コーヒー・スイス・デイズ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2014 [2014年02月04日 01時00分]
来たる2014(平成26)年2月6日は、日瑞修好通商条約の調印より150周年を、標交紀(故人)の生誕より74周年を、日本珈琲狂会(CLCJ)の創設より4周年を迎える日である。
 
 《日本とスイスが正式に国交を結んだのは1864年2月6日のこと。遣日使節
  団長エメ・アンベールが横浜に到着し、約10ヶ月に及ぶ交渉を経て徳川幕
  府と修好通商条約に署名しました。》 (日本・スイス国交樹立150周年イベ
  ント「スイス・デイズ」Webサイト
  コーヒー・スイス・デイズ (1) コーヒー・スイス・デイズ (2)
1862年12月にチューリッヒを発ったスイス遣日使節団6名は、翌1863年4月に来日し、オランダ公使館であった長応寺に入って交渉を始めるも進まず、同年6月以降は横浜に滞在しながら条約締結の機会を窺って待ち続け、アメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランス・ポルトガル・プロイセンに続いて8番目となる対日修好通商条約を1864年2月6日に締結した。遣日使節団のカスパー・ブレンワルドは、同年8月末に一旦は日本を去るも、翌1865年11月にヘルマン・シイベルとともにシイベル・ブレンワルド商会を横浜に設立、生糸や機械の貿易を主に外国商館を経営した。ブレンワルドは1899年にチューリッヒで死んだが、同商会は社名をシイベルヘグナー(現:DKSHジャパン)と改め業務を続けた。1868年にドイツで創業して累計販売で圧倒的に世界一を誇るコーヒー焙煎機メーカーのプロバット、その製品を日本市場で取り扱う商社は、スイス遣日使節団に端を発している。
 
 《チューリッヒから列車で三十分南に行くと、ディエチコンという小さな田舎町に
  つく。(略)よくよく見ると、小さな目立たない看板に「Ferrari-Caffé」とある。
  (略)社長(フェラリー氏)自ら並べた豆をみて、私は声を上げたくなるほど興奮
  した。豆の質の良さはもとより、その煎り上がり加減の素晴らしさ──深煎り特
  有の黒褐色の豆が、見事にふっくらと焼きふくらんでいて、渋い光沢を放って
  いる。(略)「こりゃあ、日本中、ヨーロッパ中をみて回った中で──最高だあ」
   「これならダイヤモンドの位だぞ」(略)ディエチコンの空は、日没前の染るよう
  な夕焼けで、駅舎に近い教会の鐘が、澄んだ音色を響かせていたのを、いま
  でも鮮明に想い出す。》 (しめぎ交紀 『咖啡の旅』/みづほ書房:刊)
  コーヒー・スイス・デイズ (3) コーヒー・スイス・デイズ (4)
 《後年、もかには七種類のブレンドコーヒーが登場したが、モカ・マタリをベース
  にしたのがフェラリーブレンドだった。スイスの田舎町で見つけたダイヤモンド
  のようなコーヒーに敬意を表し、オリジナルブレンドのメニューに拝借させても
  らったのだ。》 (嶋中労 『コーヒーの鬼がゆく 吉祥寺「もか」遺聞』/中央公論
  新社:刊)
  コーヒー・スイス・デイズ (5) コーヒー・スイス・デイズ (6)
標交紀はコーヒーの“KING・OF・KINGS”を求めて5回に及ぶヨーロッパ旅行へ行ったが、その中で最も高い評を与えたのはスイスの‘Ferrari’に対してだった。その標は1940年2月6日に生まれ、この年を神武天皇即位紀元で数えた‘皇紀’2600年にちなんで‘交紀’と名付けられた。第5回オリンピック冬季競技大会が紀元二千六百年記念行事の一つとして予定通りに札幌で開催されていれば、標の誕生日はその期間(同年2月3~14日)中となるはずだった。しかし、戦時体制下の事情でオリンピックの開催が事前に返上されて、実際の第5回オリンピック冬季競技大会は、第二次世界大戦に参戦しなかった中立国スイスのサンモリッツで1948年に開催されたが、日本とドイツは敗戦国として参加が認められなかった。標交紀が生まれた1940年から騒動が始まる映画『カサブランカ』(Casablanca)において、コーヒーが登場するのは「ブルーパロット」(青いオウム)という店であるが、この店のオーナーの名はSignor ‘Ferrari’である。標の人生には、スイスとフェラリーが絡む。
 
 《今回、日本・スイスの国交樹立150周年記念の公式イベントであるSWISSDAYS
  への協賛にあたり、スイスに本社を置く世界最大の総合食品飲料企業であるネス
  レでは、日本とスイスとの友好の架け橋となるべく、会場にお越しいただいた皆様
  方においしいコーヒーとスイーツを提供し、文化交流のお手伝い ができればと考
  えています。》 (日本・スイス国交樹立150周年イベント「スイス・デイズ」Webサイト
 
近づく2014年2月6日は、ネスレ日本もコーヒーを供して協賛する「スイス・デイズ」の開幕日であるが、150年前の1864年2月6日も、74年前の1940年2月6日も、またコーヒー話の端緒となる日であった。来たる2月6日は、コーヒーの「スイス・デイズ」でもあるのか?
 
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コメント

No title
ナカガワ URL [2014年02月04日 04時08分]

カラーのコーヒー屋さんの写真はどこですか。
カサブランカのブルーパロットのオーナー名は、セリフの中にあるのですか。
確か「ボギー俺も男だ」で、アレンがボガートの役名のフルネームをクイズしてましたが----
センセ、川本三郎並み!!もうついていけません。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2014年02月04日 18時57分]

写真のコーヒー屋は当の‘Caffè Ferrari’ですよ。
闇商人Ferrariの名は何度も出てきます。ためしに、
http://movie-sounds.org/old-movie-samples/casablanca-1942/
で、Signor Ferrari で検索してご覧なさい。
私が川本三郎ならば、隣町の御殿山にある珈琲屋に通い詰めてしまって、むしろ珈琲狂にはならなかったでしょう…坊屋三郎の方がイイなぁ…

No title
ナカガワ URL [2014年02月05日 00時12分]

ブルーパロットがフェラリだといつから知っていたのですか。まさか「カサブランカ」を初めて見たときからブルーパロットに目をつけていたのですか。

to2:ナカガワさん
帰山人 URL [2014年02月05日 00時35分]

初めて観たときにフェラリだと聞き覚えたりはできませんよ。ただ、リックのカフェ・アメリケインよりもブルーパロットに目がいったのは確か…何せコーヒー優先だもので(笑)。後にフェラリは調べたんだと思うが、いつだったのかは忘れました。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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