アラビカかコロンビア

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2014年04月06日 01時30分]
2013年ドイツ映画賞(Deutscher Filmpreis)で「ハンナ・アーレント」(Hannah Arendt)を銀賞に抑えて金賞(作品賞)を受け、脚本賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞・音楽賞の計6部門でローラ(Lola)を獲った‘コーヒー映画’(?)が日本でも公開されたので、観る。
 アラビカかコロンビア (1) アラビカかコロンビア (2)
 
『コーヒーをめぐる冒険』(Oh Boy) 観賞後記
 
《ジム・ジャームッシュのデビュー作を感じさせる才能》(リベラシオン紙)、《ウディ・アレンの映画のようにチャーミング》(メトロ紙)、ゴダールを模して、スコセッシやタルコフスキーを引いて、トリュフォーを散りばめて…そんなヨイショにつられて観ても、所詮はゴッタ煮である。だから、底浅い薄っぺらさをスタイリッシュやクールなどと言い換えてみても、《ドイツ映画界の救世主》(ディー・ツァイト紙)とまで感じ得ない。作った者(ヤン・オーレ・ゲルスター:監督・脚本)も、演った者(トム・シリング:主演)も、当に‘Oh Boy’、つまりは‘ガキ’の映画である。
 
 アラビカかコロンビア (3) アラビカかコロンビア (4)
《ベルリンで暮らす青年ニコが一杯のコーヒーを飲みそこねた朝、それは最高にツイてない一日の始まり。そしてこの街でちょっぴり奇妙な人たちに出会った…》(『コーヒーをめぐる冒険』予告編)、《そんな少しだけヘンな人々に出会いながら「いつも何か違和感がある」とところどころで語っているニコは、コーヒーを求めてもなかなか与えられません》(Webマガジン『dacapo』Cinéma/2014年3月11日)…『コーヒーをめぐる冒険』の主人公ニコは、抱えている‘違和感’を自ら解こうとしない…ここに‘違和感’を覚える。茫漠とした不安や焦燥を覚えるとコーヒーを飲みたくなるのはニコだけではないのだろうが、そうした‘違和感’自体に向き合おうとする渇望がニコには見られない。コーヒーを飲みそこね続けるニコ、それは自らの‘懈怠’が招いた当然の報いなのである、そう私は捉える。このザマミロの自業自得を、不運で《ツイてない一日》とアッサリすり替えている軽薄さに、本作品の気色悪さがある。
 
 アラビカかコロンビア (5) アラビカかコロンビア (6)
《2種類あるわ アラビカかコロンビア》と言われて勝手にコロンビアを選んでおきながら、値段(3.40ユーロ)を聞いてケチをつけるクソガキに、コーヒーを与える必要など端から無い。クリスタルナハトを述懐した老人フリードリヒの死に居合わせたニコは、翌朝しゃあしゃあとコーヒーを飲む…大人の渋味も無い、軽軽しく薄っぺらな‘ガキ’の味がするコーヒーだろう。同じベルリンの街で飲むコーヒーでも、『ベルリン・天使の詩』(Der Himmel über Berlin)のダミエル(ブルーノ・ガンツ:演)が味わうコーヒーは、芳ばしくて甘苦く温かい‘人’の味だ。ヴィム・ヴェンダースの描くベルリンとコーヒー、ヤン・オーレ・ゲルスターでは遠く及ばない…『コーヒーをめぐる冒険』は、コーヒーをめぐる冒険をしないし、コーヒーを正真に渇望しない、史上最悪の‘邦題’による騙しの‘コーヒー映画’であり、‘コーヒーをネグる陰険’な映画だ。失望。それからメイナード・ファーガソンの「スター・ウォーズ」を聴きながらコーヒーを飲んだ。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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