ひどく熱い

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2014 [2014年01月28日 01時00分]
「大坊珈琲店のマニュアル」(大坊勝次:著『大坊珈琲店』 関戸勇:写真 猿山修:装丁)は、《一九七五年七月一日に大坊珈琲店は開店しました。暑い日でした。》、と始まる。その日の東京の最高気温は摂氏23.3度、それから38回の同月同日の中では下から6番目に低い最高気温だったが…それでも「1975年夏、人人は融けかかったアスファルトに己が足跡を刻印しつつ歩いていた」のであろうか? 烈烈たる開店だったから?…「ひどく暑い」。
 ひどく熱い (1)
 
大坊珈琲店を人人は、‘レトロ’とか‘ノスタルジック’とか‘時に置き去りにされた’とか‘時が止まった’などと評している。また、「こんなコーヒー屋に自分もなりたい」と同業者は言う。
 
 《…古びた木の扉を開けると、中にはようやく20人ほど座れる小さな空間が
  ある。この小さな店で36年間コーヒーと取り組んできた主人…は、珈琲屋
  の先駆者といえる存在だ。先駆者の常としてもちろん適当な手本はなく、
  ロースターも抽出器具もコーヒー論さえも自前で開発し、36年間自らが旨
  いと信じるコーヒーを出し続けている。…煙草のヤニで黒光りする壁と天
  井に囲まれたこの空間には、時を重ねたものの持つ懐かしさと同時に一
  種の緊張感がただよう。この緊張感は、たぶん長い間コーヒーを追い続け
  た…求道者的な姿勢がもたらすものだろう。》 (「コーヒー空間逍遙」/月
  刊喫茶店経営別冊『blend ブレンド―No.2』/柴田書店:刊/1983年)
 
これは、大坊珈琲店のことではない。荻窪にあったコーヒー屋『琲珈里』、その店主である阿蘇輝雄氏のことである。記事では、《歴史も姿勢もかなり異なった2つの店》を紹介する。
 
 《『琲珈里』が珈琲屋のプロトタイプだとすれば、一方『大坊珈琲店』はソフィ
  スティケイトされた珈琲屋とでもいえばよいだろうか。8年ほど前、コーヒー
  専門店ブームのさ中にできた店だが、それにしてはあのギラギラしたマエ
  ムキの迫力を感じない、妙にここちよく突き抜けてしまった店だ。(略)こう
  いう姿勢を保ちながら、この珈琲屋がリラックスした雰囲気を身につけて
  いるのは、この空間がある遊びを感じさせるからだろう。例えば、コーヒー
  20g=100ccなどと豆の使用量と仕上りの量でメニューの表示をしたり、
  ドンブリ風のカップでカフェ・オ・レを出したり、頭の上の棚にはズラリ、ミス
  テリーを並べたり、松の一枚板のカウンターが絶妙なバランスで撓んでい
  たり等々……。それぞれに深い子細があってこうなっているのだが、こう
  いった遊びの仕掛けが、この店から無意味な真剣さを取り除いて、ゆった
  りとくつろいだ空間にしているのだ。》 (前掲同)
 
大坊珈琲店の‘洗練’も‘寛寛’も、開店当初はもとより8年を経ても、《歴史も姿勢もかなり異なった》類の‘奇矯’であり‘狂逸’であった。つまり、もしも「こんなコーヒー屋に自分もなりたい」のであれば、まずは《遊びの仕掛け》が本質であって、積年による貫禄なんぞは周囲が勝手に熱を吹いただけ。‘大坊珈琲店’は最初から‘大坊珈琲店’だったのである。
 ひどく熱い (2) ひどく熱い (3)
 ひどく熱い (4) ひどく熱い (5)
 
2013年12月23日に大坊珈琲店は閉店した。その日の東京の最高気温は摂氏8.4度、それまで38回の同月同日の中では下から6番目に低い最高気温、確かに寒い日だった。閉店日の店へ詰めかけた客らを嶋中労氏は、《みなブライアン・フリーマントルを気どって、大坊に別れを告げに来た人ばかりである。》と、“Goodbye to an Oldfriend”(『別れを告げに来た男』)に喩えた。また、『dancyu』(ダンチュウ)2014年2月号は‘オオヤミノルさんが最後に聞いたこと。’と称して、「ロング・グッドバイ 大坊珈琲店」という文を掲げた。客の一人である村上春樹氏(レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』翻訳)を意識したのだろうか? 嶋中氏によるフザけた‘別れ’はともあれ、ダンチュウに載った《遊びを感じさせ》ない、まるで鎮魂や追悼を本気で表するような文と題は、性根の腐敗で臭いだけ。大坊珈琲店は遺構ではない。大坊勝次氏は霊ではない。愛好と切磋琢磨の対象である。
 ひどく熱い (6)
 
「2013年冬、人人は凍てついたアスファルトに己が呼気を白く映しつつ歩いていた」ので あろうか?…「当店のコーヒーは最も味がなじむ温度にしてありますが特に熱いコーヒーをお望みの方は申し付け下さい」、と大坊珈琲店は掲げていたが、大坊勝次氏は特に熱い。「大坊珈琲店のマニュアル」(『大坊珈琲店』)は、《コーヒーを作ることだけが、 何かを伝えるにせよ私に出来る唯一のことかもしれません。》、と結んでいる。果たして、「ひどく熱い」。
 
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コメント

やられた~!
ベランダのコーヒーオタク・Y URL [2014年01月28日 12時53分]

帰山人にはまいりました。書いた張本人がすっかり1983年の「大坊」の姿を頭から外してました。『エンダーのゲーム』と同じくらいのやられた感。帰山人さん、油断ならず。

No title
じょにぃ URL [2014年01月28日 13時10分] [編集]

帰山人さん。
先日東京めぐりをしてきた際に
大坊珈琲店見てきました。
看板が無くなり閉店の張り紙が張られ
木の枠が唯一お店を感じさせる
何ともいえない寂しさでした。
琲珈里を検索したら
素晴らしいブログを見つけました。
ブログに書いてある内容やスタイルが
私と似ている所があり
うれしくなってしまいました。
琲珈里にしろ大坊珈琲店にしろ
素晴らしい場所には素晴らしい人が集まる。
そんなお店を私も目指していきたいと思います。

to:ベランダのコーヒーオタク・Yさん
帰山人 URL [2014年01月28日 22時39分]

ありゃりゃ、頭目まで撃ってしまいましたか。丗(世)は30年、これを超える話はワレワレ年寄りの専占ですから、もっと大いにやってやりましょうよ。

to:じょにぃさん
帰山人 URL [2014年01月28日 22時56分]

スバラシイ場を作るのも(店主という)人です。筋の通った見識、独りよがりでない遊び心、それが(客という)人を集めるのでしょう。カフェに人が集まるんじゃなくて、集まった場をカフェと言うんですナ。

No title
ナカガワ URL [2014年01月31日 00時24分]

パリで大坊さんのミームにたくさん遭遇しました。----モンマルトルのラメ通りのカフェが1軒尻尾を巻いて逃げだしていました。付近を探索するとサクレクール寺院の参道になんと大坊さんらしき人が「壁抜け」途中でした。パリは小京都ならぬ小大坊かも。Cafe Dai-beaux なんてのができるかも。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2014年01月31日 16時49分]

ふむ、エイメの記念広場近くで大坊さん自ら Cafe Dai-beaux を開いていただきたいですな。でも、大坊さんはどちらかと言うと「旅のラゴス」の壁抜け‘芸人’なんじゃないかな、とも。さては探索などと称して、ナカガワさんこそ正体は怪盗ガルーガルーでしょ!

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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