優しく雨ぞ降りしきる

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2012 [2012年06月15日 04時30分]
レイ・ダグラス・ブラッドベリ(Ray Douglas Bradbury)が1920年8月22日にイリノイ州ウォーキーガンで生まれた時、アメリカは既に禁酒法時代に突入していた。アメリカは、《第一次世界大戦後、コーヒーを潤沢に消費できる金を持つ唯一の国家であった。(略)コーヒーの歴史は一面ではアルコールとの競争の歴史であった。イスラーム世界を後にしたコーヒーの歴史の中で、ある国家が自発的にアルコールを禁止するなどおよそ前例がない。合衆国のコーヒー消費量が飛躍的に増大したのも当然であった》(臼井隆一郎 『コーヒーが廻り世界史が廻る』)。1920年代アメリカ全土がコーヒーブームに沸いていた頃、幼きブラッドベリはエドガー・アラン・ポーの作品に親しんでいた。ポーの短編『アモンティリャードの酒樽』“The Cask of Amontillado”も読んでいたか、その幼きブラッドベリには珈琲もシェリー酒と同然な存在だったのか?
 
   優しく雨ぞ降りしきる (4)  優しく雨ぞ降りしきる (5)
 《「中身はなんだい。さっき言っていたアモンティリャード・シェリーかい」 「一八
  七六年ものだよ」 「じゃ、一ぱいいただくか」 魔法壜の口をあけると、湯気の
  立つ液体が湯呑みに注がれる。(略) 「うん、うまい。ああ、こりゃうまい!」
  「コーヒーみたいな味がするけれども、これぞ最高級のアモンティリャードで
  ね」 「うん、まちがいない」二人は月あかりに照らされた世界の町々のなかに
  立って、熱いコーヒーをくみかわす。》 (レイ・ブラッドベリ 「草地」 『太陽の金
  の林檎』 小笠原豊樹:訳 ハヤカワ文庫NV109 1976年/‘The Meadow’
  “The Golden Apples of the Sun” 1953年)
 
1929年の世界恐慌を経て、1933年アメリカは禁酒法を(一部の州を除いて)廃止した。この頃には小説の創作を始めていたブラッドベリ少年は、一家でイリノイ州からカルフォルニア州ロサンゼルスへ移住した。レイ・ブラッドベリの創作意欲は燃え上がり、抒情の幻想に包まれたSF詩人となる。1929年の世界恐慌を経て、コーヒー豆の取引価格は実勢相場で3分の1に下落した。1931年以降、《ブラジル・サントスの近郊には十数平方キロメートルに及ぶ土地に数百万袋のコーヒーが積まれ、焼かれ、煙を上げ、燃え上がる。コーヒーのアロマに包まれた焦熱地獄である》(臼井隆一郎 『コーヒーが廻り世界史が廻る』)。全世界消費量の約2年半分のコーヒーがブラジルで廃棄された。「燃えるコーヒー」の温度が華氏何度に達したか、記録されていない。しかし、ブラッドベリの創作意欲は、1953年に本格的長編小説として『華氏451度』“Fahrenheit 451”に達した。この「華氏451度」(摂氏約232.8度)は、紙の自然発火温度(発火点)を意味しているが、コーヒー豆の焙煎度合でいえば深めのフルシティローストに達する温度(Sweet Maria's Coffeeによる豆の表面温度)?
   優しく雨ぞ降りしきる (6)  優しく雨ぞ降りしきる (2)
 
 《スペシャルティコーヒーの特長を生かすには「230℃で11分」焙くのがいちば
  ん、と唱えているものがある。アメリカ人の同業者らしく、マネするものも出て
  きているという。(略)…この焙煎法がスペシャルティコーヒーには最もふさわ
  しい、といわれるとちょっと首をかしげたくなる。》 (田口護 『田口護のスペシャ
  ルティコーヒー大全』 NHK出版 2011年)
 
コーヒー焙煎の投入温度であれ煎り止め温度であれ、「華氏451度」では香が抜けた様相やダークな世界を呈してしまうことは、いち早くレイ・ブラッドベリが作品で示した。後年にブラッドベリはインスタントコーヒーの「マキシム」(Maxim:味の素ゼネラルフーヅ)の迷作CFに出演し、「いいコーヒーは、活力だよ。」という言に彼は首肯していた。
   優しく雨ぞ降りしきる  優しく雨ぞ降りしきる (1)
 
2012年6月5日夜、レイ・ブラッドベリは死去した。その時、彼が長年に住んで没地となったロサンゼルスの空は晴れ渡っていた。しかし、「ブラッドベリ」という年代記に幕が下ろされたことを人人が知った時に、その心の空からは「優しく雨ぞ降りしきる」…
 
 《キッチンでは、朝食をととのえるストーヴが、しゅうしゅう音を立てて、その温か
  い内部から、こんがり焼けたトーストを八枚と、目玉焼きを八つと、ベーコンを
  十六枚と、コーヒーを二杯と、冷たいミルクを二杯、吐きだした。》 (レイ・ブラッ
  ドベリ 「二〇二六年八月 優しく雨ぞ降りしきる」 『火星年代記』 小笠原豊樹:
  訳 ハヤカワ文庫NV106 1975年/‘There Will Come Soft Rains(August
  2026)’ “The Martian Chronicles” 1950年)
 
 《台所では、朝食を作る料理用ストーブがしゅうしゅう音をたてた。そしてその暖
  かいストーブの中から、きれいに焼けたトーストが八枚、目玉焼きが八つ、ベー
  コンが十六枚、コーヒーが二杯、そして最後に冷たいミルクが二杯、出てきた。》
  (レイ・ブラッドベリ 「優しく雨ぞ降りしきる」 『万華鏡』 川本三郎:訳 サンリオ
  SF文庫6-A 1978年/‘There Will Come Soft Rains’ “The Vintage
  Bradbury” 1965年)
 
6月5日は日本の西半分が入梅の頃、2012年では芒種の初候「螳螂(かまきり)生ず」。
 
 《トマスは、コーヒー茶碗を持ったまま、ゆっくりと体をひねった。すると、山のあ
  いだから、奇妙な物が出て来た。それは翡翠色の昆虫に似た機械で、祈って
  いるカマキリのようなかたちをしていた。》 (レイ・ブラッドベリ 「二〇〇二年八
  月 夜の邂逅」 『火星年代記』 小笠原豊樹:訳 ハヤカワ文庫NV106 1975
  年/‘Night Meeting(August 2002)’ “The Martian Chronicles” 1950年)
 
 《トマスはコーヒーカップを手に持ったままゆっくりとうしろを振り返った。山かげ
  から奇妙な物体が姿をあらわしたところだった。それは緑の翡翠色をした昆
  虫のような機械だった。カマキリに似ている。》 (レイ・ブラッドベリ 「夜の邂逅」
  『万華鏡』 川本三郎:訳 サンリオSF文庫6-A 1978年/‘Night Meeting’
  “The Vintage Bradbury” 1965年)
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ブラッドベリの著作を読みながら喫するコーヒーは、アモンティリャードの香味だろうか? 1920年代から始まる「珈琲年代記」もあるのか? 外は「優しく雨ぞ降りしきる」梅雨…
 
コメント (2) /  トラックバック (0)

コメント

No title
ナカガワ URL [2012年06月19日 23時23分]

はるか昔、稚拙な特撮の、のどかなテレビ版「火星年代記」を見ましたねえ。いつもリー・ブラケットと間違えてしまいます。サンリオ文庫ねえ。ステンレススチールラットとかバロック協奏曲だったかな、捨てるんじゃなかったです。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2012年06月20日 01時13分]

私ゃリィ・ブラケットは好きじゃないので、本も手元に残していないし話も憶えちゃいない^^;サンリオSF文庫にしたって、ハリイ・ハリスンやアレッホ・カルペンティエールあたりは私も捨てちゃいましたよ…
「火星年代記」の改訂みたいに年代を31年分先延ばしても、あんまり未来に違いは無いかも…こっちが‘年代記’になりそうな話ですなぁ(笑)

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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