二冠を称誉する

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2012 [2012年05月26日 05時00分]
進取の気性に富んだ新種のコーヒー本が、刊行から約1年を経て、賞を贈られたらしい。
 
  《本作の受賞理由は、科学的視点を加えた技術の理論化により、新たなコー
   ヒーの価値観を確立し、コーヒー技術書として、またコーヒー文化論としても
   完成度の高さが評価されました》
   (辻調グループ総合情報サイト/2012年5月24日)
受賞したコーヒー本は『田口護のスペシャルティコーヒー大全』(田口護:著/NHK出版)、贈られた賞は「第3回辻静雄食文化賞」である。本書については、その関連事象と共に「日本コモディティコーヒー協会アウォード2011」において「CCAJ賞」の栄誉に既に輝いており、今般はまた「辻静雄食文化賞」の佳名が加わった。辻静雄(1933-1993)氏による辻調理師学校の開校から50周年を記念して、2010年に創設された「辻静雄食文化賞」は、《我が国の食文化の幅広い領域の活動に注目し、よりよい「食」を目指して目覚しい活躍をし、新しい世界を築き上げた作品、もしくは個人・団体の活動を対象に選考し、これに賞を贈るもの》である。幅広い他の領域を抑えてまでコーヒー関連分野で初の授賞対象となった『田口護のスペシャルティコーヒー大全』は、その趣旨に相応しい。
 
 
「コーヒーへの小提言」という一文がある。これは、1975年秋季に月刊喫茶店経営別冊として刊行された『たのしい珈琲 No.2』(柴田書店)に掲載された三ッ木清氏による記事。ここで三ッ木氏は自らが「喫茶店経営」誌の編集に携わった過去6年余の企画を回顧し、同時にコーヒー業界の現状と将来に対して提言している。記事の中で三ッ木氏は(篤農家をもじった)「篤珈家」というべき人物として、《たとえば札幌の楠野氏、和田氏、帯広の高橋氏、福岡の井野氏、大阪の襟立氏、前述の東京の関口氏……等々》と名を挙げて、他の部分でも「金沢喫茶村」(鞍氏)や「倉敷珈琲館」(乗金氏)や「ぽえむ」(山内氏)や「モカ」(標氏)などに触れているが、ここにはまだ「珈琲屋バッハ」田口護氏の名は無い。しかし、三ッ木氏が〔コーヒー人脈〕や〔コーヒー巨視論者〕と章立てて述べる論に田口護氏を念頭に置いた様子はなくとも、私には後年に名を馳せる田口氏の姿が思い浮かぶ。 
 
  《…コーヒーが日本人に飲まれて高々百年であることも人脈不形成の因だろう。
   (略)人脈の形成はこれからなのだろうか。あるいはそれは形成されないのだ
   ろうか。どちらにしても私は強い関心をもってそのことを見ていきたい。ただ研
   究家という甘ったるい存在より、コーヒーに身も心も焼き尽してしまうような烈
   しい実務家が出てきてもよいように思うのだが。》
  《…日本でコーヒーが飲まれるようになって一世紀がすぎている。しかし、未だ
   にコーヒーの品質管理基準や公共施設がないのは問題である。(略)私がい
   いたいのは、生産者からエンドユーザーに到るまで、大多数の人々がわかる
   基準ということだ。》
この後時に、三ッ木氏が述べた通りに「人脈を形成し…烈しい実務で…大多数の人々がわかる基準」に挑戦したのは田口護氏が唯一ではないが、実践して最も成果を示したのは田口氏であるといえよう。「コーヒーへの小提言」の結び、田口氏の影が到来する。
 
  《…コーヒーの研究者はミクロの世界にのみ比重を置きすぎるのではないだろ
   うか。曰く、豆が、器具が、歴史が……と。もう少しコーヒーを科学の場に引き
   だし、事実の解明を試み、コーヒー人間共通の財産を作る方向に進んでもら
   いたい。そのことはコーヒーに限らず他の食品研究への道も開いてゆくことに
   なるのだから。》
今2012年から37年前の三ッ木氏の「提言」に、田口護氏は自らの言説と活動をもって回答している、と私には感じられる。そこには、田口流というべきある種の限定と、道は半ばというある段階の限界は有しているものの、コーヒー業界人としての回答を示した。
 
 
『田口護のスペシャルティコーヒー大全』は、「もう少しコーヒーを科学の場に引きだし、事実の解明を試み、コーヒー人間共通の財産を作る方向に進ん」だ成果を顕彰するに相応しいとして、「辻静雄食文化賞」が贈られたのではないだろうか、私はそう捉えたい。そして「そのことはコーヒーに限らず他の食品研究への道も開いてゆくことになる」のだ。改めて、「CCAJ賞」と「辻静雄食文化賞」の二冠を獲得した畏友・田口護氏を称誉する。
 
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コメント

そうだったんですね~!
珈子 URL [2012年05月27日 07時43分] [編集]

アラッ!知りませんでした。
単純にウレシイナ!
田口さんの大ファンです!
帰山人さんが田口さんのお店でお話をされた・・・という記事を読んで・・こっそり横で聞いていたいなあと思いました。濃厚なおはなしでしょうね~!

No title
シマナカ URL [2012年05月27日 08時31分]

帰山人様
へーえ、三ツ木さんがそんな立派な記事を書いてたんだ。
あいにく『たのしい珈琲№2』は多くの『喫茶店経営』のバックナンバーと共にゴミに出しちゃった。とてもいいお話でした。たしかに田口さんの出現を予感させるような文章だよね。ボクは自著の中で〝裏〟ではなく表の〝御三家〟を描きましたが、本を読んでくれた人の多くは、「心情的には標さんに惹かれるけど、実践的には田口さんから学びたい」と必ず云うものね。たしかに「神が降りてきた」というようなコーヒーじゃ万人向けじゃないし、理論化できない。平易な言葉で解きほぐす、という行為は神が田口さんに与えた役割なのかもしれないね。毒とユーモアの帰山人も好きだけど、マジメな顔した帰山人も好き(笑)。心に滲みました(しみじみ……)。

No title
ナカガワ URL [2012年05月27日 22時02分]

5月19日、ゲイシャがフジヤマに負けて、集まった皆様残念がっていました。特に社長とY先生が。
またこの度は、何の思惑無しに祝ってくださり、きっと感謝しています。

----当社長、先日ポートランド出張でキーホルダーをお土産に買って帰りました。先日都内の外出からの帰り店で20年来のお客様のISさんを見つけると「ISくんににあうキーホルダーなんだ」といって、家まで取りに行き店のカウンターでISさんに手渡していました。自動車整備の会社勤めのお客様で、その方の中学時代の担任が就職後の諸事相談などを、店でコーヒーを飲みながら聞くために同行し、以来ISさんも常連になりました。その担任氏が最初に、何かあったらこの喫茶店のマスターも頼りになると紹介されたのでした。その言葉を忘れずに20年、いつもではないが、忘れないように声をかけ、おみやげを渡し。ISさんもみかんを差し入れてくれたり。----考えてみると開店してからずっと自分が「喫茶店のマスター」であることを忘れたことがないようです。当たり前のような話ですね。
キサンジン様との交流も同様に、「喫茶店のマスター」と遠くから来る常連客がつかずはなれず続いているように見えます。「凡庸」って結構難しくないですかね。

to:珈子さん
帰山人 URL [2012年05月28日 14時09分]

珈子さん、「田口さんの大ファン」なんですね!…私は、「ファン」とは言えないかもなぁ(苦笑)
田口さんと私が喋りあっている時、「濃厚」かどうかはわかりませんが、ほとんど珈琲の話じゃないですね。歴史か社会か芸術か芸能か…ジジ放談ですよ(笑)

to:シマナカさん
帰山人 URL [2012年05月28日 14時24分]

私も素直に褒めてくれるシマナカ師が好きです…って、そんな「いいお話」じゃありませんよ!田口さんと柴田書店との縁を考えるに、(今でも続くセミナーが象徴するように)ある種の共依存が見えるワケですが、「大全」はNHK出版…まぁ田口さんにも三ッ木さんにも、お互いイロイロ言いたいことはあるだろうけど、ここは素直に長き歳月を振り返ってみようよ…業界人じゃ無い者にあるまじきそーゆー魂胆を込めただけですよ、当然。師も好まざるでも関わっているんでしょうに(アッカンベー)、私の祝辞に仕掛けが無いワケ無いでしょ!(笑)

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2012年05月28日 14時55分]

芸者を蹴とばしたにも関わらず、その勝ったはずのフジヤマで惨敗してきました。ますますもって先般は申し訳ありません。
難しいのは「『正しく』凡庸」であり続けることですよ。「正しく凡庸な店」、エーっと珈琲屋はアソコくらい、蕎麦屋もアソコくらい…かなり希少ですなぁ。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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