なのかもしれませんね。
トウモロコシの粉を混ぜているというのは、ブラジルなどで結構行われていると聞きますし。
グレーンコーヒー?

to:珈琲国王さん
帰山人 URL [2014年09月23日 21時52分]

もしも似非食品を作ったり食品偽装したりする悪意を「恐ろしい」と思うのであれば、コーヒーを《全く使ってない物》だろうが、僅かに使おうが、添加物を入れようが、コピ・ルアックやハワイ・コナの偽物が出回ろうが、ネスレがリワークしたり生豆エキス加えたりしようが…全て等価値に「恐ろしい」と思うべきでしょうナ。
私は「恐ろしい」よりも「ごく当たり前」だと思います。「飲むに適している」と思わせるモノを「作るに適している」限りは、化学薬品100%のコーヒーだってコーヒーですよ。そっちの方が真に「おいしい」のであれば、私はそっちを選びます。私が「恐ろしい」と思うのは、中途半端な道義心を群集でふりかざすニンゲンですね(笑)

No title
ナカガワ URL [2014年09月23日 23時16分]

なんとかgoodsの中にgodが宿るようにしたいものです。なんとかgodをサステインしながら、繰り返しgoodsを作り、グローバルをローカルに楽しめるようにしたいものです。センセを真似て、1日1杯はていねいに点てています。なんとか goods in god の味を忘れないように、がんばってみます。god っていっても、まあ lesser god なんですけど。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2014年09月24日 00時07分]

つまり「私は、健康で文化的な最低限度のコーヒーを飲む権利を有する。できれば他の人たちも」ということでしょうか? とすれば「珈琲屋は、すべてのコーヒーを通じて、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と。 ‘lesser god’でもイイんじゃないでしょうか。‘lesser of two evils’よりはマダマシ。

No title
y_tambe URL [2014年09月24日 06時40分] [編集]

この手の話はよく聞くけど、もし本当に「化学物質だけ」でコーヒーの香味を再現できるなら、それはまだ科学者の誰も成功していない、驚くべき業績なんで、むしろその組成の方を公開して欲しいですよ。

ぶっちゃけた話、「コーヒー0%」で作るよりは、欠点豆やくず豆、コーヒー滓なんかを使う方が、よっぽど安く、しかもそれらしく仕上がると思うので、そのへんからも、このニュースは、世の「化学物質アレルギー」を利用してワルモノ化しようとしてる意図が透けて見えるようで、ホンマかいな?というのが正直なところですね。

to:y_tambeさん
帰山人 URL [2014年09月24日 18時55分]

いや、《化学物質だけでコーヒーの香味を再現でき》てるワケないでしょ。でも、再現できてないシロモノを「香りも味もコーヒーそっくり」とか謳って売るのは、日本の健康食品やダイエットの業界もやってるじゃん。アレよアレ(笑)
で、《ワルモノ化しようとしてる意図》については、政治的に「対中国」もあるんじゃないかと。ベトナムは、茶産業では中国産や台湾産のブランド茶の‘影’の産地として、コーヒー産業では中国産及び中国市場の‘影’の産地として、機能してきたわけだけど、最近じゃあ、中国はじめ国外資本の草刈り場になるのはイヤだろうし、政治情勢としても中国を牽制したいだろうし…とかいう背景が透けて見えるんだな、私には。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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