スペシャルではない?

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2012 [2012年10月20日 23時00分]
休日の昼下がり、3杯目のコーヒーを喫しながら買い置いてある雑誌のページを捲る。『BRUTUS』(ブルータス)No.742(2012年11月1日号/マガジンハウス:刊)の特集「おいしいコーヒーの進化論」を読んで唸る…これは時代を画するコーヒー本だ!
   スペではない?
 
吃驚するべきは、特集「おいしいコーヒーの進化論」を貫く編集姿勢が虚心であること。《5年前の07年、本誌「おいしいコーヒーの教科書」が取り上げたポイントは…》(p.16)、《…という話を最初に聞いたのは5年前。2007年の本誌コーヒー特集の取材で訪れたコペンハーゲンは…》(p.22)と、今般の特集企画が『BRUTUS』No.612(2007年3月15日号)の焼き直しに過ぎないことを躊躇無くゲロする矜持無き性根、凄まじい。
 《山本宇一さんがコーヒーにこだわった店を新丸ビルで始めます。》(2007年号)
 《山本宇一さんが駒沢公園通りに、自家焙煎のコーヒースタンド始めます。》(今号)
数年後の次回コーヒー特集では、《山本宇一さんが自家焙煎の歌声喫茶を新橋ガード下で始めます。》が来るのではないかと期待させるほど、アンクリエイティブであろう。
 
称讃するべきは、特集「おいしいコーヒーの進化論」にある挿絵こそ正言であること。「進化するコーヒーを知るための17のキーワード。」(pp.30-65)に掲載されている花くまゆうさく氏の挿絵8点は、蘊蓄を傾けても誤謬と詭弁ばかりの本文と異なり、真率にして正鵠を射ている。旧2007年号(No.612)のコーヒー特集でも、花くまゆうさく氏の4コマ漫画6点だけが全い明敏さを示していた。今般でも、特集の語る内容全ての中で称讃に価するものは、犀利な描写で唯一に「進化」を続けている挿絵のみであろう。
 
首肯するべきは、特集「おいしいコーヒーの進化論」の主張する言が予見であること。《2012年。スペシャルティコーヒーはもはや“スペシャル”ではありません。》(p.16)と。スペシャルティコーヒーの普及、ブランド化、トレンド品種、さらなる差別化、スペシャルティ・ネイティブ世代…と言辞を弄して潮流の喧伝に努めているが、仮に《「スペシャルティコーヒーを置くことが特段にスペシャルでもなくなってきた」時代…》(pp.16-17)であるならば、それをごく素直に解釈してみよう…スペシャルティコーヒーの世界に新味の無い「陳腐化」が始まっていることになる。残念ながら(?)「スペシャルティコーヒーは、もはやスペシャルではない」と、声高に唱えれば唱えるほどに、ブームやモードやスタイルばかりが先行し、多様化と偽って延命しようにも、潮流の終焉へ加速していく。つまり、特集「おいしいコーヒーの進化論」の主張する言は、例えば10年後20年後に「ああ、そういえば昔はスペシャルティとか言って騒いでいたね、そもそもスペシャルでも何でも無いコーヒーだったけれど」という、概念を消耗した後に忘れ去られる未来を予見しているのである。その時に至り、『BRUTUS』(ブルータス)No.742(2012年11月1日号)の特集「おいしいコーヒーの進化論」は、「スペシャルティコーヒーの終焉」をいち早く指し示していた画期的なコーヒー本として、燦然と輝くことになるのであろう。
 
時代を画するか?は別に、同じ『BRUTUS』(ブルータス)のコーヒー特集であれば、このNo.742やNo.612よりもNo.566(2005年3月15日号)の方が楽しく読める…そんな世迷言をつぶやきながら雑誌を閉じると、傍らのコーヒーもすっかり冷めて…
 
コメント (10) /  トラックバック (0)

コメント

じょにぃ URL [2012年10月21日 13時19分] [編集]

帰山人さん。

あの漫画は思わず笑ってしまいますね。

特に
ゲイシャと
フルーツ盛り合わせが

スペシャルティって
私はよくお米に例えるのですが

今まで銘柄も産地もない"日本米"として売っていたお米を差別化・ブランド化するためにコシヒカリやあきたこまち。南魚沼産などが出てきた。

でも日本ではもともとそんなことは標準で
スペシャルティもそれが標準になって特別ではなくなるのではないかと思っています。


表面上スペシャルティという言葉だけを見れば特別なように感じますがちょっと知れば『なんだ米に置き換えて考えればそんなの当たり前じゃん』となると思うのです。しかし、あの漫画みたいにぼったくりや安売りはせず適正価格で売ることが大事だと思います。

それにしても
ちょうどこの本にカフェマップが載っていて大変助かりました。

あとは金曜日に行く一店を残すのみです。

気まぐれてくれないことを今から祈っています(笑)


to:じょにぃさん
帰山人 URL [2012年10月21日 15時08分]

>あの漫画は思わず笑ってしまいますね。
笑える漫画の方が核心を衝いている…コレは笑えるけれど笑えない事態であります。そういう意味で雑誌編集としてはギャグになっていませんナ^^;

>『なんだ米に置き換えて考えればそんなの当たり前じゃん』となると思うのです。
そこは別の意味で捉えると恐ろしい話でもあります。例えば、BL(ブラスト・レジスタンス・ラインズ)問題。魚沼産の大半も含めて新潟コシヒカリのほとんどはBL(品種上はコシヒカリじゃないのに銘柄上はコシヒカリ)…品種の改良はあってしかるべきですが、その食味や商品価値の是非はともあれ、明らかに流通上は「消費者に優しくない欺瞞の論理」が働いている。あきたこまちにもBLが現れる日も近いでしょう。こういうところも「日本ではもともとそんなことは標準で」、それがスペシャルティコーヒーにもアタリマエに生じていく…コメを追ってスペシャルティコーヒーの「ぼったくり」はもう始まっているのですよ、残念ながら^^;

No title
teaR URL [2012年10月23日 00時12分] [編集]

こんばんは。やっぱり厳しいコメントですねー。待ってました笑
僕は久しぶりに読んだコーヒー本だったのですが、なかなか楽しめましたよ。キーワードはテロワールとか笑

スペシャルティはもはや~は、意味は違うけど同感(ちょっと前にブログでも書きましたけど、スペシャルティと書いてあると逆に怖いくらいなので)だなぁなんて思っていたら、やっぱり帰山人さんもつっこみをいれてましたねー。

5年前の特集は読んだかどうかも定かではないのですけど、変化したのは焙煎や抽出にもやっと日が当たってきたってことでしょうか。

昔は豆の質こそ命で、抽出のことなんて言おうものなら怒られたりしましたからね。プレスじゃないとダメとか言っていた人がドリップもやってたりするのを見ると、逆にえーって思ってしまいます。どんなに他の抽出器具に注目が集まっても、絶対プレスだ!っていう方が好感が持てますね。

とはいえ焙煎も抽出も、多くのお店が焙煎度同様浅ーい認識ですよね。

進化するコーヒーのキーワードなんて、多くが5年前のネタじゃない?って思ってしまったり…。

でもまぁ味はともかく、スタイルとしてはいろんなコーヒー屋が出来てきたのはうれしいですけどね。まぁワインばかり飲んでいる僕がいうのもなんですが…。

to:teaRさん
帰山人 URL [2012年10月23日 15時17分]

>変化したのは焙煎や抽出にもやっと日が当たってきた…昔は豆の質こそ命で、抽出のことなんて言おうものなら怒られたりしましたからね…
ココでニヤリ。いやね、ホセ(川島良彰氏)あたりの嘆きに倣えば「日本のコーヒー界は焙煎と抽出こそ命で、豆の質のことなんて何にも考えちゃあいねえ」って主張もあるワケで…。事実、CoE何位の豆とかメニューボードに掲げておきながら、「まぁ、でも焙煎は直火が基本だし、抽出はドリップが一番…やっぱ、焙煎と抽出は大事だよ」とか言う老舗のコーヒー屋ってケッコウ多いからねえ。昔ながらの珈琲屋も、今ドキのカフェも、インプリンティングから逃れられないのは同じ、ってコトでしょうか(笑)。
どっちにしても、多様化しているようで実は個個では進化しない「浅ーい認識」の連中ばかりが十中八九、というのがコーヒー業界。あ、コーヒーに限らないか、コレ^^;(笑)

No title
ナカガワ URL [2012年10月23日 15時27分]

掲載店で、視察に行った方がよい店をご案内ください。一度実地に確かめてみたいと思います。隣の芝生カタログに使われて地ならし投資の犠牲になるところなのか?隠れセレブの隠れ道楽なのか?

No title
安井 功 URL [2012年10月23日 21時49分]

久しぶりです。僕にもメールアドレスを教えていただけませんか、なかの庵がなくなって連絡のとりようがないので

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2012年10月23日 22時27分]

いや、私が訪ねてある掲載店はごく限られています。その中で「行った方がよい店」…うーん、難しい(ほぼ「無い」と同義語か?:笑)…抽象主義的ニューウェーブ店は、行けとも行くなとも…自家焙煎ではないけれど國友氏の‘OMOTESANDO KOFFEE’は面白いと思った、アヴァンギャルドの臭いがマトモ。まぁ、掲載店の寿命は平均すると極めて短いと思われるので、勢いで行くしかありません^^;

to:安井功さん
帰山人 URL [2012年10月23日 23時08分]

コレはお懐かしい、ご無沙汰しております。メアドは送っておきます。でも、このブログにも来てネ(笑)

No title
cocu-coffee URL [2012年10月31日 23時20分]

Twitterでもつぶやいたのですが、味の方向性は自身の体験がもとになっているのではないか?と思っています。それは自分にも言えることで自分が美味しいと感じたコーヒーしか認めたくない気持ちは解らなくもありませんし、自分にも少なからずそういった気持があります。しかし、”本当”のコーヒーなどは存在するはずが無く、存在するのは”ちゃんとした”コーヒーなんだと思っています。スペシャルティー、浅煎り、オールド、深煎り等々のくくりにとらわれず”ちゃんとした”コーヒーを提供出来る店になりたいものです。なんか、田口さんみたくなってしまいました。(笑)

to:cocu-coffeeさん
帰山人 URL [2012年11月01日 16時30分]

“本当”と“ちゃんとした”の違いはなんでしょう?「ちゃんと」は「良い」とか「正しい」とか「しっかり」とか「堅実」とか?
高円寺にある老舗珈琲屋、コーヒーの味の方向性は私の好むところではありませんが、店としては畏敬します。親子2代で80年弱続いているからです。曰く、
「美味しさを判別することは、さほど難しいことではありませんが、多少の経済的負担と、舌の訓練、そして美味しさを求める心のゆとりと継続性が要求されます。味を創る私には、完成品はありません。常に今、一番美味しいコーヒーは何か、生豆の選択、ロースト、ブレンドと、とどまることのない葛藤が毎日続きます。本物の味の良さとは何なのかが分からない珈琲好きの人々に、本当の美味しさを伝えたい…しかし、それを探し出すのは私ではないのです。」
と。私のようなシロウトには不要で、「ちゃんとしたコーヒーを提供出来る店」のプロに求められるもの。継続性、安定性、再現性であります。「ちゃんと」は「観足下」だと思います。マニアや他店の足下を観ていては、方向性は定まりませんナ。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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