までいに考える

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2013 [2013年03月13日 01時00分]
仮に(または現に、あるいは将来に)コーヒー店を営んでいるとして、例えば「店を閉める」「店を移す」「店を再開する」という事態をどのように捉えるか? までいに考えてみるべき?
 
 《JR福島駅から太平洋に向かって車で40分ほど、阿武隈高地の山間にある
  飯舘村は人口がわずか7000人にも満たない小さな村です。この飯舘村
  の、福島市と南相馬市をつなぐ県道原町・川俣線沿いに『椏久里』はあり
  ます。周りを山や田畑に囲まれた辺鄙な場所で、自家焙煎コーヒー店とし
  て1992年11月に開業しました。(略)…道路の脇で野菜の直売店をだし
  ていて、野菜を買いにくるお客様がゆっくりできる場所をつくったら喜ばれ
  るのではないか。そう考えたのが、今の店を始める原点になっています。
  (略) お店を開く前は、3年後に月100kgのコーヒー豆の販売を目指して
  いましたが、現在の販売量は平均1トンに達しています。》 (『カフェを100
  年、続けるために』pp.166-168/田口護:著/旭屋出版:刊/2010年
  12月24日)
 
‘If you don't know how to fix it, please stop breaking it!’(どうやって直すのかわからないものを、壊しつづけるのはもうやめてください!)とセヴァン・カリス=スズキがスピーチして、持続可能な開発に向けた地球規模での新たなパートナーシップの構築が宣言されたリオ地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)開催の年、「椏久里」(あぐり)は開店した。『カフェを100年、続けるために』では「カフェ・バッハと共に歩む仲間たち」として市澤秀耕・美由紀夫妻が紹介された。それは18年続けた店への2010年のクリスマスプレゼントか歳暮か? 翌2011年、東日本大震災に遭い、4月11日に休業。
 
 《福島第1原発の事故で「計画的避難区域」に指定された飯舘村で、村内唯一
  のコーヒー店「椏久里(あぐり)」が約35キロ離れた福島市に移転して営業
  を再開する。経営者夫婦は「もう店を続けられない」と休業したが、再開を期
  待する常連客の声に後押しされ、「村に戻るまで、店を閉めるわけにはいか
  ない」と再開を決意した。(略) 「1カ月後に福島で再開する店は支店と名付
  けます。本店はここ飯舘のまま。この村に、絶対に戻るつもりですから」》
  (毎日新聞/2011年5月8日)
 
 までいに考える
そして2013年3月11日、『山の珈琲屋 飯舘「椏久里」の記録』(市澤秀耕・市澤美由紀:著/言叢社:刊)が、 東日本大震災の起点から丸2年後に発刊された。本書は、2012年7月1日に市澤夫妻が避難先の福島市野田町で再開したコーヒー店《椏久里福島店》の章から始まる。だが、これはコーヒー店「再生」の物語では無い。少なくとも、腑抜け戯けた欺瞞の「再生」を掲げる『スターバックス再生物語』(徳間書店:刊)などとは全く違う。「店を閉める」「店を移す」「店を再開する」という事態を記録した『山の珈琲屋 飯舘「椏久里」の記録』は、《なくしたもの》という章で終わる。このコーヒー本では「再生」がまだ遠い。
 
 《福島店は多くのお客さまにご来店いただき、賑わっている。だが、阿武隈山
  地という立地条件を活かしながらお客さまに満足していただける店を、と
  いう創業の動機を失ってしまった。》(p.232) 《…のどかな自然に抱かれ
  たゆったりとした暮らしが恋しい。》(p.237) (『山の珈琲屋 飯舘「椏久里」
  の記録』)
 
恐ろしくも素直に、「椏久里福島店」は仮設店舗であって、市澤秀耕氏の心は飯舘にある。《自分たちに真に寄り添った行動なのか否かを、被災者の心眼は見分けている。》(p.184)とまで言いながら、故郷を奪われて暗澹たる思いを抱きつつ続けるカフェ。『山の珈琲屋 飯舘「椏久里」の記録』は、ある意味でコーヒー店に関する最強にして初のホラー本だ。「被災者の姿に勇気をもらいました」などと吐く前に、勇気を出して本書を読むべきである。
 
日本唯一の村営書店「ほんの森いいたて」は、2011年6月15日に店を閉めた。その窓ガラスに残された「長期休業中!!きっといつか再オープンするぞ!!」という文字は、おそらく「椏久里」と市澤秀耕氏の叫びでもあるだろう。いつの日にか、持続可能な開発に向けて新たなパートナーシップの構築が見通された飯舘村で、「ほんの森いいたて」が再開する時、増刷された『山の珈琲屋 飯舘「椏久里」の記録』もあって欲しい、村人の数以上に。今は本書を読んで、遠い日本唯一のコーヒー店「再生」を想いながら、コーヒーを喫する。
 
仮に(または現に、あるいは将来に)コーヒー店を営んでいるとして、例えば「店を閉める」「店を移す」「店を再開する」という事態をどのように捉えるか? までいに考えてみるべき…
 
コメント (4) /  トラックバック (0)

コメント

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ナカガワ URL [2013年03月13日 18時50分]

ただただ、感謝いたします。もっと別な機会にご紹介したかったです。ありがとうございました。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2013年03月14日 01時29分]

ケニアへ視察に行って故郷の風景とオーバーラップした、と本書が語る通りに、椏久里が「野菜と自家焙煎の店」であるのは、栽培・加工・販売・消費の一貫=‘from seeds to cup’そのものだ、と読みました。野菜と果物と米と花と牛と羊・・・それらは飯舘と市澤一家の‘コーヒーノキ’だったのに、それを紹介する機会であって欲しかったのに・・・今はただただ深く暗いメランコリック・ホラーとして感受しておきます。

ご紹介、ありがとうございます
緑区民 URL [2013年03月14日 23時26分]

はじめまして。ご紹介、ありがとうございます。書店で注文しました。店の発注用端末でヒットせず、ネットで出版元を調べて、直接、発注していただきました。

to:緑区民さん
帰山人 URL [2013年03月15日 00時38分]

ようこそ。そして、ありがとうございます。そう、この手の本は流通の扱いが小さくなりがちなんですよね。楽しんで・・・とは言えないかもしれませんが、お役に立てたのならば幸甚です。

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
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