珈琲屋の非と否と

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2012 [2012年11月17日 23時00分]
池永陽の連作短編集『珈琲屋の人々』(初出:雑誌「小説推理」2006年7月号~2008年
9月号の奇数月号に7短編を14回掲載/単行本:2009年1月発行/双葉社:刊)が、今
2012年秋に双葉文庫になった。初読、なかなか味わい深くも考えさせられる本であった。
   非と否と
 
 《東京は下町の商店街にある『珈琲屋』。主人の行介はかつて、ある理由から人を殺し
  ていた……。心に傷を負った人間たちが、『珈琲屋』で語る様々なドラマを七編収録。
  情感溢れる筆致が冴える連作集。読み終えると、あなたはきっと熱いコーヒーが飲み
  たくなる。》 (双葉社Webサイト:本の紹介)
 
物語の舞台は、無論、架空の店ではあるが、かなりの「スペシャルティ」コーヒー屋である。
屋号自体が「珈琲屋」、ユニークな屋号である。‘iタウンページ’で「珈琲屋」を検索すると、
北海道1店・福島県1店・神奈川県2店・新潟県1店・愛知県3店・岐阜県1店・大阪府1店・
兵庫県1店・岡山県1店・広島県1店・宮崎県1店の計14店(2012年11月17日現在)と
数少ない。飾り気の無い屋号は、主人公の宗田行介が人を殺した前科者であることにも
著者が配慮したのかもしれないが、「珈琲屋」の名乗りは運営の実態とも全く矛盾が無い。
『珈琲屋の人々』の中で「珈琲屋」店主・宗田行介が飲料を供した描写を拾うと、計14人
の登場人物が計45杯の飲料を喫している(水は除く)。その全ては、アルコールランプが
熱源のサイフォン式抽出器具による特製ブレンドコーヒーである。客が高校2年のJKで
あろうが69歳の爺であろうが、一切躊躇無くサイフォン淹ての熱い特製ブレンドコーヒー
一本で推し通す…殺人者・宗田行介こそ真の「コーヒーの鬼」である、とでも言いたいか?
屋号も飲料も一見は古臭くあっても、ここまで純一無雑に通俗を極めていれば、それは
「非・コモディティ」に昇華するユニークネス、これこそ「スペシャルティ」コーヒー屋である。
 
   非と否と (1)
 《…突然行介の頭にある言葉が浮んだ。あのとき冬子と一緒に観に行った映画の題名
  だ。(略)「あれは確か『恋人までの距離』っていうアメリカ映画で、旅先で知り合った
  男女が恋に落ちる話だ。確かあの結末は――」…》 (『珈琲屋の人々』文庫p.317)
 
『恋人までの距離(ディスタンス)』(Before Sunrise/1995年)の舞台はウィーン、占い
師に遇う「クライネスカフェ」のテラス、電話掛け遊びで告白する「カフェ・シュペール」など、
これほどコーヒーに連関した映画を観ておきながら、「珈琲屋」店主の宗田行介はそれを
長らく失念していて想起できなかった。コーヒー愛好家としては完全に失格であり、真の
「コーヒーの鬼」などではなくて「コーヒーの殺人鬼」と呼ぶに相応しい為体(ていたらく)だ。
女に思い入れるほどにはコーヒーに思い入れが無い徴証、宗田行介が淹れるコーヒー
など高が知れているシロモノであろう、それを1杯450円で出して客に《うんと上等のコー
ヒー》と思わせているのだから始末が悪い、これこそ「スペシャルティ」コーヒー屋である。
 
 《冬子はやけに明るい声を出した。「この前の映画の結末。再会を約束して二人は別
  れることになるんだけど、私はやっぱり、あのあとにまたドラマが始まるような気がす
  るな。人生って、ずっとずっとつづくんだから」》 (『珈琲屋の人々』文庫p.327)
 
物語の最後に勿体ぶって語らせて締めなくとも、現に『恋人までの距離』には『ビフォア・
サンセット』(Before Sunset/2004年)という続編がある。さらに、その続編『ビフォア・
ミッドナイト(仮題)』(Before Midnight)も、2012年9月4日にクランクアップしたらしい。
非凡なコーヒー屋として味わい深いが、淹れられたコーヒーは味わい悪そうで飲むことを
拒否したい「珈琲屋」の物語も、雑誌「小説推理」2011年4月号~2012年11月号の間
に「続・珈琲屋の人々」として14回掲載された。映画と同様に『珈琲屋の人々』も《ずっと
ずっとつづく》のだろうか?初読した『珈琲屋の人々』では《読み終えると、あなたはきっと
熱いコーヒーが飲みたくなる》こと無く、「珈琲屋の人々」というよりも「珈琲屋の非と否と」
とでも言うべきコーヒー小説と感受しながら、適温の旨いコーヒーを自分で淹れて飲んだ。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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