の・こりもの

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2013年01月11日 23時30分]
そもそも‘のこりもの’とはなにであろうか?いったい‘あまりもの’ともちがうのであろうか?
手に残ることもなければ、目に余ることもない。目に残りはするが、手に余るかもしれない。
 の・こりもの (1) の・こりもの (2)
 
「のこりもの ──世界の性質:残るということについての研究──」
  名古屋市文化基金事業  ファン・デ・ナゴヤ美術展2013
   会場:名古屋市民ギャラリー矢田(カルポート東3階)
   主催:ファン・デ・ナゴヤ美術展2013実行委員会/名古屋市文化振興事業団  
   企画:山崎 剛  後援:南山大学  協力:日本紙媒体学会
 
 の・こりもの (3)
人類学研究室 「ただの石のための机」
 
 の・こりもの (4)
媒体学研究室 「日本紙媒体学会」
 
 の・こりもの (5)
感覚採寸学研究室 「日常・エスノグラフィ~状況/創意の記述」
 
 の・こりもの (6)
認識外認識学研究室 「認識外認識」
 
 の・こりもの (7)
現前学研究室 「reappearance-再現-」
 
《学者とアーティストによる、 研究としての美術展。》 《今回の企画は、もともと「作ること」と「知ること」をテーマとして、南山大学の人類学研究所で進めてきた研究プロジェクトにもとづいておこなうもので》 《ファン・デ・ナゴヤ美術展2013に採択されたことにより、展覧会としての公開》 《「のこりもの」とは、私たちが日々生きる世界に、道具や生活習慣等から、普遍的な問題を見いだそうとする人類学者と、芸術というアプローチで、同じく世界の本質に迫るアーティストによる研究としての美術展》 《ただ残ってある ただそれだけの不思議》 《あたりまえのことなのですが、私たちが生きている世界は、簡単には無くなったりしないけれど、かと言って、すべてがいつまでも有りつづけるわけでもない、そんな残るという性質を持っています。言ってしまえば、この世界は、私たち自身も含め、「のこりもの」として存在しています。この、ただ残ってあるというあたりまえの事実に立ち返るとき、あらためて見えるものは何でしょう》
  
この世界は‘のこりもの’として存在しているが、私たち自身は‘あまりもの’ではないか?‘残り物’は存続であるが、‘余り者’は限外である。世界がただ残ってあるという当然の事実に立ち返るとき、あらためて見えるものは人類がただ余っているという必然の真理。残り物の基金により余り者の財団法人が主催した‘NO!凝りもの’が「の・こりもの」か…
 
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コメント

No title
ナカガワ URL [2013年01月12日 07時55分]

素晴らしい!!巡回しないですよねえ、これ。東大駒場あたりでやらないかしらねえ。
今年は「キサンジンのこりもの」というトークショーを企画しますので、よろしくお願いしま~す。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2013年01月12日 13時37分]

あ~巡回ねぇ、しないでしょうねぇ…実態不明の‘全国大学連合’を名乗って嗜好飲料の講座を開いちゃう旅一座は巡回するのにねぇ…
この企画どころか、名古屋ドームの隣に市民ギャラリーがあること自体を、名古屋圏の皆さまはご存知ありません。トークショーもひっそりとした企画になるのかなぁ…

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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