風絶ちぬ

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2013年08月01日 01時30分]
「スタジオジブリ」という如何わしい制作会社のアニメーション映画は、『天空の城ラピュタ』
(1986年)以外を劇場(映画館)で観たことが無い。だが、宮崎駿とかいう痴(おこ)がまし
い監督の新作映画が、「のの法則」(奥田‘大仏’誠治)から逃れた。…では、‘行かねば’。
 
『風立ちぬ』 観賞後記
 
『風立ちぬ』に登場するカプロニCa.60トランスアエロは3200馬力、ユンカースG.38は
1971馬力、九試単座戦闘機カ‐14は600馬力であったが、「スタジオジブリ」(カプロニ
Ca.309ギブリ)は390馬力しかなく、宮崎駿は‘二馬力’であり飛行機ですらなかった。
 《(前作の)『崖の上のポニョ』をやっている時には僕の方が先に行っているつもりだっ
  たのに、時代の方が追いついてきた。(今回の映画で描いた)関東大震災のシーン
  の絵コンテを書き上げた翌日に震災(東日本大震災)が起き、追いつかれたと実感
  した。(略)確かに僕は矛盾に満ちているかもしれない。でも仕方がない。矛盾のない
  人間はたぶんつまらない人だ。》 (宮崎駿:談/日本経済新聞:2013年7月27日)
己の非力を棚に上げて《仕方がない》と居直る老耄、なるほどホン(脚本)が粗いワケだ。
《矛盾のない人間はたぶんつまらない人》と誤魔化す者が作れば、必ずつまらない映画。
  風絶ちぬ (1) 
摩阿陀会(まアだかい)と訊かれる百鬼園…黒澤明の『まあだだよ』(1993年)における
内田百閒を堀辰雄にすり替えただけのマンガ映画、それが宮崎駿の『風立ちぬ』である。
 《世間はいろいろ言っても、とにかく俺の思う通りに生きるぞ!周り中に迷惑かけても
  俺はコレで生きていくからってことをちゃんとやること、それが大事なことなんだって
  いうふうに、彼は全身で言ってるんじゃないですか…僕はそう思いますがね。人に
  迷惑をかけるんですよ、コレはね。》 (黒澤明と対談した後の宮崎駿による黒澤評/
  「映画に恋して愛して生きて 黒澤明と宮崎駿」:日本テレビ系:1993年5月放送)
思う通りに映画を作って周り中に迷惑かける性悪の監督2人、話運びを軽んじ身勝手な
視覚の快楽に自ら溺れて堕ちた黒澤明の蹉跌を踏襲するか、20年を経て『まあだだよ』
の航跡を追う『風立ちぬ』…宮崎駿は黒澤明のコントレイル(飛行機雲)でしかなかった。
  風絶ちぬ (2)
空想の陶酔はシベリヤほどに甘くて、現実の残酷はクレソンほどに苦い。飛翔と軍用、結
核と煙草、里見菜穂子と堀越加代、カプローニとカストルプ…おそろしく愚直に平和と暴力
の矛盾を放置した『風立ちぬ』は見苦しい。この映画が象徴する残酷と暴力は何だろう?
 《自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気をはらむ、その
  毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代
  償は少くない。》 (宮崎駿「企画書」/『風立ちぬ』公式Webサイト)
深いようで思慮が浅く、無分別な思いを分別臭く語る、これこそが残酷と暴力ではないか?
そも、 “Le vent se lève, il faut tenter de vivre.”(風が吹いたんで生きようかなぁ)
を、“風立ちぬ、いざ生きめやも”(風が立ったから生きようってか?)と虚無の臭いで茶化
した訳に‘粋’があるので、それを「風立ちぬ」から‘生きねば’と押しつけ抛りっ放した本作
が、無粋になった代償は少くない。この昇華も無ければ消化も無い独善のマンガ映画は、
「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」どころか、無礼千万であり死人を冒涜しているのだ。
 《宮崎駿のお母さんは71歳で亡くなっている。で、宮崎駿は72でしょ。もう既に1年余分
  に生きているんだからいつ死んだっておかしくない…そう思っただけです。》
  (鈴木敏夫:談/『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』:JFN系:2013年7月28日)
‘風は吹いているか?’とカプローニに問われずとも、「ナウシカ」以降の風は絶えていた。
観客に身を向けて作らない図図しい映画に‘生きねば’などと言われたくない…‘死ねば?’
 
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コメント

No title
ちんきー URL [2013年08月01日 23時49分]

>20年を経て『まあだだよ』の航跡を追う『風立ちぬ』…宮崎駿は黒澤明のコントレイル(飛行機雲)でしかなかった。
自分は“「映画に恋して愛して生きて 黒澤明と宮崎駿」”での対談以降宮崎氏が“アニメ屋”でなく“クロサワを継ぐもの”と勘違いしたのではと思っていましたが当にその通りだったと言う事ですね。
それ以後本人は「巨匠」と勘違いし、そして周りが「金蔓としての宮崎ブランド」を作り上げてきた集大成が「風立ちぬ」なのかも知れませんね。
そして黒澤氏と同じ様に歳を取るごとに作品がつまらなくなって、それでも「世界のクロサワブランド」で騒がれると言う所も“コントレイル”しているような気がします。
多分自分はTVで放送したとしても見ないと思います。
今迄ラピュタ以降の作品で「面白い」と思ったものは無かったですから・・・・
そう言えばあの“岡田斗司夫”氏は宮崎作品の「最高傑作」と言っていました。
どうやら 作品のコンセプトである《世間はいろいろ言っても、とにかく俺の思う通りに生きるぞ!周り中に迷惑かけても俺はコレで生きていくからってこと》って言う所を評価していたみたいですが・・・氏は「まあだだよ」見て無いのかな?・・・

to:ちんきーさん
帰山人 URL [2013年08月02日 11時26分]

映画の監督は作ってナンボなんですよ。宮崎駿が仮に「“クロサワを継ぐもの”と勘違いした」としても、それ自体で『風立ちぬ』が駄作と決めつける理由にはならない、と私は思っています。だから“巨匠”と自惚れていても好いんです。それと作品の出来不出来は必ずしも相関しない。それでも駄目なモンは駄目だけど…
>多分自分はTVで放送したとしても見ないと思います。
映画の観客は観てナンボなんですよ。だから観なけりゃダメです。まぁ、「観てないならば何も評してはならない」なんてコトまでは言いませんが、観ていない者が観た者の評に乗っかり過ぎてもマズイ。仮に岡田斗司夫に遇ったとして、「『風立ちぬ』見て無いのかな?」と言われたらオシマイでしょ(笑)それでも駄目なモンは駄目だけど…

No title
ちんきー URL [2013年08月02日 14時17分]

>映画の観客は観てナンボなんですよ。
その通りですね。
取りあえずTV放送で見てみたいと思います。
(えらい先の話だ・・・)
ただ自分の好きだった監督の作品がつまらなくなって行くのを見ていくのは辛いものです。
(ロメロ、カーペンター、ライミ等々)

to2:ちんきーさん
帰山人 URL [2013年08月03日 12時00分]

ロメロにカーペンターにライミねぇ…彼ら自身がゾンビや物体Xになっていくんですよ。宮崎駿は腐海に呑まれていくんですよ。

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
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