今昔苦笑ひ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2014 [2014年05月08日 01時00分]
スペシャルティコーヒー時代の劇的ビフォーアフターか…まことに奇怪なりて、心も得ず想う。
 
今は昔、珈琲を溶かし試みむと思ひて、これをあつかふ人のなければ苦笑ひて止みにけり。 
 《コーヒースク-ルを始めたばかりのころの笑い話に、生徒曰く「先生、このコー
  ヒーいつまでたっても溶けません」というのがある。これなどは、まさに、コー
  ヒーとは何であるか、という部分が今の日本で欠落している事を物語っている。
  最近の生徒ともなるとさすがに、インスタントコーヒーと勘違いするような人は
  いないようだが、コーヒーの生豆を見せるとびっくりする人はかなり多いという。》
  (國重収:文 「珈琲の人/甘辛風雲録」第3回 成田専蔵氏/『月刊 喫茶店
   経営』1992年5月号/柴田書店)
 今昔苦笑ひ (1)
 《カップの底のクレッセントに「えっ!」と思って、喜んだり思わず笑顔になるお客
  様も多いのでは?そう考えるとなんだかとてもワクワクしますね。 [レストラン
  アイ 松嶋啓介]
  最後にクレッセントが残るのも、「美味しいコーヒーを飲んだんやな」、と印象に
  残っていいと思いますね。 [菊乃井 村田吉弘]
  ネスカフェ レギュラーソリュブルコーヒーで楽しみにしているのが、飲んだ後に
  カップに残るクレッセントの効果。美味しいコーヒーを飲んだな、という視覚的
  な証になって、お客様はきっと後日、お友だちなどに「知ってる?、クレッセント
  ってね…」と話したくなるでしょう。 [ラ・ベットラ 落合務]》
  (「トップシェフの声」ネスレ日本Webサイト/2014年5月7日閲覧) 
その後久しく、珈琲のなほ溶けずして、世の人良きものと笑ひける、となむ語り伝えたるとや。
 
今は昔、珈琲の師、力を出して味作るといへども前のごとく淹らるるなし、腕打ち落としけり。
 《今やアラビカ100%の缶コーヒーが出てくるご時世。また一方で、自家焙煎店
  がグルメコーヒー販売の旗手ともなれば、一般の喫茶店はますます追いつめ
  られていく。ひと昔前までは、うまいコーヒーを飲むとなれば喫茶店と相場は
  決まっていた。片毛のネルでたてたコーヒーは、家庭ではマネのできない味
  だったのだ。ところが今じゃ、家庭で飲むコーヒーのほうが場合によっては上
  等ときてる。あべこべである。そのうちうまいコーヒーは自販機に限る、なんて
  ことにもなりかねない。》
  (小林充:文 「珈琲人(こひびと)たちのモノローグ」5 グルメコーヒーの仕掛人
   加藤保氏/『月刊 喫茶店経営』1992年5月号/柴田書店)
 今昔苦笑ひ (2)
 《この新しいヨーロピアンは、缶コーヒーとしてはこれまでにないレベルでコー
  ヒー本来の味わいを追求したものです。豆の選定、焙煎度合い、抽出法など
  すべてのプロセスで私の意見を取り入れていただき、日本コカ・コーラの開発
  チームと二人三脚で100以上の試作品を経て完成させた自信作です。手間
  暇を惜しまずにつくった結果、缶コーヒーという世界の中では、革命的レベル
  でおいしくなったと自負しています。》
  (猿田彦珈琲 大塚朝之コメント 「新『ジョージア ヨーロピアン』シリーズ 4月
   7日(月)から全国で新発売」/日本コカ・コーラWebサイト ニュースリリース
   /2014年3月20日)
されば、にはかなる珈琲なほ古に恥ぢず、只者にはあらざりけり、となむ語り伝へたるとや。
 
今は昔、珈琲のいかめしくおほきなる豆、しまりてちひさき豆、いづれも優にこそ聞こへたり。 
 《さてよく聞く話なのだが、日本向けのコーヒーはスクリーン一七とか一八といっ
  た大粒の豆が多く、コーヒー先進国といわれている北欧などは、逆に一三、一
  四といった小粒を好む傾向があるという。スクリーンと味とはいったいどんな
  関係があるのだろう。「確かに大粒で豆面がいい豆を日本人は好むようです。
  もっと正確にいうと商社好みの豆ということができます。しかしスクリーンと味
  とはあまり関係ありまあせん。ハッキリいえるのは、スクリーンの一五とか一
  六を買ったほうがトクだってことです。なぜならこのスクリーンの豆は一番収穫
  量が多いですから、量が多い分だけいい豆の入っている確率も高いんです。
  一七とか一八の豆は全体の収穫量の三〇%に過ぎません。だからいい豆の
  入っている確率はそう高くはない。粒の大きさや豆面ばかりにこだわると、貧
  乏くじを引きかねないってことでしょうね。粒が小さく、見かけは悪くともいい豆
  はいくらでもあります。その点をもっとよく知ってもらえれば、大人の取り引き
  ができるんですが…」》
  (小林充:文 「珈琲人(こひびと)たちのモノローグ」4 日本有数のカップテイス
   ター 中川照夫氏/『月刊 喫茶店経営』1992年4月号/柴田書店)
 今昔苦笑ひ (3)
 《一般論的にいうと、コーヒー生産国側が定めた格付けはあくまで外見上の品
  質規格にすぎず、味覚面における品質規格とはまったく別物である、といわれ
  ている。そのこと自体はまちがってはいないが、大粒の豆も小粒の豆も味覚
  上の優劣はない、といわれると素直にうなずくわけにはいかなくなる。一般論
  はあくまで一般論で、個別具体的な中身まで検証しているわけではない。私
  は幾度となく同一の豆を大小煎り分けてテイスティングしてみたが、明らかに
  味覚のうえで差異があることがわかった。大粒の豆と小粒の豆をくらべると、
  大きく順調に生育した豆はやはり味も豊かに実っている。スクリーン・サイズ
  の大小は味覚とは何の関係もない、とはとても言い切れないのである。》
  (嶋中労:文 田口護:著 『田口護の珈琲大全』/2003年/NHK出版) 
これひとへに、真を感ぜらるる故なりとなむ、充労を讃めけるなり、となむ語り伝へたるとや。
 
いづれも年ごろはわろく考へけるものかな、珈琲の者皆をかしと想ひて苦笑ひ止みにけり。
 
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コメント

No title
シマナカロウ URL [2014年05月08日 08時43分]

帰山人様
古いひきだしから染みの付いた下着を引っ張り出されたようで、とても恥ずかしい。あんたも変な趣味だね。ボクたち「100円ライター」は、そもそも節操というものがありませんので、お相手によって変幻自在に色を変えます。
自分の意見なんかありましぇーん。ある種の幇間みたいなものですから、ご機嫌取りだけは上手いんです。
それにしても、よくまあバックナンバーを揃え、微細に観察していらっしゃいますな。心底感心しますよ。
で、結局のところ、小さい豆と大きい豆では、どっちがbetterなんだっけ? y-tambeさんおせーて!

to:シマナカロウさん
帰山人 URL [2014年05月08日 15時12分]

ロウ師、「100円ライター」に節操も純潔も無いってコトは先刻承知しているつもりですが、ロウ師の文は語気や呂律に独特の風合いがある、だから取材対象を喰っちゃうことも…私はそれが好きなんですよ。私の趣味がよければ、珈琲狂なんてやっちゃあいませんて…

No title
y_tambe URL [2014年05月08日 21時49分] [編集]

えーと、「短い答え」としては、「一般則としては大粒な方が高評価である。ただし限度と例外はある」

いくら「大粒の方がいい」と言っても、交配異常で大型化したエレファントビーンみたいな規格外れのものは高評価にはならないです。またイエメン/エチオピアモカみたいに、小粒で見てくれが悪い方が却って「それらしい味が出る」と評価される例外もありますし。

--
あとまぁ全体論としては、珈琲大全の記述が当を得てる印象です。

「大きい豆が高評価なのは商社の好み」というのは、もちろん大いにあるのですが、その高評価が単に「見栄えがいいから」とは言い切れない、香味も変わるんじゃないかと言うことは、いくつかの論文では指摘されてます。……一方で、大きさは*そんなに*影響しないという論文が出てたりもするので、一概には言えないのだけど。


ただ、大きさの分布は産地や品種、栽培状況によっても違うので(例えば、高品質なアラビカを育種してる論文ではスクリーン17以上が70%以上とか80%以上とか、そういう数値が出てたりするし、一方でロブスタとのハイブリッド品種では小さい豆の比率が増える)、単純にスクリーンNo.だけで比較すべきではない、というのが、近年指摘されてます。

#引用された中川氏の記載では、その前提が共有されてないので……92年とのことなので仕方ないと思いますが。


単純にスクリーンNo.で議論するのでなく、「同じ産地の同じ品種」で比較した場合にどうかを比べる必要があって、この点で、珈琲大全では「『同一の豆』を大小煎り分けて」と前置きしてる分、問題は少ないかと。それにそもそも豆の大きさが変われば、A-Dタイプ分けが変わるというのが、田口氏のシステム珈琲学につながり、そこはまだ研究の方が追いついてないです。

#科学的な常法に則って、生豆をすり潰して成分含量を比較することで、却って見失ってしまいかねない…というお話になる。「*そんなに*影響しない」とする論文が、そこに引っかかって行ってる可能性も否定できないので。

to:y_tambeさん
帰山人 URL [2014年05月08日 23時05分]

当に労を取っていただき、労に代わって感謝申しあげます。
中川照夫(1992年当時キャラバンコーヒー生産管理本部研究室課長)氏の発言は、1955年以来18年間ブラジルのコチア産組でクラシフィカドールだった、つまり1975年霜害以前のブルボンやコムンを主に古き良き(?)乾式ブラジルで舌を鍛え、輸出規格コーヒーの混成が業だった、そういう来歴が前提であります。発言時点の1992年にしても、BSCA設立が前年でCACCER設立が同年という頃、つまり‘グルメコーヒー流行’の気配をブラジルコーヒー界がやっと追いかけ始めた頃ですから、《大粒で豆面がいい豆》が日本の《商社好みの豆》という旧来の見解が実態だったのでしょう。要は「輸出コーヒー生豆」作成の視点ですから…
他方、田口氏の視点が極めて怜悧であることは、言うまでもありません。もっとも、『おいしさの方程式』で指摘されている‘マイクロロット化の影’は、このスクリーン問題にとっても新たに大きな罪でもありますね。
いずれにしても、結実時、収果時、出荷時、焙煎時の各各どこに焦点をあてた議論か、でも一概には言えないのだけど。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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