恥じめてのコーヒー

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2012 [2012年12月07日 23時00分]
吉川英治(1892-1962)曰く、「やさしい、むづかしい、どっちもほんとだ。然し、むづかしい道を踏んで踏んで踏みこえて、真に、むづかしさを苦悩した上で、初めて、───やさしい、を知った人でなければ、ほんものではない。」(『草思堂雑稿』1941年)…と。《(たぶん)世界でいちばんやさしいコーヒーの本》と謳うコーヒー本は、本物ではない?
   恥じめて
 
『はじめてのコーヒー』 (堀内隆志・庄野雄治:著/mille books:刊)
 
 《…アフリカのタンザニアとお隣のケニアは同じキリマンジャロの山麓
  にあるので、両国で採れた豆はキリマンジャロと呼ばれています。》 (p.13)
全日本コーヒー公正取引協議会による「レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約」(1991年認定/2008年改正)施行規則第3条(特定事項の表示基準)の(1)のウの別表2によれば、「キリマンジャロ」コーヒーとは「タンザニア産アラビカコーヒー豆をいう。但し、ブコバ地区でとれるアラビカコーヒーは含まない。」と定められている。『はじめてのコーヒー』は、公正競争規約に真っ向反して、ケニア産コーヒーまでも「キリマンジャロ」であると説く…初心者には酷な話であり、やさしくない。
 
 《お米は、どこそこの地域で作ったコシヒカリ、どこそこ産のあきたこまちなど、
  数え切れない種類がありますよね。(略)ブラジルは世界一のコーヒー豆
  の産地。広大な国なので、採れる地域によって味は違います。》 (p.15)
意味不明である。ブラジルの23分の1しかない国土面積の国の米を多様としておいて、コーヒーの味の違いの理由が、《広大な国なので》とは?…仮にもこの理屈に倣えば、「エルサルバドルは国土がブラジルの404分の1、日本の18分の1しかない狭小な国なので、コーヒーは国内のどこで採れても全く味に違いはありません」ということになる。実際には品種や精製を揃えて考えたとしても、エルサルバドル産コーヒーの地域間での味の差は、ブラジルのセラード産内の差よりもはるかに大きい。誤った説明である。
 
 《ストレートというのは…(略)基本は同じ農園で採れた豆を焙煎したもの
  ですが、流通の過程で複数の農園の豆が混ざる場合もあります。》 (p.16)
いつから「ストレート」が基本的に単一農園産を示すことになったのだろうか? 笑止だ。流通上の実態は、《混ざる場合もあります》どころではなく、《ストレートというのは、同じ生産国内で数十から数千の農家の豆が混ざるものが基本です》、と説明すべきだ。
 
 《茶道のような、「コーヒー道」なんてないので。》 (p.27)
そう想い込みたいのは著者の勝手ではあるが、獅子文六(『可否道』著者)・田中祥介(「珈琲道」マスター)・成田専蔵(珈琲点前の首座)・藤岡弘、(珈琲道の実践)各氏に面と向かっても吐ける言葉であろうか? 無礼であろう。また、コーヒーセレモニーなどの風習や歴史を否定するような言は、非礼であろう。エチオピア人よ、一斉蜂起せよ!
 
 《私はペーパーハンドドリップのコーヒーの淹れ方教室をやらせていただく
  ことがあるのですが、その際におうちで使っている器具をお持ちいただく
  ようにお願いしています。そういえば、ハンドドリップの教室とお伝えして
  いるのに、サイフォンを持ってきた方もいました。》 (p.34)  
 《ほかにも、おうちで使っている道具というので、電気でお湯を沸かすポット
  をそのまま持ってきた方もいました。》 (p.36)
言いつかった通りに《おうちで使っている器具》としてサイフォンやポットを持っていくと、《ハンドドリップの教室とお伝えしているのに》などと非難がましく嘲る、如何なものか? 意を通ずる技量に不足していたのは誰であったか? 無辜のシロウトに、やさしくない。
 
 《…タカヒロというメーカーのポットを使っています。このポットは軽くて、
  本体から細いパイプが出ているので湯量がコントロールでき、とても
  使いやすいです》 (p.58)
間違いである。湯量を自在にコントロールしやすいドリップ用ポットは、カフェ・ド・ランブルやサザコーヒーのオリジナルポットのように注ぎ口が充分に根太で先端が鶴口になっているものである。細いパイプが出ているタカヒロ(やパールやカリタやメリタなど)のポットは、(元々細いとはいえ)同じ太さで流れ出る湯をスピードでしかコントロールできない。デザイン志向をすり替えた似非機能論(本書著者に限定する非難で無い)。
 
 《…基本的には常温で保存してください。(略)冷蔵庫の中は霜ができる
  くらい湿度が高いので、コーヒー豆が水分を吸ってしまいます。》 (p.65)
常温保存の提唱には賛同するが、《冷蔵庫の中は霜ができるくらい湿度が高い》などと誤った説明をすること、許し難い。(恒温高湿機能のある野菜室などを除いて)一般に、冷蔵庫内の湿度は部屋の湿度などよりも低い。霜ができるのは、庫内が高湿度だからでは無い。日常科学の初歩を誤るとは…初心者に酷な話であり、やさしくない。
 
本書『はじめてのコーヒー』が目標とするところは、《この本を読んだ後、缶コーヒーやインスタントコーヒーを飲んでいる方が、自分でコーヒーを淹れてみようと思ってくれたら嬉しいです。》(はじめに p.3)らしい。本書で繰り返される言葉は、《わかりやすく》や《簡単に》や《エンジョイ・コーヒー!》であるが、それは安易や安直と置き換えてもよい程に、誤謬や暴論も含まれていることは、上記で指摘した通りである。私はこう言おう、「コーヒーは、やさしい、むづかしい、どっちもほんとだ。然し、むづかしい道を踏んで踏んで踏みこえて、真に、むづかしさを苦悩した上で、初めて、やさしい。それを知るつもりがある人でなければ、缶コーヒーやインスタントコーヒーを飲んでいればよい」と。《世界でいちばんやさしいコーヒーの本》と謳うコーヒー本は、「恥じめてのコーヒー」だ。
 
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コメント

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ナカガワ URL [2012年12月08日 21時38分]

堀内さんは、後期トリュフォーとブラジル「音楽」と「喫茶店」のマニアだと思っていました。一度どこかで、ちゃんといまの3題話に「オチ」をつけてもらわなきゃ。----ということで、ふと神田やぶの近くにショパンという喫茶店があることを思い出しました。ショパンは音楽雑文の宮某某が池袋の方で名曲喫茶を開いていたのの名前でもあり----堀内さんは「ショパン」みたいな方かと。----でもまだあるのかなショパンという店は----検索したら、なんと増殖していました。「カフェショパン協会」ができそうなくらい。しかも没200年でショパンブレンドをだした店まであります。どんな説明で売っているのか興味津々。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2012年12月08日 23時09分]

やだよ、オマエさん。連雀町のショパンっていやぁ、あんオーレと動物灰皿の店だろ?堀内さんはコーヒーミルを集めてプロレス観る人だよ。それをショパンみたいだなんて…あ、動物灰皿には似ているかもねぇ。で、何かい?生誕200年じゃなくて没後200年を出した店があるのかい?気が早いねぇ。長野の珈琲屋さんもショパンブレンド出していたねぇ、最近じゃ東京までお店をよこしたらしいじゃないか。帰山人とか言う人が、その店のことを心配していたよ、「ショパンは故郷に帰れないまま死んだけど、あの店は大丈夫か」って。私ゃどうなっても知らないよ。オマエさんも何とか言っておやりよ。

No title
珈子 URL [2012年12月09日 09時40分] [編集]

「」内・・・・・うううう感動しました!
このまっただ中にいます!踏んで踏んで踏んで踏んでいます。書き写し焙煎機のそばに貼りました。猛然とファイトが出ました。
頑張って今日も焙煎します。納得のいくまで!
アリガトウゴザイマッス☆☆☆

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じょにぃ。 URL [2012年12月09日 11時22分] [編集]

帰山人さん。
お二人の高度なやり取りを見て
普通のコメントを書く勇気が無くなってしまいます。(^^;)

昨日。
カフェスイーツに紹介されていたので
買おうかと思っていたんですけど
流石帰山人さん。早いですね。

帰山人さんの指摘が
私の”しょぼしょぼ脳”でも
即座に理解できるほど
う~んと言う内容ですね。

私も言葉には責任が必要だと常日頃考えているので
人の振り見て我が振りなおせで
がんばって行こうかと思っております。

これも買って読んでみます。

”ああるとさん”のスタイル・生き方いいなと思っているんですが
色んなところで色々見えてきたら
『結局、この人もそうなんだなぁ』
と思えて今はさほどって感じです。

No title
ナカガワ URL [2012年12月09日 13時18分]

没じゃなく生誕でしたか、すいません。でもショパンなんていう雑誌もなかったでしったっけ。コーヒー特集みたいな号もあったような。「帰山人文庫」にあるのじゃないかしら。
ショパンを弾いていると戦場でも生き残れるらしいから、名前を使うのは縁起がいいのかも。このまま作曲家シリーズとかしてもらうと面白いです。グーグルの何とか記念のアイコンみたいでいいかも。グーグルの場合は年数の端数もOKだし。

to:珈子さん
帰山人 URL [2012年12月10日 14時50分]

《登山の目標は、山頂ときまっている。しかし、人生のおもしろさ、生命の息吹の楽しさは、その山頂にはなく、却って、逆境の、山の中腹にあるといっていい。》(吉川英治『新書太閤記』)…楽しむのはイイけれども目標を忘れるとタダの遭難者になってしまいますからねぇ。
そういや、吉川英治の家が御殿山(品川区)ならば、「もか」標さんの店も御殿山(武蔵野市)だったなぁ…珈子さん、「コーヒーの鬼」になっちゃう?(笑)

to:じょにぃ。さん
帰山人 URL [2012年12月10日 15時01分]

まぁね、人の「スタイル・生き方」っても、それは他人から見た影法師みたいなモンで、光の当たり方や見る角度で影のカタチは変わるからねぇ。庄野さん自体は「たぶん」の人なんですよ、たぶん。私は「タブー」の人だけど、確実に…(笑)

to2:ナカガワさん
帰山人 URL [2012年12月10日 16時03分]

やだよ、オマエさん。帰山人文庫にゃ「ショパン」別冊の『こだわり派のコーヒー店ガイド』があるにきまってるじゃないか。ココをお読みよ、
http://kisanjin.blog73.fc2.com/blog-entry-13.html
あの本を使ってコーヒー屋を巡ったみたいだよ。
それにしても、名前を使うのは縁起がいいのかねぇ。私ゃ、ショパンで生き残ったピアニストよりも、映画の方でバッハBWV1007を奏でたチェリストが気になるねぇ。映画だけってところが、存在の無伴奏さを示しているじゃないか。シリーズ化するにも店によって向き不向きってのがあるんじゃないかねぇ。オマエさんも何か奏でておやりよ。

No title
珈子 URL [2012年12月11日 09時28分] [編集]

嶋中さんの本を読んだ時自分で言ってしまうのもおこがましいのですが・・・自分の中に共通するモノがある・・・ように思いました。人って誰しも「狂気」を持っていますよね。
目標を忘れずたとえ頂上にたどり着かなくともコーヒーを愛して止まない自分をイトオシンデやります。ただの遭難者にならないように。(時々助けてくださいね)帰山人さんは赤鬼?じゃ私は青二才のちっちゃい青鬼(笑)

to2:珈子さん
帰山人 URL [2012年12月11日 14時10分]

いや、私はヤラセができないし優しい心も持っていないので「鬼」にはなれません。「外道」であります。珈子さんこそ赤鬼になって村人に向けて看板を掲げていただきたい。
“こころのやさしいおにのうちです どなたでもおいでください おいしいおかしがございます おいしいこーひーもいれてさしあげます”

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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