進化するコーヒー? 余考篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2014 [2014年08月24日 05時00分]
豪雨により広島で土砂災害が生じた2014年8月20日、東京の南青山で「ほぼ日刊イトイ新聞」の‘TOBICHI’に「いちにちだけの大坊珈琲店」が開かれて、岐阜の各務原では「第40回 コーヒーサロン 進化するコーヒーを語ろう」が催されていた。私は後者に参加…コーヒーは進化したか? コーヒーは進化するか? コーヒーを語るヒトは進化しているのか?
 珈琲進化 (14) 珈琲進化 (15)
 
《コーヒーの進化はとどまることを知りません》…「おいしいコーヒーの進化論。」の次には「もっとおいしいコーヒーの進化論。」などと、まるでバックビルディング現象のように愚昧な煽り文句を繰り出し続ける『BRUTUS』(ブルータス/マガジンハウス)に、進化は無い。
 
‘進化’という語の反意は、‘退化’などではなくて‘不変’や‘停滞’である。時とともに移ろいゆけば、コーヒーは変化するし、コーヒーを語るヒトも変異する…それを‘進化’と称するのであれば、ヒトがコーヒーを語る時には全て「進化するコーヒー」を語っているコトになる。では、「コーヒーサロン 進化するコーヒーを語ろう」に集ったヒトたちは、進化していたか?
 
ホセ(川島良彰氏)や石脇さん(石脇智広氏)の講演は何度も聴いているが、聴く都度に新たな情報が織り込まれているので興味深い。だが、話の切り口には大きな変化が無い。両者ともに着想は進化していないが、余人をもって代え難い立ち位置での切り口であるから、妙に変節されても困るし、無理に進化しなくてもイイ。但し、腑に落ちない点はある。
 
ホセの「豆の素材が(味の決め手の)8割」論や「焙煎や抽出にこだわり過ぎ」論は今に始まった話ではないが、石脇さんがコレに乗じて「焙煎も抽出もどうでもイイ」や「焙煎であーでもないこーでもないと狭いところを論ずるのはどーでもイイ」と、焙煎や抽出を軽視する発言が連発されたことには驚いた。もちろん、「素材(生豆の品質や特性)の軽視/焙煎・抽出への偏重」を是正しようという意図は理解できる。しかし、ホセ・石脇さん両者の講演から私が感得する印象では、戦術にも内容にも必ずしも賛同できない。戦術としては、消費者へコーヒーを供給する最前列に位置する者の‘生業’本来の工程を軽んじても、コーヒーは‘進化’しない。少なくとも‘焙煎’に関しては、「コーヒー生産段階の最終工程」としての位置づけを忘れることなく説くべきではないか?それでこそ、コーヒーを正しく知る「こつ」の科学ではないか? 内容としては、コーヒー抽出液の香味特性は素材(生豆の品質や特性)のみで規定されるかのように煽っても、市場での多様なコーヒーの‘おいしさ’は‘進化’しない。仮に、ホセのグランクリュを私が指名する「著名ではあるが下手クソな焙煎屋」に、同じ生産国のコモディティを私に焼かせて、飲み比べてみる…「帰山人コモディティの方がまだマシ」とホセも石脇さんも言うだろう。素材重視には賛同する、焙煎軽視には批難する。
 
もっと腑に落ちない点は、「コーヒーサロン 進化するコーヒーを語ろう」での講演を聴いていた連中、特に自家焙煎珈琲屋が「耳の痛い話でしたが勉強になりました」などと一同にホセと石脇さんへ賛辞ばかりを送っていたコトである。本当に「焙煎・抽出軽視論」まで呑むつもりならば、直ちに廃業するがよい。異議はあるが畏れて言えなかったのであれば、自らの卑小を恥じるがよい。ホセや石脇さんはコーヒーの流通経路では聴者よりも川上(カワカミ)に立って仕事をしているが、だからといって神(カミ)のように畏れて遠巻きにしたり恭順の意を示すだけでは、コーヒーは‘進化’しない。そもそも、消費者に非礼である。
 
今般の「コーヒーサロン 進化するコーヒーを語ろう」に集ったヒトたちは、一部の顔ぶれは変化していたが、それをして進化していたとは言い切れない。それでも‘進化’と称するのであれば、ヒトがコーヒーを語る時には全て「進化するコーヒー」を語っているコトになるか。コーヒーは進化したか? コーヒーは進化するか? コーヒーを語るヒトは進化しているのか?
 
コメント (6) /  トラックバック (0)

コメント

コーヒーサロンは勉強になりましたよ
nontan URL [2014年08月25日 11時23分] [編集]

焙煎や抽出が軽んじられているんではというのは誤解ですよ。
サイフォンやプレスで同じコーヒーをたてて味覚センサーで調べたら同じ値をとれますかと聞いたら、全くちがう値になるといっていましたから・・・

つまり、味覚センサーは決まった条件下で使わないといかんということです。これは、コーヒーが抽出で大きく変化することを示しているんだと思います。

検査結果って数字で出るんで何となくかっこいいですけど
コーヒーは最終的に抽出されたコーヒーが美味しいと思えるかどうかだけなんです。

お客さんに美味しいと思われるためには珈琲屋は何をすればいいのかを考えると自ずと抽出というものを伝えてまじめに焙煎をすることにつきると思いますよ。

商売的には、偉い人のお墨付きは、お客さんを説得するのにすごく役立ちます。それが生豆に書かれるなんやかんやの解説であったりするわけです。もし、あのお墨付きを全廃して商売しなければならないとなったら・・・

珈琲屋も困るけどお客さんたちだって美味しいの基準がなくなって困ると思いますよ。

まぁ・・・一部の自分の美味しいが決まっている人は困らないでしょうが・・・

No title
y_tambe URL [2014年08月25日 17時37分] [編集]

芸の細かさに笑った> 第一回コーヒーフェロン「進化するコーヒーを騙ろう」From Weed to Gup

何となく雰囲気もつかめました。まぁ川島さんの持論も、石脇さんの立場も理解できるけど、極端に振れられると問題だという点では帰山人さんに同意。

また「信奉者」の問題についても同意。これは川島&石脇両氏に限らず、私自身にも関わってくる問題で、あんまり「信奉」だけされてもね、というところではあります。盲信でも批判でもなく、懐疑的ないし可謬主義的に情報に接して欲しいというのが願いです。

#底の浅い知識で反論できた、と思い込まれてもそれはそれで困るので。

to:nontanさん
帰山人 URL [2014年08月25日 17時41分]

焙煎や抽出の過程でコーヒーの香味が大きく変化することは、石脇さんたちが、いや石脇さんだからこそ他の誰よりも確かに存知している…私はソコを突いているんじゃありません。存知していながら「どーでもイイ」と敢えて「軽んじた」言い方をしたコトも事実です。そちらこそ、誤解しないでください。知見そのものではなくて、その伝達の術について突いているんです。

お客さんに美味しいと思われるためにはコーヒー屋は何をすればいいのか?…それは正しい見識と同時に適切な伝達の技量を研鑽することだと思いますよ。私見では、「まじめ」という言い分は技量の保証にはなりません。

「お客さんたちだって美味しいの基準がなくなって困る」というのはコーヒー屋の商売ありきの発想に傾き過ぎてやいませんか?…消費者がおいしいコーヒーを見つける上でコーヒー屋の役割は大きい。けれども、お墨付きの説得無しには消費者がおいしいコーヒーを見つけることはできないなどと思っているコーヒー屋がいるのであれば、自惚れも甚だしいし、消費者に対しても傲慢極まりない。

まぁ…おいしいコーヒーを商売の中でしか考えられない人には納得し難いでしょうが…

to:y_tambeさん
帰山人 URL [2014年08月25日 18時37分]

同意に感謝します。「盲信でも批判でもなく、懐疑的ないし可謬主義的に情報に接して欲しい」にも同意した上で、「接した情報をお墨付きとして無思慮にふれ回らないで欲しい」とも願っています。
本当はね、この余考篇ではもう一つ、「日本のサードウェイブはコンビニコーヒー」説についても懐疑的に考えたかったのですが……講師たちに倣って敢えて言えば、「コンビニコーヒーの品質にこだわり過ぎ。おいしさなんかどうでもイイ、あの『手を入れる』ことの無いコンビニコーヒーが『カフェ』の機能を果たせるのか、を考えることに時間割く方が良い」。この点は、またの機会に論じます。

失礼いたしました
nontan URL [2014年08月26日 00時02分] [編集]

帰山人さん。
珈琲屋としてまずはお客さんに対してまず自分の美味しいと思ったものをマジメなだけでなく伝える努力をいたします。

そして、マジメなだけでなく焙煎も研究いたします。
てきるだけ、面倒臭がらずにマジメにお客さんに抽出の素晴らしさを伝えるよう努力いたします。

そして、生豆のブランドに頼らずに美味しいをお客さんに伝えてお客さんの大好き探しのお手伝いをするように努力いたします。

たぶん・・・
すべての珈琲屋さんが帰山人さんのお言葉でぼくと同じ反省をしていると思います。

帰山人さんのお言葉で珈琲屋はもっと美味しい珈琲を提供するようにカンバルと思うので今からの日本の珈琲のレベルは格段に向上することでしょう・・・たぶん・・・

to2:nontanさん
帰山人 URL [2014年08月26日 00時54分]

私に対しては別に‘失礼’じゃありませんよ。主催者や講演者に常に‘無礼’なのは私の方ですから…
「十分に自分自身を支配する力がなく、絶えざる自己支配・自己克服としての道徳を知らない人は、無意識のうちに善良で同情的な情動の崇拝者になってしまう」byニーチェ
私にとっての珈琲狂の本性に「明るく楽しく前向きに」は無用です…失礼いたしました。

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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