コーヒー新元会

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2012 [2012年01月01日 00時00分]
 《徳川時代でも、…“太陽暦”の正月をした人たちがいた。江戸の蘭学者たちが
  集まって「紅毛正月」をやっている。「新元会」といって、今日でいう新年宴会を
  やっているのだ。寛政六年(一七九四年)十一月十一日、(今日の一月一日)
  に、江戸蘭学者の大槻玄沢の塾で開かれた。…百六、七十年前に、蘭学者の
  人達が、どんなブドー酒や、どんな種類のコーヒーを飲んだかわからないし、
  また、珈琲の味を、どの程度までわかっていたかも解からないが、とにかく先
  進国の人間の飲み物として、一応、珍重して飲んでいたであろう》
  (「紅毛正月」/寺下辰夫『珈琲飲みある記』/柴田書店/1962年)
  〔このオランダ正月「新元会」は寛政6年「閏」11月11日に開かれ、それはグ
   レゴリオ暦で「1795年」1月1日に相当する。この寺下の「紅毛正月」の期
   日は誤表記である〕
   珈琲新元会
 
 
2012年、刻みよく半世紀前1962年のコーヒーを愚察しながら、佳辰の新元会としよう。
 
 
【半世紀前のコーヒーは「群龍無首」だったのか?】
   珈琲新元会 (1)
コーヒーを立ち飲みして始まる映画『ティファニーで朝食を』(Breakfast at Tiffany's)は、前年公開から約半年後1962(昭和37)年4月9日に開催された「第34回アカデミー賞」で音楽賞を、主題曲「ムーン・リバー」(Moon River)が歌曲賞を授けられ、同年の5月に発表された「第4回グラミー賞」においてはレコード賞・楽曲賞・編曲賞の3賞を獲得した。『ティファニーで朝食を』は、映画化権を売却した原作者トルーマン・カポーティの条件通り当初主役をマリリン・モンローで企画されていたが、モンローが降りて(次にキム・ノヴァクにも拒否された後に)代替で登板した女、オードリー・ヘプバーン主演で撮影された。以前の映画『ローマの休日』(Roman Holiday)で自らはシャンパンを飲んでグレゴリー・ペックに冷コーヒーを飲ませてアカデミー主演女優賞を獲ったヘプバーン、『ティファニーで朝食を』では自らがコーヒーを飲んだ、それだからなのかそれなのになのかオスカーは逃している。
 
コーヒーで自ら染めたヴェイルをまとって1956年に劇作家アーサー・ミラーと結婚をしたマリリン・モンローは、その頃から「セックスはコーヒーのおかわりやデザートのようなもの」(Nancy Dickerson言)である男、ジョン・F・ケネディとの不倫関係が続いていた。そして、モンローがアーサー・ミラーと正式に離婚した1961年1月20日、J・F・ケネディはアメリカ合衆国大統領に就任した。映画『ティファニーで朝食を』での主演を逃したモンローは、翌1962年3月5日に発表された「第19回ゴールデン・グローブ賞」でヘンリエッタ賞(世界でもっとも好かれた俳優)を得たものの既に精神を病んでいて女優としては凋落し、同年8月4日に怪死した。この1962年の5月19日に開かれたJ・F・ケネディの誕生記念の祝賀会においてモンローは‘Happy Birthday, Mr. President’を歌ったが、ケネディの実際の誕生日である5月29日には奇しくも、オードリー・ヘプバーン主演の『ティファニーで朝食を』でヘプバーン自らも歌った「ムーン・リバー」に対して「グラミー賞」が贈られたのであった。
 
 
【半世紀前のコーヒーは「飛龍乗雲」だったのか?】
   珈琲新元会 (2)  珈琲新元会 (3)
‘Coffee with the Kennedys’というTV番組のキャンペーンやマフィアと繋がった不正を重ねてアメリカ連邦議会議員から大統領にまで登りつめたジョン・F・ケネディは、世界各国へ拡がり進む共産主義化に対抗する一策をコーヒー協定に求めていた。1950年代後半の世界のコーヒー市場は、ブラジルをはじめとする中南米各国に新興したアフリカの生産地域も加えて過剰な生産と在庫、価格低迷に悩まされていた。1957年7月に中南米7ヵ国が集まってコーヒー輸出割当協定(メキシコクラブ)が結ばれ、翌1958年には参加15ヵ国に拡大したラテンアメリカコーヒー協定が締結された。アフリカの生産地域(当時の実権はヨーロッパの各宗主国)も諸国間コーヒー協会を設立し、さらに中南米15ヵ国輸出割当協定へ1959年にフランスとポルトガル、1960年にイギリスとベルギーが加わった。同時にアフリカの各地が宗主国からの(当初は形式的であるものの)独立を果たしていく動向を捉えて、アメリカのケネディ政権はコーヒー生産各国の共産主義化を懸念し、自らの反共政策の道具として使える新たなコーヒー協定を画策する。ソビエト連邦に接近する敵対国キューバが最大生産国として主導している「国際砂糖協定」(ISA)を嫌い非加盟であったアメリカにとっては、対抗策として反共戦略を象徴するにコーヒーは恰好の産品であった。1962年7月9日、国際(戦勝国)連合に名目を借りた国連コーヒー会議が招集されて、輸出割当枠制度を含めた協定の試案が作成された。このケネディ政権主導による試案は、同年9月28日に「国際コーヒー協定」(International Coffee Agreement:ICA)として成立した。その後の「国際コーヒー協定」に対して割当枠制度を廃止(1989年)して脱退(1993年)と復帰(2005年)をしているアメリカ、コーヒーを国際政争の具としてしか捉えられない憫然たる消費大国の愚劣なコーヒー侵襲は、半世紀前に始まっていた。
 
 
【半世紀前のコーヒーは「雲蒸龍変」だったのか?】
   珈琲新元会 (4)
‘Mr. Coffee’という戯称が付されたほど後の1972年より20年以上に渡り同ブランド名の家庭用コーヒーマシンの広告塔となってドリップ式の電気コーヒーメーカーをアメリカに普及させた男ジョー・ディマジオは、1954年に9ヵ月間だけ結婚していた元妻の死報を聞いて駆けつけ、1962年8月8日にマリリン・モンローの葬儀を自ら取り仕切って号泣した。同年同月、日本の武蔵野市は公園通りの一角に軽食喫茶店が開店、後に自家焙煎珈琲店の御三家の一角を成す「コーヒーの鬼」標交紀の吉祥寺「もか」、その前身の店である。この当時、コーヒーの輸入量がアメリカの100分の1にすら満たない弱小消費国であった日本は「国際コーヒー協定」の対象からも除けられていた(日本のICA初参加は1964年)。
 
   珈琲新元会 (5)
《コーヒーをいれる時には、その日の天候――つまり温度や湿度が、強く支配するばかりでなく、器具が陶器でなく、金属の場合は、そのカナ気だの、コシ袋の布臭だの、いちいち響いてくるほど、微妙なものである。しかも、そういうことに、最大の注意を払っても、まだ、思うような味が、出ないこともある》…1962年11月、読売新聞に小説『可否道』の連載が始まった(翌1963年5月まで)。著者である獅子文六は連載後に、《『可否道』を書くに当たって、どうしても、にわか勉強の通にならざるを得ない。そこで、有名コーヒー店や、コーヒー問屋のようなところへ行って、連日のように、コーヒーを飲んだ。…そして外で飲むだけでは満足せず、自宅でも、午後になると、濃いやつをいれて、よく飲んだ。…それにしても、コーヒー小説だけは、もうコリた》(「『可否道』を終えて」)と記している。獅子文六が胃を悪くしてまで獅子奮迅の「にわか勉強」をして書いた『可否道』であったが、半世紀前の日本は、未だ「コーヒー後進国」(当時は「後進国」を公式に平然と使用していた)であった。
 
 
 《コーヒーを前にすると、たいていの時にはお喋りになる。そのホットな性質の
  ためだろう。陰気なよりも陽気な方がよい。コーヒーを飲むと、そんな気持の
  方を引き立たせてくれる》
  (井上誠『コーヒー入門』/現代教養文庫359/社会思想社/1962年)
 
【2012年のコーヒーに未来はあるか?】 
『人類に未来はあるか』(日高一輝:訳/理想社)、バートランド・ラッセルによる“Has Man a Future?”は誤訳だらけの日本語版となって、原書発刊の翌1962年6月に出版された。元リーダーのスチュアート・サトクリフの死(1962年4月10日)とピート・ベストの追放(同年8月)を物ともせずにレコードデビュー(同年10月5日)をしたビートルズにも、アメリカとソビエトとの猿芝居で収束したキューバ危機(同年10月)に虚しく怒ったフィデル・カストロにも、「人類に未来はあるか」わからなかった。そして、1962年の「コーヒーに未来はあるか」も誰にもわからなかったであろう、それは半世紀後の今2012年に至っても未だわからない。それでも私はコーヒーを、「足元から龍が上がる」如く追究し「龍の雲を得る如く」開明したい。
 
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コメント

謹賀新年
ちんきー URL [2012年01月01日 13時24分]

明けましておめでとうございます
今年も宜しくお願いします<(_ _)>
2012年は色々チャレンジの年にしたいと思っています。
※「昭和村ハーフ」宜しくお願いします(o^-^o)

to:ちんきーさん
帰山人 URL [2012年01月01日 21時08分]

ちんきーさん、こちらこそ今年もヨロシク^^
「チャレンジの年」…期は熟したと思います…
昇竜のような飛躍を楽しみにしていますヨ^^/

No title
しんろく URL [2012年01月01日 21時11分] [編集]

旧年中はいろいろとありがとうございました。
今年もよろしくお願いします

to:しんろくさん
帰山人 URL [2012年01月01日 21時29分]

しんろくさん、こちらこそ今年もヨロシク^^
晩秋「いびがわ」を待たず、何処か遊び走りにいきましょう~^^/

No title
ナカガワ URL [2012年01月04日 07時55分]

ディマジオのコーヒーメーカーをお持ちなのでしょうか。この辺のリサイクルと骨董の中間みたいなのが、とてもよいですね。20世紀の発掘品は貴重です。どこか保管して展示しといてほしいです。モマか何かの木の首輪が着いたガラスのドリッパーなんかより、わたしはこっちのメーカーの方が好きです。使ってみたいですねえ。ナイロンフィルター式かしら。実験用ろ紙を使うのかしら。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2012年01月04日 19時00分]

うっ、残念ながらMr.Coffeeは所持しておりません^^;
でも確かに「保管して展示しといてほしい」ですなぁ。日本のコーヒー博物館、ちゃんと収集しているだろうか?エスプレッソマシンとかもそうだけれど、ドリップ式コーヒーメーカーは初期モデルから順番に並べるだけで、その時期ごとの文化や社会事情まで香ってきますからネ。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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