懲り懲り懲り

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2012 [2012年08月12日 06時00分]
タレーラン(Charles-Maurice de Talleyrand-Périgord)の美食家ぶりを、同類なるガストロノームとして羨み称揚したアレクサンドル・デュマ(Alexandre Dumas, père)、だが大デュマの実父は、志節堅固なるフランス陸軍の軍人として活躍するも、タレーランの教唆によるナポレオン・ボナパルトのエジプト遠征を機に人生を狂わされているのだ。このトマ=アレクサンドル・デュマ(Thomas Alexandre Davy de la Pailleterie)は、フランス領サン=ドマング(後のハイチ共和国)にてフランス貴族でコーヒー農場主の父とその農場奴隷の母との間にムラート(混血)の奴隷として生まれ育ち、後にフランスへ渡って軍人となった。フランス革命の動乱の中でトマ=アレクサンドルが「黒い悪魔」と恐れられていた頃(18世紀末期)、サン=ドマングは砂糖とコーヒーで世界最大の生産地となり、消費と貿易の世界市場を席捲した。「悪魔のように腹黒く、地獄のように熱く策を練り、天使のように純粋に食を喜び、そして恋のように女色に甘かった」タレーランが喫したコーヒー、それは大デュマの祖母たち黒人の血と汗にまみれたものだったか…
 
  懲り懲り懲り
『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』(岡崎琢磨:著/宝島社:刊)は、「第10回『このミステリーがすごい!』大賞」に最終選考で落ちた応募作品『また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』を改稿して、「隠し玉」として改題出版されたものである。本作の特徴は登場人物たちの名前がコーヒーに由来していること、切間美星(きりまみほし)≒キリマンジャロ、藻川又次(もかわまたじ)≒モカ・マタリ、小須田リカ(こすだりか)≒コスタリカ、健斗(けんと)≒ケント、虎谷真実(とらやまみ)≒トラジャ、胡内波和(こないなみかず)≒コナ、水山晶子(みずやましょうこ)≒クリスタルマウンテン、青野大和(あおのやまと)≒ブルーマウンテン…。命名が軽易で安直とはいえ、本作をコーヒー愛好家が好評するべきところは、この名付けの案出のみである。
 
『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』巻末の〈解説・絶賛されたキャラクターに謎を強化した「ご当地ミステリ」登場〉において北原尚彦氏は、
 《…本作はグルメ・ミステリの中でも更に特殊な「コーヒー・ミステリ」。海外作品で
  は『名探偵のコーヒーのいれ方』に始まるクレオ・コイル「コクと深みの名推理」
  シリーズなどがあるが、我が国ではちょっと珍しいのではなかろうか。》(p.363)
と言っている…主人公に倣えば「んぐぁ、と喉で変な音が鳴る」? 私には首肯できない。例えば、第57回江戸川乱歩賞受賞の川瀬七緒『よろずのことに気をつけよ』は、本書と同様にコーヒーに関する蘊蓄(うんちく)が散りばめられたミステリー作品である(蘊蓄の精度が低いことも同様であるが…)。加えて、珈琲店が舞台であることを条件にするのであれば、吉永南央「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズなどがある(第43回オール讀物推理小説新人賞受賞「紅雲町のお草」は『萩を揺らす雨 紅雲町珈琲屋こよみ』収載)。この「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズの主人公お草さん(杉浦草)の「コクと深み」のある魅力は、クレア・コージー(「コクと深みの名推理」シリーズ主人公)や切間美星の香味を遥かに超える。『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』を京都に舞台をおく「ご当地ミステリ」と呼ぶのであれば、「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズは高崎を舞台としたご当地ミステリーである。全く珍しくない、「全然違うと思います」。
 
『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』では、バリスタ切間美星が手動のコーヒーミルで「コリコリコリ」と豆を挽きながら謎解きを進め、推理を終える都度に「その謎、たいへんよく挽けました」と言うのであるが、本書にはミルに「ンガァ、と豆が引っ掛かった」(?)ような意味不明のコーヒー話が挽き残されている。
 《…タレーランの祖国フランスを含む欧州諸国では、コーヒーといえばほとんどの
  場合、日本で広く飲まれるドリップコーヒーではなくエスプレッソを指す。つまり
  伯爵の言う甘さの正体とは、エスプレッソに溶かした砂糖だったのであるが…》
  (p.17)
 《…エスプレッソの本場イタリアでは、デミタスカップを満たした少量のエスプレッ
  ソにたっぷり砂糖を溶かしたうえで、数口でさっと飲んでしまうのが一般的だ。》
  (p.65)
いわゆる「エスプレッソ」と呼ばれるコーヒーの原型は、何をして「エスプレッソ」と呼ぶのかによって解釈が分かれるところではあるが、蒸気機関を備えた抽出器具の走りは1843年にデサンテ(Edward Loysel de Santais)が考案したものを概ね遡らない。だが、これとて蒸気圧自体で湯をコーヒーに通す器具ではなかったのであり、いわゆる「エスプレッソ」抽出の原点は、1902年ベゼラ(Luigi Bezzera)が特許を得た機器をパボーニ(Desiderio Pavoni)が1905年製造を開始したことによる、と解釈すべき。他方で直火式抽出器具によるエスプレッソ(?)に関しても、その開発と実用の普及は1933年ビアレッティ(Alfonso Bialetti)によるモカ・エキスプレスの開発を待っていた。すなわち、1754年に生まれ1838年に死んだタレーランが砂糖を《エスプレッソに溶かし》て飲むことは事実上で不可能である。タレーラン自身も関与したナポレオンの大陸封鎖令(1806年)は、当時のコーヒーの流通にも大きく影響し、デミタスカップの使用が普及したことの一因にはなっていようが、この頃同時にいわゆる「エスプレッソ」が成立したと解釈することには甚だ無理がある。デミタスカップをしてエスプレッソ飲用のための専用器かのように解釈することは誤りである。また本場イタリアのエスプレッソは、《デミタスカップを満たした》量を出すことは少ない。蒙昧な誤解、「全然違うと思います」。
 
タレーランの名を掲げたコーヒーミステリー小説が、タレーランの絡んだ蘊蓄で躓くこと、「悪魔のように…」というよりも「悪夢のよう」である。挽き音も「懲り懲り懲り」と聞こえる。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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