サブフォーへの道程~(6)慢心の代償は痛すぎた

ジャンル:スポーツ / テーマ:マラソン / カテゴリ:走の記:サブフォーへの道程 [2009年01月06日 00時00分]
2007年秋の連戦から日が経つにつれて、反省より自己満足が膨らんでいく。
最初は「生涯一度でいいから」と思っていたフルマラソンに対しても、
「走ろうと思えば何度でも完走できる程度のもの」だと高を括りはじめていた。
明けて2008年も、正月から2連戦に挑んだ。
その経緯は、当時記した文を(長いが)以下に掲げる。

  「走れなかったことについて語るときに僕の語ること」

 2008年の1月10日。ロサンゼルスから成田へ向かう飛行機の中で、読書をしていた。
 村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』。その第3章にさしかかって、
 惨めさと滑稽さがないまぜになった気持ちで文を追っていた。
 そこで村上春樹が語っている某フルマラソンレースでの失敗談が、つい4日前に
 自分が体験した状況と酷似していたからだ。
 30キロくらいまではまあまあだったが、その直後に脚が突然言うことを聞かなくなった、
 というくだり。「…痙攣が始まり、だんだんそれが激しくなり、やがてまったく走れなく
 なってしまった。どれだけストレッチングしても、太腿の裏側がひきつってぶるぶると
 震え、奇妙なかたちに変形し、言うことを聞いてくれない。立っていることさえできない。
 思わず道路にしゃがみこんでしまった…いつまでたっても痙攣が収まらない…」

 2008年1月6日、カリフォルニア州オレンジ郡でのフルマラソンレースに参加した。
 ランニングレースは8回目の、うちフルマラソンは3回目の、海外では初めてのレース
 出場だ。現地に住む知人に誘われて参加を決め、正月3が日明け早々に渡米して
 きていた。1年9カ月前の初フルマラソンは4時間32分台、2カ月前のフルマラソンは
 4時間11分台だった。2回目のフルマラソンから12日後にはハーフマラソンを1時間
 37分で走った。今回は時間制限が無いに等しい海外レースなので、タイムを狙う
 よりもファン・ランに徹して、異国の空気と時間を楽しもう。1マイル10分のペースを
 保っていき、そこに休憩の時間を入れて、なにやかやで5時間以内に収められれば、
 というのが心づもりだった(それが甘い考えであったことはあとで判明する)。

 男子100m走世界記録保持者アサファ・パウエルのゲスト・スピーチ直後にスタート
 したOCマラソン。前夜から大会直前まで雨が降り、スタートでは雨は止んでいたとは
 いえ薄寒い曇天のレースとなった。それでも陽が昇るに連れて景色も明るく見えてくる。
 何よりも視界が良い。郡内有数のショッピングセンターをスタート地点に、ハイウェイを
 跨ぎニュータウンを貫く広い舗装路や、建ち並んだ品の良い住宅の裏庭や川の沿道を
 コースにしている。ビルやマンションなど階高い建物が全く視界に無いので、日本の
 市街地をコースにしているマラソンレースとは全く風情が異なる。1マイル9分はやや
 ハイ・ペースかな、と思いつつも息も脚も軽快でとても気分が良い。

 数マイル毎の電光計時と自分の腕時計との差も気に留めず8マイル程走って、
 自分のペース認識が間違っていることに気がついた。1マイル9分ではなく8分ペース
 で走っているのだ。前2回のフルマラソンレースよりもオーバーペースである。
 しかし、自分ではそんな気分では無い。こういう時の人間の欲は恐ろしい。思い切って
 ペースダウンするか、今までタイムを稼いだ分途中から歩こう、と修正すれば良い
 ものを、この調子なら4時間を切って完走できるかな、などと思ってしまう。
 結局、このままならフル換算で3時間半ペースとなるハーフ13.1マイルを約1時間
 45分で通過した。

 (続く)
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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