ヤマトタケルの冒険

ジャンル:ライフ / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2013年03月06日 01時30分]
安彦良和の漫画家デビュー作品『アリオン』全5巻(アニメージュコミックス:徳間書店:刊)、『リュウ』連載は無視していたが、コミックは発刊される都度に読んでいた(1980年11月~1985年1月)。その間に、富野喜幸は富野由悠季になり、私は富野ファンではなくなった(もっとも『聖戦士ダンバイン』は観たし『リーンの翼』は読んだが…以降は興味を失った)。TVアニメから放れた安彦『アリオン』の筆致は、「ガンダム」や「ナウシカ」より翔んでいた。あれから約30年…富野に「ガンダム」の、安彦に「安保世代」の、呪縛は解けないのか?
 
 《「日本の国の成り立ちは今も、世のあり方や外交に密接に関係している。
  建国記念日にはその歴史認識が問われ、近隣の韓国や中国と絶えず
  もめている。つい七十年ほど前は『神の国』を錦の御旗に大戦争もした。
  神代の話、古代史に今なお振り回されながら、年表を開いても西暦三
  五〇年の前はほとんど白いまま。おかしな国だなあ、と。なぜ、いつま
  でも空白なのか。本当はどうなのか、積極的に明らかにしなくてはいけ
  ないはずなのに」(略)「例えば神武天皇に当たる人は実在した、東征
  神話はかなり本当に近い、と言うと普通、思想的には右翼ですよね。
  それが紀元前六〇〇年代じゃなくて、紀元後二〇〇年ごろで実際はこ
  んな人だったんじゃないかと言うと、それは右でも左でもない、人間の
  視点です。どうしてそういうアプローチができないか。ガチガチになった
  ものを解きほぐすのは案外、われわれ素人の素朴な疑問かもしれま
  せん」》 (【土曜訪問】 日本の原型を探って 「ヤマトタケル」を描く 安彦
  良和さん〔漫画家〕/中日新聞/2013年3月2日) 
 日本武尊の冒険 (1)
安彦良和の新刊コミック『ヤマトタケル』(角川書店:刊/第1巻:2013年2月)は、《はじめに言い訳をひとつ…》から始まる。『ナムジ』と『神武』(いずれも私は未読)とに続く3つ目の日本古代史漫画の幕開けに、《…推論の土台となっているのは、世の中では「トンデモ本のひとつ」として片付けられている原田常治著『古代日本正史』〈婦人生活社(発行・同志社)一九七六年刊〉で…》とか、《…ヤマトタケルも実在しない架空の英雄とされています。しかし…》とか、言い訳がましい「序章」が12ページ。確かに原田常治の古代史論は「トンデモ」ではあるが、何を言おうが所詮は全て想像の産物である漫話に、この安彦のクドクドとした陳弁は非常にみっともない。かつて散散に伝承の神話を改変してまで描きたいように描いた『アリオン』では、最終巻のカバー見返しに《マンガっていうのはとてもむずかしいものでした》、と述べるにとどまる潔さだったのに…老いて腐った富野由悠季じゃあるまいし、「黙って描けんのか!」と今般の安彦良和に言いたくなるのは私だけか? 話運びも画力も『アリオン』時代と変わらないものの、そこは翔ぶ躍動感まだ健在と好く受け取るにしても、先先に言い訳の講釈が続く予感を覚えると、読み続ける気が失せる。
 
「ヤマトタケル」漫画の最高傑作は、山岸凉子(梅原猛:原作)『ヤマトタケル』(「ASUKA」連載/角川書店:刊 1987年)でも無ければ、おそらくは今般の安彦良和『ヤマトタケル』(「サムライエース」連載中/角川書店:刊)でも無い。ゆうきまさみ『ヤマトタケルの冒険』(月刊OUT6月増刊号/みのり書房/1984年)、これこそ燦然と輝く類稀な漫画である。ゆうきまさみの『ヤマトタケルの冒険』も、著者の言葉から始まる…《や どーも(略)彼らがこの地で日々の営みをどう行っていたのか そんなこたわたしの知ったことじゃない…》と。
 日本武尊の冒険 (2)
 《…この単行本に収録した物語「ヤマトタケルの冒険」を読み返してみて、
  それまで気づかなかった部分に冒険がかくされていることを発見した。
  途中でもう、「冒険」の部分は切りすてていたつもりだったので、意外
  だったのだが、こういうのを予定調和と言うのかもしれない。クイズで
  す。どこに「冒険」はかくされているでしょう?》 (ゆうきまさみ 「あとが
  き または解説(いいわけ)の多い前口上」『ヤマトタケルの冒険』)
 
安彦の『ヤマトタケル』は、どうしてこういうアプローチができないか。ガチガチになったものを解きほぐすのは案外、ゆうきまさみの素朴な疑問かもしれない…おかしな話だなあ(尚、ゆうきまさみに関してメジャー移行以降は興味を失った。「パトレイバー」など無視)。
 日本武尊の冒険 (3)
安彦は言う、《もう年も年なので、『ヤマトタケル』はそんなに長くしないつもりです…》(前記の新聞記事)…それがよかろう、と私も思う。で、今般の安彦漫画に冠せられた惹句は、《『ヤマトタケル』は日本のTHE ORIGINだ!!》…それもよかろう、と思う。思うが、老耄の繰り言には付き合いたくも無い。ヤマトタケルの「冒険」こそが日本のTHE ORIGINだ!!
 
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コメント

No title
ナカガワ URL [2013年03月06日 12時54分]

不勉強なのですが、現在「ヤマトタケル」なる人物についてセンセが許せる範囲だと、どんな人でどんなことした人だったと思われますか。そもそも「ヤマトタケル」って誰のことだったのてしょう。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2013年03月06日 15時44分]

私が許せる範囲で。
実在性…(モデルの不確かさも含め)桃太郎金太郎と同程度。
どんな人…女装趣味のある踊って殺せるアサシンダンサー。
誰のこと…ヲウスという諱はエジプトの鳥神ホルスからきていると思います。だから最期は鳥になったワケです。もっとも「乳(ちち)殺しの男が…」と怒って兄を殺しているのでキシリア・ザビの可能性も捨てきれません。

No title
ナカガワ URL [2013年03月07日 12時50分]

一度、センセの許せる範囲の今の日本の辺りの古代史を講義してもらいたいです。無責任な放談でよいので、日本のはじまりの物語を聞いてみたいなあ。

to2:ナカガワさん
帰山人 URL [2013年03月07日 19時37分]

うーむ…唯物論的に捉えると考古学になっちゃうので…人間にはできないことの方が多いのと同様に、人間の歴史にはわからないことの方が多いのですよ、だから特に7世紀以前は自信がありませんヨ^^;
「あしひきの 山橘の色に出でて 我は恋なむを 人目難みすな」コレがコーヒーノキの実だったら「はじまりの物語」俄然頑張っちゃうけど…♪

No title
じょにぃ URL [2013年03月08日 13時09分] [編集]

帰山人さん。
この頃ってまだ宗教が入って来ていないですから
『人として~』みたいなものはまだなくて
人の理性丸出し感があると私には感じます。

『記紀を読むと面白いですよ』と言うのは
そのような人間の本来のしがらみのない姿のようなものが
今の現代人には逆に新しくもあり羨ましくも見えるのかもしれません。

でもやっぱりこの人の画を見るとガンダム。ですね。
違和感があります。

to:じょにぃさん
帰山人 URL [2013年03月08日 15時53分]

ヤマトタケル時代(?)に「宗教」が無かったわけじゃないと思いますがね。ただ後の仏教のように国家統治に明確に一体化したものじゃ無かったのでしょう。
違和感に関しては、‘安彦立ち’の静止画は皆アムロ・レイになっちゃうことも要因かな?動きのある描写だとも少しシャープで恰好いいんだけど…やっぱりアニメーターなんでしょうなぁ(笑)

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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