人生はマラソンだ!

ジャンル:スポーツ / テーマ:ジョギング・ランニング / カテゴリ:走の記:日常編 [2014年03月21日 23時30分]
全てのマラソンランナーを見下し自らも侮る‘大バカ’な広告が登場、天誅を食らい滅びよ!
  人生はマラソンだ (1)
 《きょうも走り続ける。誰だってランナーだ。時計は止められない。時間は一方向
  にしか流れない。後戻りできないマラソンコースだ。ライバルと競い合いながら、
  時の流れという一本道を、僕らは走り続ける。より速く、一歩でも前に、その先
  に未来があると信じて、必ずゴールはあると信じて。「人生はマラソンだ。」
  …でも本当にそうか? 人生ってそういうものか? 違う。人生はマラソンじゃな
  い! 誰が決めたコースなんだよ。誰が決めたゴールなんだよ。どこを走ったっ
  ていい。どこへ向かったっていい。自分だけの道があるんだ。自分だけの道?
  そんなもんあるのか?…わからない。ぼくらがまだ出合ってない世界は、とて
  つもなく広い。そうだ、踏み出すんだ。悩んで、悩んで、最後まで走り抜くんだ。
  失敗してもいい。寄り道してもいい。誰かと比べなくていい。道は一つじゃない。
  ゴールは一つじゃない。それは、人間の数だけあるんだ。「すべての人生が、
  すばらしい。」…だれだ人生はマラソンって言ったのは?》 (リクルートポイント
  TVCM 「すべての人生が、すばらしい。」編/リクルート/2014年2月6日
  放送開始)
  人生はマラソンだ (2)
「人生はマラソンじゃない!」と吐く池松壮亮が生まれた1990年、リクルート・ランニングクラブの有森裕子は初レースの第9回大阪国際女子マラソンで6位に入賞する(当時:初マラソン日本最高記録)。その有森は、オリンピック競技大会のマラソンで、1992年バルセロナ大会で銀メダル、1996年アトランタ大会で銅メダル、2大会連続メダル獲得の快挙を成した。金哲彦らが1986年に創部したリクルート・ランニングクラブは、1988年に小出義雄が監督となり、吉田直美・鈴木博美・高橋尚子らも所属し、女子マラソン界の黄金期を築いたが、2001年に予算事情で廃された。リクルート事件(1988年発覚)後の悪評や凋落をクラブに所属する女子マラソンランナーらが広告塔として支えた、といっても過言ではない。‘だれだ人生はマラソンって言ったのは?’…‘人生はマラソン’だったのは1990年代のリクルート自身だったのである。全てのマラソンランナーに対して侮蔑するばかりか、自らが不義と忘恩の徒であることを顕露したリクルートには、‘人生’を語る資格なんぞ微塵もない。そもそも、進学者や就職者を検査漬けにして、偏差値やランキングや就職活動の時期で惑わして、《誰が決めたコースなんだよ。誰が決めたゴールなんだよ。》という世を到来させた企業は、いったい誰だったのか? 「すべての人生が、すばらしい。」…恥のある人生を知れ!
 
 
全てのトレイルランナーを見下し文学を侮る‘無礼者’な検証が登場、天誅を食らい滅びよ!
  人生はマラソンだ (3)
 《…今回私は、メロスがどれほどの勢いで10里の道を進んだのかを算出し、数
  値で彼のがんばりを感じたいと思う。》 《今回調べてみて、メロスはまったく全
  力で走っていないことが分かった。》 《そして、メロスが復路の終りぐらいに最
  後の死力として、走ったけども、それはただの速歩きだったということがわかり
  ました。》 《そして、「走れメロス」というタイトルは、「走れよメロス」のほうが合っ
  ているなと思いました。》 (村田一真「メロスの全力を検証」/一般財団法人
  理数教育研究所:塩野直道記念 第1回「算数・数学の自由研究」作品コンクー
  ル 塩野直道賞 中学校の部
  人生はマラソンだ (4)
さて、ここで今回私は、村田一真がどれほどの失敬で「走れメロス」とトレイルランナーを蔑んだのかを明示し、反証で彼のがんばりを否定したいと思う。今回調べてみて、「メロスの全力を検証」はまったく全力で検証していないことが分かった。まず、この‘検証’内容では、《きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此のシラクスの市にやって来た。》(太宰治「走れメロス」)という、‘走る前’の移動がまったく無視されている。‘検証’では、《眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。》という記述から2度目の村からシラクスへの移動(‘検証’では‘復路’)の出発を午前4時としているので、最初の移動での未明の出発は午前3時と推定しよう。すると、メロスは‘検証’前日の午前3時から約31時間に渡って一睡もせずに、村とシラクスの往復(‘走前’と‘往路=1日目’)を約78.5km移動したことになる。メロスがその日(1日目)、《家へ帰って神々の祭壇を飾り、祝宴の席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。眼が覚めたのは夜だった。》のも無理はないだろう。だが、メロスはここからの2日目、《夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた。結婚式は、真昼に行われた。》ので睡眠の不足は続いている。そして、同2日目の夜まで祝宴である。これら経緯をしても、‘復路=3日目’午前4時スタートのメロスを「体調OK!」などとしている村田一真の判断を信憑するにまったく足らない。この極端に疲労が残り寝不足のメロスが、雨に打たれ、濁流を泳ぎ、山賊を撃ち倒し、灼熱の太陽に照らされてもシラクスへ進む、これが‘復路’である。この苛酷なトレイルランニングの終盤をして、村田一真は《それはただの速歩きだった》、と言うのである。他にもこの‘検証’は、シラクスの緯度を《日本の仙台とほぼ同じ》と誤認して、《陽は既に西に傾きかけている。》(太宰治「走れメロス」)時刻を《13:00頃と推定》するなど粗雑なところが多い。…そして、《「走れメロス」というタイトルは、「走れよメロス」のほうが合っているなと思いました。》、という失敬極まる言を吐く。また、この偽証に満ちた論考を、《主人公は全力で走っていたかどうかが客観的にわかります。》、と講評した理数教育研究所の中央審査委員会へも、暴君ディオニスでなくとも極刑をくだすべきだろう。私は言おう、「オマエたちが自分の足で、メロスと同じ道程を《ほとんど全裸体で》、‘走れよ’村田一真と理数教育研究所」と。《人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。》(「走れメロス」)を知れ!
 
マラソンにもトレランにも、美辞麗句や得意満面はいらない。だから、「人生はマラソンだ!」
 
コメント (4) /  トラックバック (0)

コメント

No title
ちんきー URL [2014年03月22日 16時34分]

いやー本文読んでスッキリしました(*^ワ^*)
自分も見聞きして色々思うことがあったんですが中々上手く表現できそうに無かったので・・・
これからも「名刀」でバッサバッサ斬ってやって下さいm(_ _)m

to:ちんきーさん
帰山人 URL [2014年03月22日 20時06分]

昔の一時とはいえリ社にいた者としては今般のCM見て…変わってないなぁ、と。恰好はつけるクセに上滑って軽率なところが変わっていない、ヤレヤレ。もっとも、例えば相手がガキでも貶しまくる私自身も変わっていないけど(笑)

「走れメロス」は走っていた
だざいおさむ URL [2014年05月10日 23時37分]

http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n251352

「走れメロス」は走っていた 

メロスが全力で走っていたことを検証しました。

to:だざいおさむさん
帰山人 URL [2014年05月11日 17時36分]

だざいおさむさんの‘検証’を拝読しました。実質の趣旨が共に「‘村田検証’への反証である」ということ以外では、私の‘検証’とは随分違っていますね。私は、「走れメロス」の原型となった逸話を‘史実’や‘実話’などと捉えていませんし、著者(太宰治)の伝えたかった‘意図’を論旨の拠り所にもしません。ただただ、‘村田検証’の稚拙な誤りを指摘したかっただけです。著者(太宰治)が小栗孝則訳 『新編シラー詩抄』(改造文庫)だけを材料に「走れメロス」を書いた、と断言している五之治昌比呂(『走れメロス』とディオニュシオス伝説)説を私は支持します。‘愛’が無くってスイマセン(笑)

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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