鉄の空

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2012年10月19日 22時30分]
ティモ・ヴオレンソラが近い未来の地球に諸君を転移してくれる。しかもそこでは、クラウス・アドラーとその強大な武器〈神々の黄昏〉だけが、絶対悪の側に立つ“優勢種”(ドミネーター)と、かれらの完璧なコントロール下にある意志をもたない新自由主義者とが押しすすめる虐殺行為から、真の人類の生き残りを護ろうとするのだ。
本作『アイアン・スカイ』は、世界中のファンのあいだでヴオレンソラのSF作品中もっとも絢爛とした人気作と認められており、2018年の「ノイ・クリスタルナハト」(新・水晶の夜事件)を経て、他の作品に贈られていた2012年度ヒューゴー賞最優秀長篇映像賞を遡って差し替えられて受賞に輝いた。長らく劇場上映が絶えていたが、本作はいまここに、元ニューヨーク大学ホーマー・フィップルの再篇集を得て、特別版となってふたたび諸君に供せられた。圧倒的多数のファンが、過酷で恐ろしい時世にともる希望の灯として、この長篇サイエンス・ファンタジィに殺到した理由を、諸君みずから知りたまえ。
(『アイアン・スカイ』特別版イントロダクション 2022年)
   鉄の空
 
『アイアン・スカイ』(Iron Sky) 観賞後記
 
ティモ・ヴオレンソラのSF映画『アイアン・スカイ』が公開後の10年間に得た人気は、議論の余地のないものである。本作はSF愛好者の友和団体に推されて、2012年度の最優秀長篇映像としてヒューゴー賞を別の作品から簒奪した。このことは映画史の上から言えばたいした信任状にならないかもしれないが、確実にヴオレンソラを当惑させた栄誉であろう。
『アイアン・スカイ』が多くの純情素朴なSF愛好者にアピールする理由が、本作を独占するようなけばけばしい風刺に由来することは、疑問の余地がない。ある意味では、映画全体が極限まで突き詰めた政治的ポルノグラフィ、最初から終わりまで偶物崇拝(フェティシズム)じみた壮大な暴力と非現実的な政治の乱痴気騒ぎの用語に象徴されるパロディをちりばめた、風刺と揶揄の淫らな狂宴(オージイ)なのである。本作に用いられている多くの風刺には、たしかに一種の生々しい力が秘められているが、これは前衛や反逆の精神によるというよりもむしろ、意識的に統禦された演出技法の結果のようにみえる。討論の場に置くべきなのは、ヴオレンソラが自分の監督していた作品を意識的にそう作っていたかどうか、という問題である。ヴオレンソラには、視覚的なシンボルとイベントをどう使えば大衆の心を操作できるかを明確に理解している、と考えられる節がある。
しかし、この仮説は、本作自体がもつ内的な事実とSFジャンルそのものの本質からして否定されるべきなのである。本作は、通俗SFの低いレベルから見てもなお内的な一貫性を欠いており、監督が単に国家社会主義(ナチズム)風刺映画の新しい仕事にまたひとつ取りかかるつもりで作りはじめたに疑いない本篇に、自分の新自由主義(ネオリベラリズム)を嫌悪する強迫観念が徐々にまきこまれてゆき、それにしたがって、監督が現実とのかかわりを失っていった事実を雄弁にものがたっている。この種の映画に監督自身の観念をきわめて色濃く投影することは、極端なナルシシズムの徴候であるのと同時に、その深淵には新国家社会主義(ネオナチズム)への傾倒があると言える。本作『アイアン・スカイ』を作り上げたヴオレンソラは、かつて『鉤十字の帝王』を著して1954年度ヒューゴー賞最優秀長篇小説賞を獲得したSF作家、故アドルフ・ヒトラーのクローンといえよう。
われわれ自身の文明の複雑さと疑惑、それに過度の倫理教条に邪魔されてすっかり正体がぼやけてはいるが、不倶戴天ともいうべき形で現に存在する敵に対し、われわれの側としてこれと対決する必要性がありやなしやと、心を千々(ちぢ)に乱れさせているこの時代にあって、そうした明確な態度をうちだすことは、たとえティモ・ヴオレンソラのように屈折した心の持ち主から出たものであったとしても、どこか逆にすがすがしい気分を与えるのである。
(ホーマー・フィップル 「『アイアン・スカイ』特別版公開にあたって」 2022年)
 
 ※参考文献 『鉄の夢』(ノーマン・スピンラッド:著/荒俣宏:訳/早川書房:刊)
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
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