カカオで考えるコーヒー

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2011 [2011年11月17日 06時00分]
コーヒーについて考えるに有益なワイン本が存在するのであれば、コーヒーについて考えるに有益なカカオ/チョコレート本があっても好い…そうも感受できる本を読了。
  カカオロマン
 
『カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン 神の食べ物の不思議』
 (佐藤清隆・古谷野哲夫:著/幸書房:刊)
 
 《…チョコレートの味が生まれる仕組みも変わっている。生のカカオ豆が渋
  くて食べられないので、ローストしなければならないのはコーヒーと同じ
  である。しかしコーヒーと違って、カカオ豆だけを取り出してローストして
  も、チョコレートの味は生まれない。では、どのようにしてあの味が生ま
  れるのであろうか?
  …本書では、「神の食べ物」であるカカオがチョコレートになるまでの長
  い歴史を振り返りながら、その中で重要な役割を果してきたさまざまな
  サイエンスに光を当てたい。》 (「はじめに」)
 
本書の好様は、カカオやそれを原料とする飲料(ココアなど)や食品(チョコレート)に関する総体や網羅から、かけ離れたところにある。読みやすい一般書の体裁であるにもかかわらず、「オール・アバウト・カカオ」でも「チョコレート大全」でも「ココア事典」でもない、全体として均衡を欠いた過不足の多いある意味で偏った内容が語られる。だが、「神の食べ物の不思議」を、農学・生物学・物理学・工学といった著者2人の専門或いは近縁分野の「サイエンス」で説こうとする気迫が感じられて、好様である。
 
 《…ここで、「チョコレートの南北問題」について考えたい。カカオ豆の生産
  者は熱帯の人々であり、消費者は温帯に住む人々である。…「チョコレ
  ート」の形でカカオの利用が普及した現在では、生産者と消費者が完
  全に分断されている。その第一の理由は、チョコレートは熱帯では必
  ず融けてしまうので成立しない食品だからである。…チョコレートを固
  めているココアバターはカカオ豆の発芽のエネルギー源であり、ココア
  バターが固まったら、豆は発芽しない。つまり、カカオの生育する環境
  においてココアバターは固まってはならないのである。》 (「第四章 カ
  カオ豆の発酵と乾燥」 p.70)
 
このカカオ豆に含有する脂肪分の融点によって生ずる課題を、「チョコレートの南北問題」と呼んでいることは、私にとって斬新であり興味深い。例えば巷で「コーヒーの南北問題」といえば、フードシステム論やフェアトレード問題でいうところの価格の差、経済格差を指すもの、と捉えられているだろう。しかし、本書が語る「南北問題」は、なるほどカカオ/チョコレート特有の課題であり、それを「南北問題」と表現すべきか否かには異論も出そうであるが、逆に、価格や経済から離れた観点でコーヒー特有の「南北問題」が隠れていないか?という進取の思考を促されて面白い、と私は思う。
 
本書『カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン 神の食べ物の不思議』の後段、特に「第七章 ヨーロッパ人がカカオと遭遇」のあたりでは、歴史認識として「サイエンス」というより「ロマン」を煽ることを優先したかのような粗い論考を含み、違和感を覚える。だが、本書全体を通じては、脂肪や油脂を軸に「神の食べ物の不思議」を解き明かそうとする試みが、それ自体が成功していることに加えて、他の嗜好飲食品(コーヒーや茶など)との差異として、カカオ/チョコレートという存在を浮かび上がらせている。
 
私から見て、気迫と挑戦に満ちた本が登場するカカオ/チョコレート界は羨ましい。同時に、本書に相対するコーヒー本一冊すら出せぬ日本のコーヒー業界に対して、「スペシャルティコーヒー特有のチョコレート様の香りが云々」だとか請け売り唱えている無学の輩ばかりが跋扈していること、「バカの飲み物の不思議」と誡告を与える。いずれにしろ『カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン 神の食べ物の不思議』は、コーヒーと同時にチョコレートを喫し、ココアやショコラショーも飲みたくなる佳作だ。
 
コメント (10) /  トラックバック (0)

コメント

No title
teaR URL [2011年11月23日 00時52分] [編集]

こんばんは。チョコレートの南北問題…面白いですね。なるほどなぁって感心してしまいました。チョコレートの本はいくつか読みましたが、この本はまた違った角度で、新しい発見がありそうですね。

カカオの進化はすごいですよね。今のチョコになるまでの道のりというか、ココアバターを抜いたり足したり、アルカリ処理したり、コンチング、テンパリング…ここまで変化していった食品ってない?

生産地は飲み物としてはカカオを摂取しているのかな?

to:teaRさん
帰山人 URL [2011年11月23日 17時08分]

そう、カカオ(を原料とする飲食料)の摂取方法の変化は驚嘆すべき歴史だと思いますよ。もともとは、ポッドの中の白いパルプだけ食べて(あるいは酒にして)、豆は捨てちゃっていたんですから…
も一つスゴイと思うのは、チョコレートが(もちろんココアも)発酵ありきの焙煎で香味を生ずるってこと。発酵していないカカオ豆はチョコの味が全然しないワケで、つまりチョコレートの香味は原料カカオ豆を発酵させる農家ごとに全部香味が異なるワケで、それは究極の「スペシャルティ」と呼べる…コーヒーと同様に品種云々ばかりが喧伝されるカカオですが、発酵工程という「カカオ・スペシャルティ」のユニークさに着目したチョコレートの開発が進んでいないのは残念です。
>生産地は飲み物としてはカカオを摂取しているのかな?
うーん、調査不足でわかりません。が、世界生産の3分の1を占めるコートジボワールで、かつてメソアメリカで飲まれていたように現地消費しているとは思えない。要調査ですね…

No title
teaR URL [2011年11月25日 01時34分] [編集]

こんばんは。白いパルプ食べれるんですね。知りませんでした。食べてみたいし、お酒も飲んでみたい。カカオポットが手に入ればいいんですけど、無理なんでしょうね。製茶などと同様、すぐに発酵させないといけないのでしょうか?

そもそもカカオの発酵をいまいちわかっていません。アルコール発酵や酢酸発酵が起こっていると聞いたことがありますが、どういう変化が起きているのかも、何故発酵をさせることにしたのかもわかっていません。

もともと熱帯で飲まれていたカカオは、世界中に栽培産地が広がっていく過程で飲む習慣がなくなってしまったんですかね。飲み物であり続けたなら南北問題はなかった?

to2:teaRさん
帰山人 URL [2011年11月25日 23時42分]

>すぐに発酵させないといけないのでしょうか?
なるべく早く発酵工程でカカオ豆の息の根を止めないと、条件が良ければ発芽しちゃって胚乳成分がどんどん失われていくし、条件が悪ければ腐敗してしまいますから…
カカオ豆の発酵工程で「どういう変化が起きているのか」は一言では説明しきれません。豆の外側に付着したパルプからエタノール発酵が始まって、パルプのペクチンが分解されると豆が空気に直接触れて酢酸発酵が進む…
カカオ豆の発酵~乾燥工程では酵母・乳酸菌・酢酸菌・芽胞形成菌・糸状菌などが次々に増えたり減ったりして、実に精妙なチョコレート香味の前駆体を生み出していくようです。
>飲み物であり続けたなら南北問題はなかった?
どうかなぁ…スペインがメソアメリカにやって来なかったなら南北問題はなかった、というべき?もっとも、ヨーロッパ各国が大航海時代を経て新大陸に進出したこと自体が「南北問題」ともいえるワケで、見つけられた時点でカカオの運命は揺れ動いたんでしょうねぇ^^;

すみません、3つだけコメント
佐藤清隆 URL [2011年11月27日 15時46分] [編集]

こういうところに、ここで議論されている本の著者が直接意見を出すのは興醒めだとはと思いますが、気になってしまったので3点だけ書かせてください。
(1)カカオ生産地では、今でも昔と変わらない同じやり方で作ったカカオが飲まれています。それも、嗜好品ではなく食事として飲まれているところもあります。たとえば、あの本でたびたび紹介したメキシコのソコヌスコの農民のホルヘさんは、今でも毎朝、トウガラシと塩とパツォル(カカオとトウモロコシの混じった飲料)を飲むだけで畑仕事に行きます。
(2)カカオポッドは、生産国から生のままで国外に持ち出すのは、カカオの遺伝資源の保護(今、国際競争の渦中にある)と病害の漏出防止のために厳禁です。したがって、カカオポッドから取り出した直後のカカオパルプは、熱帯に行かないと食べられません。しかし、熱帯出身者がたくさんいるところには、パルプを冷凍して袋詰めにして輸出しています。日本でも、ブラジル人がたくさんいる地域で営業しているブラジル人の店で、冷凍パルプジュースが売られています。小生も買って飲みました。もちろん、生のパルプよりも新鮮度は落ちていましたが、オリジナルな風味は味わえます。
(3)現在の高級チョコレート開発の最先端は、農家ごとに異なる発酵をそのままに放置するのではなく、購入側が発酵に関与するたくさんの微生物を取り出して培養し、それをストックして、熱帯のカカオ農家に提供して、発酵を完璧にコントロールして、理想的に言えば「どれ一つとっても風味が変わることのないカカオ豆を使ったチョコレート」づくりを目指しています。まだそこまで徹底したチョコレートはありませんが、いずれそういうものが出てくるでしょう。

to:佐藤清隆さん
帰山人 URL [2011年11月27日 21時29分]

ようこそお越しくださいました。「興醒め」なんてとんでもありません、恐縮しつつも大歓迎であります。また、私たちの不備不明な点を丁寧にご教示いただき、ありがとうございます。
(1)に関しては、ご指摘(ソコヌスコでのカカオ飲用)の点は(本を読んでもいますからモチロン)承知しております。アフリカの生産国ではどうなのでしょう?コーヒーでいえば、古い生産地であるエチオピアやイエメンで飲用されてますが、単に「コーヒーの生産地で飲用しているか?」と問われた時には、私はブラジルやベトナムも(現在の主要な生産地として)意識します。コーヒーの場合は新たな主要産地でも各々のカタチで現地消費されているのですが、同様の意味でカカオの場合、コートジボワールやガーナではどうなのでしょう?
(2)(3)に関しては、とても勉強になりました。完璧なコントロールで均一性・再現性を追及するチョコレート製造の理想…その理想に届ききれないブレが現実のチョコレートの香味にどのようにどれくらい影響を与えているのか、また新たな興味がわいてきました。また、わからないところがあれば、ご教示ください。

カカオを飲む習慣
佐藤清隆 URL [2011年11月28日 09時54分] [編集]

小生宛に質問がありましたので、ご返事します。
 カカオを生産する熱帯地方で、カカオを飲んだり食べたりしているのは、カカオの原産国の中南米だけです。一方、アフリカやアジアでは、植民地政策や政府による農業政策でカカオが栽培されはじめたため、現地での食習慣はありません。

to2:佐藤清隆さん
帰山人 URL [2011年11月28日 19時00分]

佐藤さん、早速のお返事ありがとうございます。ナルホド、カカオの摂食習慣は中南米だけですか。ただ「植民地政策や政府による農業政策で」栽培されはじめたのは、中南米のコーヒー生産国でも類似の背景かと思われますが…年代的には中米でコーヒーが栽培され始めたのはざっと19世紀後半、カカオがアフリカで栽培され始めた時と半世紀も違わないのに、どうして摂食習慣に差があるのか?社会・経済・文化・政治・宗教などに差異を生み出す背景がありそうですね。これは今後も追究してみたい新たな課題になりました、ありがとうございます。

No title
teaR URL [2011年11月30日 01時42分] [編集]

あら、気付いたら著者の方のコメントが。勉強になります。

ワインにおける純粋培養酵母みたいなものが出来つつあるんですね。

まぁまだ完璧にはできないんでしょうが、これは振り戻しがきっとありますね。面白みや個性に欠けるものしか出来ないのはワインで実証ずみ。進化してるようで退化してるという。でも結局は進化の過程なのかな?

to:teaRさん
帰山人 URL [2011年11月30日 17時14分]

>これは振り戻しがきっとありますね。
うーん、カカオ生産に関しては「振り戻し」は起き難いかもしれませんよ。おそらくカカオ生産者(の多く)は、チョコレートやココアといった完成品としてのオリジナリティとかユニークとかに(ワイン生産者ほどには)志向が小さいだろうし、また余裕もないでしょうから…ここでもカカオの「南北問題」が壁になるような気がする。「面白みや個性」を失う効率化や均一化は如何なものか、とも感じるところはあるけれど、そればかり言いつのっては「進化/退化」の前に「消費者の身勝手」とか言われそうな気がする^^;;

この記事にコメントする

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://kisanjin.blog73.fc2.com/tb.php/399-7513d626
編集

kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
Powered by / © Copyright 帰山人の珈琲漫考 all rights reserved. / Template by IkemenHaizin