お茶目な失態

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2012 [2012年11月03日 23時00分]
嚮日2012年7月8日、鋒鋩を想わせる眼光で方方の映画に出ていたアーネスト・ボーグナインは、ホーボー退治(『北国の帝王』)に逝ってしまった…コーヒー入り炭酸飲料‘Borgnine's Coffee Soda’に名を残して…。同日、日本コーヒー文化学会(JCS)の前(初代)会長にして名誉会長である泉谷希光(いずみたに・まれみつ)氏が逝去した。
  茶の間喫茶店
 
JCSにおける泉谷氏に関する想い出といえば、会費未納の会員に対して会長として納金を督促するも、自身も未納だったというお茶目な失態を謝りながら叱責したこと、あれはいつの総会だったか…。名称のみ「学会」と名乗る「同好会」水準の群れ場に勤務先の大学キャンパスを提供し続けた尽力、女子大だったことを加え今更に感謝。泉谷希光氏が著したコーヒー関連文、JCS以前で有用なものを抄出し、故人を偲ぶ。
 
 
“喫茶店を都市の茶の間に”(消費者の嗜好の問題をどうとらえていくべきか) 
  茶の間喫茶店 (1)
嗜好とはなにか
 日本人のコーヒーに対する好み、嗜好を定義することは非常に難しい。(略)
 嗜好というのは、ひと言でいえば「その人の好みということだ。ある時間と状
 態における好み、それが習慣化され、歴史化されたときに嗜好になるともい
 える。(略) 匂いにはかなり差があるものもあるが…(略)しかし、少なくとも
 豆の成分において見る限りでは、嗜好云々をいえるだけのデータはないと
 いうのが現状なのである。
  茶の間喫茶店 (2)
日本人はお茶国民か
 欧米人がコーヒーをよく飲むのに対して、日本人はお茶(日本茶)国民だと
 いわれる。はたしてそうだろうか。(略) 多くの場合、このお茶を楽しむという
 行為を私たちはしていない。味にせよ、香りにせよ、悪く言えばでがらしのも
 のを、ただ単にのどをうるおすためだけのものとして飲んでいるのではない
 か。(略) 少なくとも、味、嗜好の面に関しては、決してお茶国民ではないと、
 はっきり言ってもいいのではないかと、私は考えているのである。
  茶の間喫茶店 (3)
なぜコーヒーなのか
 …その味が自分の好みに合わなければ、砂糖やミルクを加えて、ある程度
 はアレンジできる。これは、実にすごいことだ。それまでの日本のお茶の歴
 史にはなかった出来事だといえる。そして、コーヒーが今日、これほどまでに
 私たちに愛飲されている大きな理由がもう一つある。それは喫茶店の存在
 である。(略) つまり、喫茶店が、かつての茶の間の役割をはたしているの
 である。(略)現代の都市社会というのは、茶の間が外に出た社会である。
 (略) 喫茶店というのは、家族が郊外に飛び出した結果、できあがった茶の
 間なのである。
  茶の間喫茶店 (4)
夢を売る商売・喫茶店
 …喫茶店は、(略)よりよい人間関係をつくるための場、それこそ、ここで愛
 が芽ばえて下さいという雰囲気さえ持ったものにしなければならないのでは
 ないだろうか。(略)だから、コーヒーは味だけを問題にしてはいけない。(略)
 そのあたりが、どうも現在は主客転倒していると思えて仕方がない。
  茶の間喫茶店 (5)
コーヒーを選ぶ際の消費者の意識
 「今日はコロンビアにしようかなぁ」 「ブラジルが飲みたい気分だ」 この場合、
 味がわかって言っているのかどうかは、たいした問題ではない。こうやって
 自由に選べるということ自体が大切な要素なのだ。(略) だから、嗜好という
 点においても、これがいい物だという決め方はせずに、どれだけ選べるかと
 いう可能性を増やす方が、より大切なことなのだ。
  茶の間喫茶店 (6)
嗜好は頭でつくられる
 人間だけが嗜好を云々するのは、決してほかの動物よりも鋭敏な舌を持っ
 ているからというわけではない。実際はその逆である。人間は味覚が鈍感で
 あるがゆえに、頭の働きによって嗜好を作ってしまうことができるのである。
 だから、まず頭で思い込んだことが、嗜好として定着してしまうのだ。というこ
 とは、実に怖ろしいことではあるが、嗜好を、マスコミ等の力を利用して操作
 することも可能なのである。もちろん、実行などしてほしくはない。(略) …コ
 ーヒーというものが私たち日本人の生活の中に、深く根づいてきているのは
 確かなことである。そしてそれはまた、単に嗜好という面からとらえてみただ
 けでも、ごらんのように実にさまざまな問題を内包しているのだ。
  茶の間喫茶店 (7)
 (『Coffee Break』vol.9/全日本コーヒー協会機関誌/1984年10月
  20日発行)
 
 
2012年9月15日付けのSearchina(サーチナ)記事「紅茶・コーヒー飲料が堅調な一方、苦境に立つココア飲料」は、《かつては健康ブームに乗って市場が成長し、1996年には246億円にまで拡大したココア飲料市場であるが、今となっては(略)低迷が続いている。》と報じた。確かに、1995/96年冬のココアブームはフードファディズムの最たるものであった。2012年9月5日付け『日本コーヒー文化学会ニュース』第58号・巻末「事務局だより」でJCS事務局は泉谷氏について、《…マスコミ等の出演も多く、一時テレビ出演を機にココアブームの火付け役になられたことを思い出します。》、と記している。この火付けの直後にも泉谷希光氏は、『効いた!!ピュアココア健康法―高血圧、老化防止、便秘、冷え症、ダイエットに劇的な効果』 (さわやか元気ブックス/ 成美堂出版:刊/1996年6月)を著した。
1984年には、《…実に怖ろしいことではあるが、嗜好を、マスコミ等の力を利用して操作することも可能なのである。もちろん、実行などしてほしくはない。しかし、それが実際におこなわれているということは(意識的か否かは別にして)、本当に悲しむべきこととしかいいようがない。》(前掲誌)と言ってメディアリテラシーの課題をいち早く問うていた泉谷氏、後のココアブームで実行などしてほしくはなかった、本当に悲しむべきこととしかいいようがない。これがコーヒーではなくてココアで生じたこと、JCS初代会長としては幸だったのか? 不幸だったのか? それもこれも泉谷氏らしいお茶目な失態といえば言い過ぎか? 今は故人を偲ぶのみ。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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