メディア改良化

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2013年05月05日 23時30分]
まず鑑賞者の方々に訴えたいのは、映画にも登場する「図書館の自由に関する宣言」が
現実に改訂採択される経緯となった事件も、宣言の後に生じた事件も、図書館員自身に
よる‘検閲’といえる内容ばかりなのであります。図書隊の敵は身内ばかりなのであります。
次に鑑賞者の方々に訴えたいのは、映画の中で「見計らい図書とすることを宣言する!」
が連発されていますが、現実の‘見計らい’とは図書館が注文する前に書店や取次がする
行為なのであります。「見計らい図書とする」執行権限など誰にも有しえないのであります。
最後に鑑賞者の方々に訴えたいのは、映画で図書隊が「本のために」や「本を守りたい」
と訴えても、他方で書店は潰されていくばかりなのであります。また、現実には書店に無く
図書館で閲覧できる名簿により元厚生事務次官連続殺傷事件が起きているのであります。
以上を、図書隊など陳腐に感じられる、現実の真・3大図書館戦争とさせていただきます。
 メディア改良化 (1)
 
『図書館戦争』 観賞後記
 
 メディア改良化 (3)
雑誌「ダ・ヴィンチ」の仮想キャスティング通りとはいえ、榮倉奈々(笠原郁:役)は演技力
向上のタスクフォースで鍛え直すべき下手さ、岡田准一(堂上篤:役)は恰好好いけれど
見得を切ると「キーン」と音がして360度パンする気が…残念だよ、本当に、残念だよ…。
映画『図書館戦争』は、『海猿』(フジテレビ)シリーズや「山猿」(『岳 ‐ガク‐』テレビ朝日)
のTBS版焼き直しみたいな話運びと音楽なので、本作の中で教官・堂上がロープ降下中
の訓練生・笠原を見て‘猿’呼ばわりしていることは、言い得て妙であり、笑えるところだ。
 
 《一九六七年末、当時ヌーベルバーグ映画の第一人者といわれたフランソワ・トリュフォー
  監督の映画『華氏四五一度』が封切られたとき、この種の ──アート・シアター向きの
  映画としては意外なほど大きな反響を呼び、一般にはかなり話題になった。(略)トリュ
  フォーの映画は、活字と書物とがすべて禁じられ、人々が画一的で一方的なテレビと、
  パターン思考だけ── 画像だけの世界に、不満を感ずることさえ知らずに生きている
  というかなり突飛な状況を、ヴィヴィッドに捉えることに成功していた。》  (福島正実
  「ブラッドベリ・ノート」/『華氏451度』 ハヤカワ文庫NV106/早川書房/1975年)
 
映画『華氏451』(Fahrenheit 451)はトリュフォーらしい演出に満ちてはいるが、SF映
画としての精度は極低い。もっとも、焚書や禁書という書物の話は、書物である小説の中
でこそ語られるべき相応しさがあるのだろう。それは『図書館戦争』でも同じなのだろうか、
パラレルワールドという架空世界の空々しさよりも、書物をテーマに映画に仕立てた時点
で、既に映画は共に敗北しているのだ。映画『図書館戦争』は、発火点に達していないナ。
 
 メディア改良化 (2)
本を愛し続けたエッセイストでも書評家でもあり、有川浩の小説作品に解説を寄せ、その
有川浩が図書隊創設者・稲嶺和市のモデルとした、その人、児玉清。その縁を意図した
盛り上げ策か、写真といえども死者を勝手に登場させるは如何なものか?こういう時こそ
メディア良化委員会による‘検閲’の大事な大事なアタックチャンスではないのだろうか?
いずれにしても、映画『図書館戦争』にはメディア良化、いやメディア改良化が必要である。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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