カフェ開業の教科書

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:日本珈琲狂会 [2013年06月23日 01時00分]
CLCJ推薦図書 その7
『珈琲店』(原題:La bottega del caffè) ゴルドーニ(Goldoni):作
 
ヴェネツィアに生まれ育ち「カッフェ・フローリアン」(1720年創業)にも通った劇作家カルロ・ゴルドーニ(Carlo Osvaldo Goldoni)が『珈琲店』を発表したのは、サン・マルコ広場に「カッフェ・ラヴァーナ」(当時は「レジーナ ・ ドゥンゲリーア」)が開業した年、1750年である。18世紀中葉のヴェネツィア共和国には200軒以上のカッフェが、サン・マルコ広場だけでもカッフェが20店以上も並び開かれて鎬(しのぎ)を削っていた。ゴルドーニの『珈琲店』は、18世紀のコーヒー風俗を示し、同時にカフェ経営の正鵠を射る、コーヒーが香る喜劇である。
 
 
【カフェ開業の教科書】
 
仮に(または現に、あるいは将来に)コーヒー店(カフェ)を営むに、如何なる料簡を要すか? 『珈琲店』の店主リドールフォが説く。〔以下、『珈琲店・恋人たち』岩波文庫版より引用する〕
 
  お客様にはすばやくお出迎えして、てきぱきと愛想よくおもてなしをする。
  清潔が肝心だ。お店の評判はお前さんたちのお客あしらい次第で決まる
  のだ。 (第1幕 第1場)
  お客様には誰彼の別なくおもてなしする。 (第1幕 第1場)
  この身分をほかの身分と変えるつもりはございません。世の中には見映
  えはいいが実質的な収入を伴わぬ職業が沢山ございます。手前はいま
  の地位にいて不足する物はなにもございません。このような恥ずかしくな
  い商売を営み、職人たちと同じでお店で働いております。それも品もあり、
  洗練され、垢抜けした、結構な職業でございます。きちんとした作法でお
  客様に応対すれば評判も上がり、あらゆる種類の皆さまのお気に召しま
  す。いまや珈琲店は都市の風格、皆さまの健康になくてはならぬものと
  なりました。ほっと一息ついて、休みたい方々の結構な憩(いこい)の場
  でもございます。 (第2幕 第2場)
 
俗に「コーヒー・カンタータ」と呼ばれている音楽劇‘Schweigt stille, plaudert nicht’を作ったJ.S.バッハ(Johann Sebastian Bach)が死んだ年、この1750年という昔日にカフェ・バッハ田口護『カフェを100年、続けるために』などにも通ずる至言が説かれている。現存最古(?)のカフェに通っていたゴルドーニは、最古の『カフェ開業の教科書』を書いた。
 
 
【18世紀ヴェネツィアのコーヒー風俗】
 
海上貿易に栄えた‘アドリア海の女王’ヴェネツィア共和国も斜陽を迎え、『珈琲店』の時代、18世紀中葉には残照と頽廃の中にあった。当時のヴェネツィア演劇界は、新古典主義のオペラ・セリアと仮面即興劇のコンメディア・デッラルテに席捲されつつ食傷もしていた。ヴォルテールとも親交するほど啓蒙主義の潮流に魅かれたゴルドーニは、自らの喜劇で‘改革’を企む。その成果の一つである『珈琲店』では、啓蒙主義‘改革’の類型とも思える店主リドールフォに対照して、旧態のコンメディア・デッラルテの象徴として給仕頭トラッポラを配置する。
 
  リドールフォ  …向こうへ行ってコーヒーをさっさと焙(や)くがいい。煎り
  たてのコーヒーをポットに用意しろ。
  トラッポラ  昨晩の残りを足してよろしいでしょうか?(略)新しく店開きし
  た時はきちんとしたコーヒーを出す。六ヵ月も経てば熱湯に濃いい色をつ
  けて出す。
 
ゴルドーニが描いた『珈琲店』のコーヒーは、《人足も、ゴンドラ漕ぎも、船乗りも》《赤帽、担ぎ屋、ポーターの類まで》が飲むとされる(第1幕 第1場)が、原料は何処より到来したか? イスラム圏より旧態のモカ(イエメン)コーヒーか、オランダ圏より次巡の東インド(ジャワ)コーヒーか、フランス圏より最新の西インド(マルティニーク)コーヒーか、それは謎である。また、バールやエスプレッソどころか現代に続くドリップ法すら確立していない時代、焙煎や抽出の手法も謎である。それでも、ゴルドーニは‘焙きたて’‘淹れたて’のコーヒーを求め啓蒙していたに相違無い。『珈琲店』に見える風俗には、演劇と同時にコーヒーの‘改革’が窺える。
 
 
『珈琲店』に登場するドン・マルツィオは、踊り子リザーウラや巡礼に扮した人妻プラーチダらが‘売春’する女と誤認している。夜のヴェネツィアを散歩していた時に、絵画を学ぶ女性ロミーナに声をかけられて‘夜の姫君’と決めつけた柄沢和雄氏(『世界カフェ紀行』いなほ書房:刊)と何ら変わらない。残照と頽廃が漂うヴェネツィア、その生生しい雰囲気を感じとればとるほど、当時のコーヒーにも「理」と「欲」という不可視の成分が多量に含まれていたであろうことを再認させる傑作である。『珈琲店』は1750年の「コーヒーの教科書」である。
 
(注:推薦は主宰・帰山人の独断による。他の会員に罪は無い)
 
コメント (2) /  トラックバック (0)

コメント

No title
ナカガワ URL [2013年06月23日 23時40分]

ライブで観たいですねえ。いっそ文楽にでも売り込んでみたらどうかしら。
実写なら、大正デモクラあたりに時代に移して、大阪の淀川縁あたりで、どうでしょう。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2013年06月24日 00時36分]

私も‘読む’だけでなく‘観たい’と思っています。‘文楽’にする案に賛同。‘実写’の案にも賛成。実現する方策と機会を狙いましょう、ご支援ください。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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