過ぎし日の迷い2

ジャンル:スポーツ / テーマ:ジョギング・ランニング / カテゴリ:走の記:日常編 [2012年02月17日 05時40分]
1987年11月28日9時7分(日本時間)、南アフリカ航空295便がインド洋モーリシャス近海に墜落し、乗員乗客計159名(うち日本人乗客47名)が全員死亡した。前夜23時23分に台湾(TPE)を発ったボーイング747-244B(ZS-SAS)は、モーリシャス(MRU)経由で南アフリカ(JNB)へ向かう予定であったが、飛行中に謎の火災によって墜落した。同日19時頃、私は成田空港(NRT)内のTVで大惨事「南アフリカ航空295便墜落事故」が報じられているのを眺めていた、ニュージーランド航空34便への搭乗を待ちながら…
 
 過ぎし日迷い 過ぎし日迷い (1) 過ぎし日迷い (2)
その約29時間前11月27日14時頃、私は巨大迷路「ランズボローメイズ泉南」の前に立っていた。同年の10月11日に催された「ランズボローメイズ三保・グランプリ大会」で優勝した私は、その副賞「NEW ZEALAND ランズボローメイズグランプリツアー」に招待された。ツアー集合地が伊丹空港(ITM)なので前日から大阪入りして、行きがけの駄賃よろしく「メイズツアー直前メイズ」を独り楽しむ魂胆で自宅(当時:静岡県島田市)から出掛けてきたのである…が、ナゼか施設は休み。しかし迷路愛好家に迷いは無い…無断侵入して、スタンプカードが無いまま自己計測で挑み、雨中に傘をさして歩いて47分…三保での優勝記録14分と比べて…まぁ好い、迷い遊びツアー独り先行を完了!
 
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翌28日、伊丹空港に集まった男8名は、メイズプロダクツ(運営会社)側5人に、三保・四日市・匹見の各ランズボローメイズ・グランドチャンピオン3人を加えた一団、つまりは社員旅行と副賞招待旅行を兼ねた何とも横着で怪しい構成。成田(NRT)トランスファーで、機中泊ニュージーランドへ飛び、翌11月29日オークランド(AKL)トランスファーでクライストチャーチ(CHC)に到着した。この日午後と翌30日はクライストチャーチを観光&散策。30日昼過ぎ、“庭園都市”に居を構えるメイズプロダクツの福田社長宅を訪ね、庭でBBQパーティー、スチュアート・ランズボロー(Stuart Landsborough)氏も登場、ランズボローメイズ愛好者である私は、そのメイズ創始者と早くも固い握手を交わした。翌12月1日、クライストチャーチを発ち、途中ニュージーランド最高峰マウント・クック山麓を散策し、クィーンズタウンに到着すれば再びランズボロー氏の出迎えを受けた。一団でバスに乗り込んでランズボローメイズの故郷ワナカに向かう、スバラシイ自然の景観を眺めつつも、ランズボロー氏福田氏とのメイズ談議が途切れることは無かった。
 
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そしてついに、元祖ランズボローメイズを目の当たりにする。周囲の木や芝の緑、清清しい空気、丘陵地に建つランズボロー邸から見下せば、そこに拡がる美しい巨大迷路…初めてメイズに挑んだ時より約1年1カ月余、数多くの迷路に迷いながら、ついにココにやってきた!その構成は中央部に庭を有し、自然に逆らわない素朴で優しい姿態だ。
 
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早速‘The Maze’に挑む。4つのチェックポイントがあることは日本各地のランズボローメイズと変わらないが、そこにはタイムレコーダーもスタンプも無い…そう、ツアー前日に「ランズボローメイズ泉南」で独り勝手に遊んだ自己申告&自己計測の方式、それこそ正当にして正統だった。Blue、Red、Yellowと3つのコーナーは次次に楽楽と制した、がGreenになかなか行き着けない…外で「お茶が冷めるぞぉ~」とランズボロー氏が叫んでいる…やっとゴールまでの脱出ルートを確認して出口へ向かう…32分で脱出だ。最も手強くて面白いメイズに迷った約半時間、焦って長くも感じ、楽しんで短くも感じた。
 
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ランズボロー邸でアフタヌーンティーを味わった後、ワナカ湖畔のリゾートホテルに移動、夕食後はラウンジで「日本における巨大迷路事業のあり方」を討議、長い1日を終えた。翌12月2日、ランズボロー氏が開設準備を進めるホログラムアートのアトリエを訪ね、‘The Maze’隣接のパズルショップを覘き、町の資料館を見学し、さらにワナカ町長も務めた町の名士ロイド・ダン氏邸に招かれてホームパティーの夕食、ワインをガバガバ飲んでランズボロー氏と酔っ払い談議。翌3日、もう一度‘The Maze’に寄った後に、ワナカを離れてクィーンズタウンに移動し散策、4日はオークランドに移動して散策し、翌朝オークランド(AKL)を発ってニュージーランド航空23便で帰国、12月5日。私は成田(NRT)で一団から離れ、楽しき旅「ランズボローメイズグランプリツアー」を終えた。
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「南アフリカ航空295便墜落事故」報道に見送られた「NEW ZEALAND ランズボローメイズグランプリツアー」であったが、その墜落事故報道が霞んでしまうほどの大惨事がツアー中に続き起きていた、「大韓航空機爆破事件」である。1987年11月29日14時22分(日本時間)、大韓航空858便がインド洋ベンガル湾上空で爆破されて空中分解、乗員乗客計115名が全員死亡した。当日9時1分にイラク(SDA)を発ったボーイング707-3B5C(HL7406)は、UAE(AUH)とタイ(DMK)を経由して韓国(GMP)へ向かう予定であったが、途中バンコクに到着する前で爆破テロによって空中分解した。ツアー中の私にも、機や実行犯の捜索、事件の経過など迷走する報道が伝わってきていた。航空機絡みの騒動で世界が迷走する中、巨大迷路に血迷った私の過ぎし日の一コマ。
 
  ※「ランズボローメイズ」に関しては、私も寄稿している「全国の迷路」を参照されたい。
 
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コメント

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しんろく URL [2012年02月22日 23時18分] [編集]

帰山人さん若いですねー
ランズボローメイズは滋賀にもありました。小学生のころ2回くらい行った記憶があります。

to:しんろくさん
帰山人 URL [2012年02月23日 02時17分]

ハハハ、そりゃ四半世紀前の写真だからね、被写体も若いワケさね。滋賀は栗東だね、あそこは地下迷路があったね。1987年6月14日に訪問した際、小学生以下には暗くて怖すぎるので、提言したらその後一部改修したメイズです。私ゃ脱出に48分かかったけれど、暗くて怖かったからじゃありませんよ(笑)

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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