バリスタの終焉

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2014 [2014年02月22日 23時00分]
「週刊漫画TIMES」に連載され、芳文社コミックスとして単行本化されてきた『バリスタ』(むろなが供未 原案:花形怜)は、2013年11月16日発売の第10巻で完結、改め一気読み。
 バリスタの終焉 (1)
 
[あらすじ] 中学校卒業後に8年間イタリア中を縦断してバリスタの修行を積んだ蒼井香樹は、イタリアを本拠とする巨大コーヒー企業が日本へ進出させたバールで働くために帰国、だが1年を経たずして辞め(実際には解雇?され)て失踪、横浜から山梨へ2ヶ月以上も放浪した後に戻り、日本資本のコーヒー大手企業で半年間ほど勤めた後に自らのコーヒー店を開業。この間に、WBCC(ワールド・バリスタ・チャンピオンカップ)の日本大会で優勝するも世界大会への出場を辞退(実際には無断で放棄)、しかし翌年にも再び日本大会で優勝し、今度は世界大会へも参戦した。蒼井香樹は、イタリアンバールのチェーンを世界中に展開する巨大コーヒー企業エリジオ・ソーラ社の創業CEOを父に、その不倫相手で帰国後に交通事故で死んだ元バリスタを母に持つ。蒼井香樹は、幼馴染みの紗代からの求愛を拒んで、父エリジオの友人である高遠グループ代表の令嬢であり、エリジオ・ソーラジャパンのブランド戦略部長兼日本1号店店長として元上司でもあった高遠輝美を、強引にも口説き落として恋人にした。
 
 バリスタの終焉 (2)
コミック第1巻(2010年3月16日発売)では腰巻(帯)に「エクセルシオール カフェ」のカフェラテ50円割引券を付けて始まった漫画『バリスタ』は、コミック第10巻では腰巻に「UCCコーヒー博物館」の無料招待券を付して終わった。いずれの券も、有り難くも「バリスタ」から遠い。《じいちゃんが興して母さんが愛したこの店を このままになんてしておけない いつか絶対に再建してやる》(p.114)と第1巻で心境を吐いた蒼井香樹だが、第10巻では《この土地を売ったんだ開業資金のために …店を再開してもじいちゃんは帰ってこないよ》(p.159)と僅か1年で前言を翻して土地ごと売り払ってしまう。たわいなくも軽いこの決意も、「バリスタ」から遠い。
 
 バリスタの終焉 (3)
 《『バガボンド』は「一気におとなになる以外に生き延びる道がない子ども」を
  主人公にしたマンガである。それは人格的成長を遂げることによって「豊
  かな人生を送りましょう」というような牧歌的な話ではなく、「おとなになら
  ないと、死ぬ」というヴァイタルに切実な「ビルドゥングスロマン」なのであ
  る。》 (内田樹「『バガボンド』一気読み」/『街場のマンガ論』/小学館:刊)
 
井上雄彦の『バガボンド』と比べるまでも無く、《「おとなにならないと、死ぬ」というヴァイタルに切実な》ところが全く無いむろなが供未の『バリスタ』では、蒼井香樹に限らず主要な登場人物の誰もが《人格的成長を遂げること》すら無い。《年内に新規で10店舗出店というのが本社の意向》(第2巻p.178)と父親に告げられている高遠輝美にしても、結局は1号店店長を務めることで精一杯、《でも、蒼井君となら何がおきてもなんとかなる気がする》(第10巻p.191)などと言っているだけである。だから本格派珈琲漫画(?)『バリスタ』全体を通して、品種がどうした焙煎度がこうした、シングルオリジンのエスプレッソが滑った転んだなどという話も、何の足しにもなりはしない。また感動もない。未消化な流行り言葉を前に話中の人だけが妙に色めきたっているだけだ。これで「コーヒーが飲みたくなった」という読者も低俗。
 
 バリスタの終焉 (4)
仮にも漫画『バリスタ』に「ビルドゥングスロマン」の態を無理にでも読み取るならば、第8巻から登場した《27歳 彼女なし職歴なし 趣味はコーヒーの焙煎だ》(p.106)という森久保要、これが限度だろう。この‘引きこもり焙煎人’の登場とその後の変身は、他の主要な登場人物の稚拙な成長(しない)譚をより陳腐なものへと際立たせてしまった。つまり、「バリスタ」から遠い森久保要こそが、おそらく作者たちの‘読み’を超えて漫画『バリスタ』の寿命を縮め、終焉へ向かわせたのである。それは、日本における現実社会においても、流行や時勢の中に置かれる存在としての「バリスタ」は無用であり不要であろう、という‘終焉’を示している。
 
蒼井香樹の母である蒼井真里は、《歩道に突っ込んできたトラックをよけきれなかったみたい》(第3巻p.69)で事故死している。しかし、香樹の父エリジオ・ソーラが、《社の権益を巡って争いがおこり やがて私の二人の息子を巻き込んで後継者争いに発展した そのうち息子の一人が事故で急死… (略)長男を擁立する一派は過激な暴力組織とつながりがある 考えたくはないが…次男の死は偶然ではないかもしれない》(第10巻pp.175-176)と語ることから考えて、蒼井真里の死も《偶然ではないかもしれない》だろう。表向きは「バリスタ」だが裏では日本版CIAの要員となった蒼井香樹が、義兄の背後にある暴力組織を追ううちに母の死因に疑いを抱き、エリジオ・ソーラ社を中心に復讐と欲望の渦に巻きこまれていく…コーヒー界全てを舞台にした史上初‘バリスタ・ピカレスクロマン’としての続編を望みたい。蒼井香樹を支援するのは、友人である(マフィアの二次組織のボスの)ミケーレ・コステロに、高遠輝美を捨てて乗りかえる女には(エリジオ・ソーラ社の秘書の)モニカあたりが相応しい。新『バリスタ』は「一気に人生を抽出する以外に生き延びる道がない」主人公の漫画である。
 
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コメント

No title
ナカガワ URL [2014年02月24日 00時52分]

コーヒーをテーマにしにくい、またはできない?のはなぜでしょう。よしながふみの「西洋骨董洋菓子店」くらいは描いてほしい?ものです。クリスマスに砂糖で雪を降らせる演出が描かれるのですが、当時バリスタ選手権で誰かやらないかしら?と思ったものです。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2014年02月24日 14時39分]

それはコーヒーが男の飲み物だからです。「バリスタ」は少年マンガ、「西洋骨董洋菓子店」は少女マンガ。少女マンガのテーマに、コーヒー(=男の飲み物)はしにくい、またはできない。「自分がそのようなことを思っていることを本人さえも意識化していないこと」を記号化しうる(by内田樹)マンガであれば、コーヒーもカフェも描かれるのでしょうがね。本当はコーヒーも女の飲み物だろうし…

No title
ナカガワ URL [2014年02月27日 09時16分]

同じ系列?で「珈琲どりーむ」というのもあったかしら。お茶屋が焙煎する話?これもなんだか違和感があったように記憶してます。
以前取り上げられていたひたすら手網焙煎するマンガの方が印象が強烈でしたね。
いつかバリスタ世界チャンプが本当に誕生したら、「こうしてわたしは世界のコーヒーチャンプになった」という連載が----「バリスタで世界を変えることにした」かしら。

to2:ナカガワさん
帰山人 URL [2014年02月27日 15時19分]

いやいや、バリスタの世界ほど多様性に富んでいるものはありません。だから統一チャンプなんて存在しない。コーヒーのモデルニテを極めたラテアート・チャンプを描く「現代生活の画家」、ボトムレスポルタを極めたネイキッド・チャンプを描く「裸の王様」、バーカウンターを走って抽出するエクストリーム・バンコランを極めたチャンプを描く「第四の容疑者」などが出版されると思うナ。

No title
じょにぃ URL [2014年02月27日 22時29分] [編集]

帰山人さん。

バリスタ。
毎回楽しみに買っていましたが
10巻が出て話もまだまだこれからだろうと思っていたら
あらあらと終わってしまいました。。。

珈琲どりーむは
ちょっとかじった人なら知ってるような内容で
物足りなさを感じましたし
バリスタはその延長線上と言いいますか
似ている所もあったかと思いますが
巻末の参考資料の数が1巻と比べると10巻はかなり増えているので
頑張ってはいるのかなぁとは思っていました。

最後のストレートブレンドは
私の旧ブログ見た!?
なんて思ったりしました(笑)
誰でも考えることなんでしょうけども。

バリスタ(職業)に関して一言言わせて頂ければ
ラテアートを綺麗に描くことが目的となってしまっているような
これから専門学校から大量生産されるんだろうなぁと
バリスタの本来あるべき姿からちょっと横道にそれた感を
関係雑誌を見ていると感じます。
おしゃれな所だけ表に出ているような
まぁ教えるのも商売でしょうからやり方なのでしょうけども。
『じゃあバリスタの本来の姿とは?』と突っ込まれても
いろんな本(バリスタも含めて)で読んだ情報しか
持ち合わせてないのですけれど(^^;)

ブームとでも言いましょうか
甚平来て脱サラ・退職して蕎麦屋始めるおっさんと
同じなんじゃないかなぁとどうしても考えてしまいます。

余談ですが
バーテンダーがバリスタと色合いが似ているので
見つける度に一瞬『発売した!?』と勘違いしていました。

さらに余談ですが
珈琲漫画と言えば珈琲もう一杯ですね。
友人が自分の部屋で珈琲屋を始めてしまい
そのお母さんに相談されて始めはウンチクにいやいや通っているうちに
ミイラ取りがミイラになってしまう話を一番に思い出します。

長くなってすみません。
最後に東京マラソンですが
帰山人さん出てるかも!と思って
くまなく探してました(笑)

to:じょにぃさん
帰山人 URL [2014年02月28日 01時13分]

じょにぃさん、「バーテンダー」と「バリスタ」の色合いが似ているのは、どちらもバールマンなのですからヨシとしましょう。それよりも、バリスタの「本来の姿」を考えるのであれば、「甚平着て脱サラ・退職して蕎麦屋始めるおっさんと同じ」なんて俗っぽい捉え方は感心できないナ。通俗から自分で距離をおく意思は尊重しますが、他人の姿を通俗一つに絡げて非難しても「本来の姿」は見えてきません。むしろ、蕎麦屋のおっさんは自他共に「蕎麦屋」とわかっているからマシ、バリスタともバリスタじゃないとも自分の言葉でハッキリ説明できない珈琲屋の方が滅びるべき酷い職業なんですヨ。
…いやいや、珈琲漫画ならば『トゥー・エスプレッソ』(高浜寛)でしょ。
http://kisanjin.blog73.fc2.com/blog-entry-229.html
「東京マラソン」は初回より8年連続で落選していて一度も走っていません、悪しからず(笑)

わろた
酷いレベル(笑) URL [2014年12月07日 16時17分]

評論家気取りで笑っちゃいました
主人公の心境の変化はWBCC一つを取っても分かりやすく描いてあるのに
「土地を売ってまで~」とか
自分が望んだ方向に話が進まなくていちゃもんつけてるだけにしか見えませんね。

珈琲ウンチク漫画としては中々良かっただけに
あれを読んで新たな珈琲の魅力を知り飲みたくなる読者もいるでしょう

まぁ無茶苦茶な展開が多かった作品ではあるけど
中学生の考察レベルでこき下ろされる漫画家が気の毒ですね。

コーヒーは男の飲み物とか言い出すし(笑)

to:酷いレベル(笑) さん
帰山人 URL [2014年12月08日 00時21分]

私も笑わせていただきました。嘲りを笑いでしか表現されていませんが、コレで口角泡をとばしたつもりなんですね。私の気取りがお気に召さないのは勝手ですが、世の‘中学生’には失礼です。謝りなさい。

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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