来年ルノアールで

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2013 [2013年02月23日 06時00分]
常盤新平が死んだ。ウサーマ・ビン=ラーディンも死んだし、談志も死んだし、バレンタインも死んだし、も死んだし、まで死んでる……『可否道』を書いたのは獅子文六だが、私の「珈琲漫考」は死屍累累だ。常盤新平と関口一郎との対談では、『可否道』にも触れている。
 
 《関口 獅子文六さんの『可否道』という作品にもインスタント・コーヒーの話
  が出てきます。
  常盤 コーヒーマニアの会合で、ある男がインスタント・コーヒーをちょっと
  ひねって出したら、そこに居合わせた人がレギュラー・コーヒーだと信じた
  という件ですね。》
  (「対談 琥珀色のくつろぎ 珈琲は人肌で味わう」 『別冊サライ』 No.13 大
  特集「珈琲」 小学館:刊 2000年/後に 『珈琲こだわり座談集』 いなほ
  書房:刊 2010年 収載)
 
インスタントコーヒーの話も面白いが、対談のタイトル「珈琲は人肌で味わう」はさらに魅力だ。
 
 《喫茶店の温もりに惹かれる(常盤新平) (略)なじんだ店に来ると、別に
  「いらっしゃいませ」と言われなくても、人肌のような温もりが空間に漂って
  いるのが感じられるのです。それが「あそこの珈琲が飲みたい」と思わせ
  る魅力につながっているのだと思います。》 (「琥珀色のくつろぎ 珈琲は
  人肌で味わう」)
 
  来年ルノアールで (1)
昔、冬の雪が降る夜に、織田信長を演じた作家が銀座の珈琲店に寄った。トイレに立った後に飲みさしのコーヒーを飲みほそうとするとまだ温かい。「さては客のコーヒーを尻に敷いていたな、不届き者め」と怒ると、豊臣秀吉を演じた店主は「股にはさんで温めておりました」と答えた。ズボンを下ろすと鼠蹊部にカップの跡がクッキリとついていたという。この話、近年では作家を木村拓哉に、店主をビートたけしに、コーヒーを草履に置き換えて‘Re BORN’というテレビコマーシャルにしていた。これが本当の「珈琲は人肌で味わう」……という話では無い。
 
だいたい常盤新平は対談の冒頭で、《『カフェ・ド・ランブル』へは以前から来てみたいと思っていたのですが、なかなか来るチャンスがなく、今日が初めてです。》などと言っているが、いやいや、僅か400mしか離れていない「ウエスト」(洋菓子舗 銀座本店)には1950年代の学生時代から通っていたのであり、来るチャンスが無いハズは無い! 要は避けていたのであろう。
 
  来年ルノアールで (2)
常盤新平が死んだ2013年1月22日、その6日後に「銀座ルノアール」は「キーコーヒー」の傘下に入ったと発表した。常盤新平は『東京の小さな喫茶店』(世界文化社:刊 1995年)の中で、贔屓の店「ワンモア」の福井明が保存している新聞(東スポ)記事の内容に触れた。
 
 《喫茶店がどんどん減っていく現状を油浅記者は最大の喫茶チェーンで店
  頭公開企業である銀座ルノアールの社長、小宮山正九郎に語ってもらっ
  ている。(略)小宮山社長は喫茶店の今後をうらなって、二極分化してい
  くとみている。コーヒー一杯を二百円以内で提供するセルフサービス式の
  チェーン店と、一等地でゆったりとくつろぎながら、コーヒーが飲める「貸
  席業」としての高級喫茶に分かれるだろう。》 (『東京の小さな喫茶店』)
 
その「銀座ルノアール」の由来と開業の話、創業者の前社長と現社長の語り違いが面白い。
 
《…ちなみに、現社名の由来は画家のルノワールから。今でも「名画に恥じ
  ぬ喫茶室」を掲げているが、これにも意味がある。かつては “ロビー風喫
  茶”を目指したのだ。小宮山さんはこう説明する。「自宅では味わえない
  雰囲気を持つ店として、ホテルのロビーを意識した喫茶店にしたのです。
  ソファも重厚なものを採用しました。当時は、まだ結婚式など特別な場合
  以外はホテルの喫茶室を利用する機会も少なく “脱日常感覚”でご利用
  いただけたのです」》 (Web労政時報 2012年8月8日/現社長:小宮山
  文男氏の言)
 
 《…93年6月16日付の日経産業新聞に、創業者の小宮山正九郎氏のイ
  ンタビューが載っている。それによると、ルノアールという店名は共同仕
  入れ会の会長が「ゴッホ」「ドガ」などの候補の中から選んだという。ルノ
  アールの代名詞ともいえるゆったりとした椅子は「じゅうたんに金をかけ
  すぎて資金が不足してしまい、苦し紛れに椅子をまばらに配置した。意
  外にも受けたので他の店でもやろうとなった」。どこまで本心かわからな
  いが、興味深い話だ。》 (日本経済新聞 2011年8月26日 東京ふしぎ
  探検隊 「伊勢丹はアキバ生まれ、ルノアールは…意外な創業物語」/
  前社長:小宮山正九郎氏の言)
 
ま、店名の由来となったフランス印象派画家ルノワール(Pierre-Auguste Renoir)、彼の子は長男ピエールよりも映画監督となった次男ジャン(Jean Renoir)が秀でて著名となったし、「銀座ルノアール」の継承も創業者(小宮山正九郎)から長男(栄治郎)ではなくて次男(文男)へとなされたこと、実に因縁めいていて笑える。結局は、キーコーヒーへ身売りだけれども…。愛する「銀座ルノアール」を舞台に妄想を躍らせまくった「今月のルノアール」、これを月刊誌『relax』に連載して後に‘至高の喫茶店文学’『去年ルノアールで』にまとめたせきしろは言う。
 
 《…ルノアールには「銀座」という冠が付く。銀座でしかもルノアール。高級
  感以外なにも感じられない立派な名前。幾重にも重ねられた金メッキ。
  〔二〇〇一年ニ月〕
  …そしてもうひとつ大きく変わったこと。それは私が通い詰めていたルノ
  アールの支店が閉店したことだ。そこにルノアールがあることは永遠だと
  思っていた。何か根拠があったわけではないが、私はそう信じていた。閉
  店した店舗に立ち入り禁止の札を見るまで、私は納得しなかった。しかし、
  時は容赦なく物事を変えていく。それが日常というものだ。
  〔二〇〇五年の終わりに〕》
  (せきしろ 『去年ルノアールで』 マガジンハウス:刊 2006年)
 
  来年ルノアールで (4)  来年ルノアールで (3)
クラコレ」とかいう展覧会で、私はルノワールの作品を観てみたいし、観に行くかもしれない。作品‘鳥と少女’のフルーリー嬢が永遠であるならば、《少女がいた。ルノアールに不似合いな幼い少女》(前掲著〔二〇〇一年ニ月〕)と、せきしろが言う少女はフルーリー嬢かもしれない。だが、ルノワールには‘コーヒーを飲む女’(The Cup of Coffee, Portrait of Andree)という作品もあるから、それは《時は容赦なく物事を変えて》少女が老いた姿かもしれないが。常盤新平が生きていたならば、ルノワールを観に行ったであろうか。「銀座ルノアール」には、やはり行かないのではないだろうか。そもそも、行ったことが無いかも……という話では無い。私も「銀座ルノアール」に行かない、いやいや、暇があれば「来年ルノアールで」憩うかも、だ。
 
コメント (4) /  トラックバック (0)

コメント

No title
ナカガワ URL [2013年02月23日 22時27分]

ふと気になったのですが、帰山人センセはどんな人をターゲットにしてブログを認めているのですか。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2013年02月24日 06時04分]

さあねぇ、ラノベじゃあるまいし、そこは深く考えたコトがありません。想定するターゲットを強いて言えば、独善を気(き)取った偽善者と、偽善を気(け)取った独善家、かなぁ…あ、オレオレ。つまり、このブログは‘手記帯び運転’ですよ。

No title
- URL [2013年02月24日 21時57分]

手記帯び運転、いい言葉ですねえ。
ちなみに見つかったら減点とか罰金はあるのでしょうか。

Re: No title
帰山人 URL [2013年02月24日 23時03分]

さあねぇ、見つけてしまった側に減退とか罰杯とかがあるんじゃないですか。

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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