コーヒーウロボロス

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2013 [2013年01月01日 00時00分]
「癸」は、四囲に刃が突出した武器の象形であり、植物の実が熟し種子を内包した状態を示し、その字義は終っては始まり、順に巡るもの、周回や循環、また再生を意味する。「巳」は、胎内幼生の象形であり、植物の成長が極み達した状態を表し、また已(止)むに通じて結尾をも意味する。癸巳の蛇(ヘビ)は、当に終局と再生の連鎖や円環を示す。コーヒーもまた、‘Ouroboros’(ウロボロス:自らの尾を食う蛇)から逃れられないのか? 2013年新春を迎えて、刻みよく癸巳年を観ながら、円環するコーヒーを夢想してみよう。
   coffee-ouroboros.jpg
 
 
【キリマンジャロの蛇】
 
‘Kilimanjaro’(キリマンジャロ/地球最高独立峰/標高5895m)の麓にあるモシ地区に初めてコーヒーがもたらされたのは、2013年より120年(2元)前の癸巳1893年で、キリスト教イエズス会の宣教師らによる(という説がある:異説あり)。タンザニア(当初はドイツ領東アフリカ、次いでタンガニーカ)におけるキリマンジャロ山麓でのコーヒーの生産は暫し後の20世紀初頭から始まり、知名は薄いが徐々に栽培域を拡げていった。
 
 《キリマンジャロは雪に覆われた山で、標高19710フィート、アフリカ第一の高
  峰だという。その西側の頂はマサイ語で‘Ngaje Ngai’すなわち「神の家」と呼
  ばれている。その山頂近くに、干乾びて凍りついた一頭の豹の屍が横たわっ
  ている。その高いところにまで、豹が何を求めてやってきたのか、未だ誰も解
  き明かした者が無い。》 (Ernest Miller Hemingway ‘The Snows of
  Kilimanjaro’ 1936年)
 
2013年より60年(1元)前の癸巳1953年、アーネスト・ヘミングウェイの同名小説を原作とした映画『キリマンジャロの雪』(1952年製作)が日本で公開された。これを機に、凡下のコーヒーが日本市場でのみ名高いブランド「キリマンジャロ」に化け始めた。癸巳1953年にブラジルのコーヒー栽培域(当時の主産地サンパウロ州南部と新興地パラナ州北部)には35年振りの大霜害が襲った。同1953年、終戦(サンフランシスコ講話条約発効)間もない日本では、全国珈琲協会と珈琲輸入協会とが合併し「全日本珈琲協会」を発足、翌年以降にコーヒーの国際市場が価格急騰で混乱する中、消費振興の一策として、映画による知名を借りた銘柄「キリマンジャロ」の創出が謀られた。
 
 《キリマンジャロなんて聞いたことがあるが、アフリカの高い山だっけ。熱帯でも
  雪のある山だったね。そのどのあたりでコーヒーが採れるのと尋ねて、誇り顔
  の人を困らせたくなったりする。》 (井上誠 『第三の珈琲』 近代社:刊 1956年)
 
癸巳2013年の現在、「キリマンジャロ」コーヒーの主産地はキリマンジャロから600km以上遠く離れた南部高地に移り、原産地モシ地区で栽培されたものは僅か1割も無い。「キリマンジャロ」コーヒーは、癸巳年に名も無く源を生じ、還暦1元を廻った癸巳年に日本独自の商魂で名付けられ、さらに還暦1元を廻った現在では既に衰滅しつつある。頂で雪を失い麓でコーヒーを失う名峰キリマンジャロ、この山には豹よりも蛇の屍こそが相応しいか? そこに再生はあるか? 「キリマンジャロ」コーヒーのウロボロスである。
 
 
【輪廻の蛇】
 
2013年より60年(1元)前の癸巳1953年、サイエンスフィクション(SF)のビッグ3であるアーサー・C・クラークとアイザック・アジモフは、ニューヨークのパークアベニューで会談し、‘Asimov-Clarke Treaty’(アジモフ-クラーク協定)を結んだ。この頃、残りの1人であるロバート・A・ハインラインは妻と一緒に世界を周回する旅を楽しんでいた。
 
 《わたしは自分の指輪を見せてやった。(略)「ギリシャ神話の蛇……自分の尻
  尾を無限に呑みつづける輪廻の蛇。偉大なパラドックスの象徴でね」》
 《人はアル中になることを「蛇に憑かれる」というが、わたしは人間に憑かれる
  のだ。》 (Robert Anson Heinlein ‘—All You Zombies—’ 1959年
  井上一夫:訳/ハインライン傑作集2 『輪廻の蛇』 ハヤカワ文庫SF487 早
  川書房:刊)
 
「輪廻の蛇」の他にも、「時の門」(By His Bootstraps)や『夏への扉』(The Door into Summer)や『ウロボロス・サークル』(The Cat Who Walks Through Walls)を著したハインラインは、時の環や鎖、時間を周回する旅に憑かれたウロボロスの作家である。
 
 《与件 問題の宇宙では、タイム・トラベルも過去の変更も認められる。 結論 こ
  の宇宙には、タイム・マシンは発明されないだろう。(略)歴史の中で、過去を
  干渉から保護するための最も簡単な変化は何か? そうだ、タイムマシンのな
  いことだ!》 (Larry Niven ‘The Theory and Practice of Time Travel’
  1971年 山高昭:訳/ラリイ・ニーヴン 『無常の月』 ハヤカワ文庫SF327 早
  川書房:刊)
 
ラリイ・ニーヴンは、タイムマシンの実在を許さない‘Niven's Law’(ニーヴンの法則)を唱えて時間における環に厳しいが、空間における環には‘カホな’夢想を拡げている。
 
 《「…リングワールドをつくった連中は、でっかい山がひとつ要ると思ったんだろ
  うな。大きすぎて、使いみちがない。コーヒーを植えるにも、いや、どんな樹を
  育てるにも高すぎるし、スキーをやるにも大きすぎる。豪勢な山だ!」》
  (Larry Niven “Ringworld”『リングワールド』 小隅黎:訳 早川書房:刊
  1970年)
 
「リングワールド」は内側が地球の表面積の約300万倍の広さがある、いわゆるダイソン球を輪切りにした直径約3億kmの円環状天体、宇宙に浮く巨大なウロボロスである。「神の拳」(Fist of God)と呼ばれる山、その麓のみで地球の表面積に匹敵するので、私は使いみちとしてコーヒーを栽培するに最適だろうと「神の拳」コーヒーの香味を想う。
 
 
【コーヒーウロボロス夢幻】
 
2013年より75600年(60蔀)前の癸巳年、後に「神の家」と呼ばれる山頂を見上げながら、彼は独り息絶えようとしていた。過ちは、白く輝く頂に魅せられて、低温を耐えながら食べるものさえ無い斜面を麓から這い登ってきたこと。しかし、不思議と悔いはなかった。いや、それも麓で食べつけない赤い実を呑んだ影響なのかもしれなかった。遥か遠く北西の大きな湖の辺りから繁り来たという樹、その赤い実には活力を感じた。噂によれば、彼の仲間の多くは赤い実を食べながら、北西の湖より北東にある土地を目指して進んでいる。その高原地帯へは、彼のいるこの山から北へ北へと進んでもたどり着けるはずではあったが、もはや山を越える力が彼には無かった。死の間際に彼が見た幻景は、北の高原に棲む別種の生き物に赤い実を食べるように唆している仲間の姿だった。だが、遥か後にその別種の生き物が赤い実の中の種に火の洗礼を施した時、芳しい香りを伴なって彼の体と同じ褐色に変わる…キリマンジャロの頂近くで屍となったキリマンジャロストライプハウススネークに、それは解き明かせ無かった。
 
2013年より1260年(1蔀)後の癸巳年、前は「神の拳」と呼ばれた山の頂を見上げながら、彼は独り息絶えようとしていた。過ちは、白く輝く頂に魅せられて、低温を耐えながら食べるものさえ無い斜面を麓から這い登ってきたこと。しかし、不思議と悔いはなかった。いや、それも麓で食べつけない赤い実を呑んだ影響なのかもしれなかった。死の間際に彼が見た光景は、あの赤い実を生らせた樹が、見渡す限りの麓の斜面に拡がり繁った、緑の大海だった。ここで繁茂した赤い実の生る樹が遥か遠くの惑星で衰滅したと思われている「キリマンジャロ」コーヒーの子孫であること、自らも「神の家」と呼ばれた山頂近くで死んだ蛇の子孫であること、そしてノウンスペースに浮かぶこのリングワールド自体が空間も時間も巨大なウロボロスであること…「神の拳」に抱かれつつ屍となるリングワールドストライプハウススネークに、それは解き明かせ無かった。
 
 
   coffee-ouroboros (1)
2013年もまた蛇の如き深い迷妄で、コーヒーの終局と再生を示すウロボロスを探ろう。
 
コメント (6) /  トラックバック (0)

コメント

No title
ちんきー URL [2013年01月01日 10時04分]

明けましておめでとうございます<(_ _)>
今年も宜しくお願いしますd(^^*)

No title
ナカガワ URL [2013年01月01日 11時27分]

すいません、いつも下らないコメントばかりでお騒がせ。
ふたつの画像は、どこかから引用?でなく、自作でらっしゃいますよねえ。いつも感心して拝見しております。
グーグルのヘンなアニバーサルロゴも、このブログのパクリ?じやないかしら。
巨大な象牙のエピソードの小説を昔読んだのですが、なんだったか思い出せない。食事に不適なマンモスの牙の話もどこかで。

No title
しんろく URL [2013年01月01日 21時40分] [編集]

今年もよろしくお願いします。
ウロボロスってヘビだったんですね、ドラゴンだと思ってました。(RPGにドラゴンとしてでてくるので)

to:ちんきーさん
帰山人 URL [2013年01月01日 21時56分]

こちらこそ、ヨロシク~^^/

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2013年01月01日 22時18分]

リングワールドの画像はまんま借用です。ウロボロスの画像はパクリのコラージュです。
象はマイク・レズニック?マンモスはスティーブン・バクスター?レズニックは読んでないし、バクスターは初期だけなのでやはり読んでないです。叙情が臭うと敬遠してましたから(笑)

to:しんろくさん
帰山人 URL [2013年01月01日 23時06分]

ギリシャ神話系の‘ドラコン’は、大蛇だったり大魚だったりもするので、ウロボロス=竜でも正解なんですよ。ま、私の思いつきで今般のウロボロスはヘビってコトで(笑)

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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