パラ魯山人

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2011年10月17日 23時30分]
三重県菰野町で開催された走大会でハーフマラソン完走後、会場から数キロメートルの美術館「パラミタミュージアム」へ向かう、大会のオマケ割引券で企画展を観るために。
  パラ魯山人
 
2011年10月16日
吉兆庵美術館コレクション 『北大路魯山人展 ―器食同源・美食の器―』
 
  パラ魯山人 (1)  パラ魯山人 (2)
入館して早速に2階第5室に展示された魯山人の陶芸作品をフラフラと観回っていると、場内に関連イベントの案内が流れる。この企画展を監修した関洋平氏(吉兆庵美術館主任学芸員)の講演会「魯山人の作品と生涯」、今般はコレを聴くことももう一つオマケ。関氏は講演の冒頭で「魯山人の奔放な個性は評する人により愛憎や好悪に別れるが、私は魯山人を愛好する立場で話す」の趣旨を説明、それはそれで結構であるが、講演内容は配られたA41枚のレジュメをなぞっただけ、資料にも発言にも「魯山人の作品と生涯」に対する新たな吟味も解釈も無い、拍子抜けして退屈し居眠り半分で聴き終えた。
 
【閑話】
「パラミタミュージアム」(Paramita museum)は、ジャスコ(現イオン)の創業家の血を引く小嶋千鶴子氏(岡田屋7代目当主・岡田卓也氏の姉で、ジャスコ設立以前より経営実務の乳母役を務めた現イオン名誉顧問)が私財で造った美術館(2003年3月開館)であり、岡田文化財団に寄付(2005年4月)されて同財団が運営するイオングループの美術館。館名はサンスクリット(梵語)の「波羅蜜多=迷いの世界である現実世界の此岸から悟りの境地である涅槃の彼岸に至ること」に由来する、と説かれている(ミュージアム概要)。その実践徳目の対象者である‘Bodhisattva’(ボーディサットヴァ=菩薩)ではない私は、‘Pāramitā’(パーラミター)という抹香臭く胡散臭い名の美術館を厭い立ち寄らなかった。今般に初めて訪ねてみれば、事前勝手な想像以上に愛想と快味のある空間であった。「これはルーシー・リー展が巡回した時にも来たかったなあ」などと思わせられて、スゴイババア・ゴンペルツの展覧会も引き寄せた別のスゴイババア・小嶋千鶴子の不思議館?
 
  パラ魯山人 (3)
没後50年を経ても、北大路魯山人作の陶芸や書に接する機となる展覧会の類は多い。今般の企画は、《和菓子の老舗、宗家 源吉兆庵は早くから魯山人の作る器の優雅さと、和菓子のもつ芸術性の共通点に注目し、作品を蒐集してきました》と案内されているが、魯山人が「美食倶楽部」や「星岡茶寮」をとっくに失い困窮の果てに「火土火土美房」を開いた翌1947年に創業して、魯山人没後18年が経過した1977年に「源 吉兆庵」を名乗りはじめた和菓子屋が、「老舗」「宗家」と称するべきか合点がいかず怪訝に思う。
 
「器食同源」という企画展の表題に加え、「うつわは料理のきもの」という魯山人の語が展示解説でも講演会でも表れていたが、それをして「料理に合わせた器を制作した」と魯山人の作陶の動機を解くばかりでは、どうにも薄っぺらな話にしか私には聴こえない。
 
 《もちろん、直接のきっかけは、美食倶楽部を経営していた折、関東大震災に
  遭い、古染付・古瀬戸・古赤絵・オランダなど、みずから経営していた骨董店
  で商う古品の中から、日常の食器として使える茶碗・皿・鉢などを選んで用を
  弁じていたものが、一切灰燼に帰してしまった。しかし、つづいて経営するよう
  になった星岡茶寮は、経営の規模が段違いに大きくなり、時には百人前もの
  器物一切を必要とするようになって、以前のように古陶磁だけで用を弁じさせ
  ようとするのは不可能で、さりとて、現代の陶磁器では魯山人の審美眼が許
  さない──という事情があるにはあったが》
  (平野雅章 「魯山人のうつわ論」/『魯山人陶説』 中公文庫版/1992年)
 
要は、「自分の好きな女に纏わせる古着を失い、仕方なく自分で着物を仕立てた」話だ。そして、他人の仕立てた新たな着物(現代の陶磁器)では魯山人が許さなかったのは、審美眼に加えて「生きる為に喰う」ことを「喰う為に生きる」に替えた無自覚の演出か?
 
 《魯山人の日常すべて演出であり演技であったといってもよいような生活ぶりだっ
  たらしい。日常すべて演出であり演技であるということは、実はもう当人にとっ
  て演出でも演技でもないものであり、日本で古来、業(ゴウ)と呼んでいるそれ
  であって、もはや当人の自由になるものですらない。演出・演技は外に向かっ
  ての働きだが、これが攻撃的性質のものであれば、遂には人を傷つけずには
  済むまい。魯山人が生涯心を許す者を持たなかった理由もそれであろう》
  (安藤搨石 「北大路魯山人の芸術」/『崑崙』 創刊号/交誠社/1972年)
 
  パラ魯山人 (4)  パラ魯山人 (5)
さらに言えば「老舗」「宗家」と称して演出した和菓子屋のコレクションという名の演技は、その対象が大愚と強迫に満ちたパラノイア芸術家・魯山人に向かって成立したのだろう。スゴイオヤジ・北大路魯山人の企画展を観た美術館は、一時「パラノイアミュージアム」(Paranoia museum)と化したようだ、館のガーデンで資料を読みながらそう感じ笑った。
 
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コメント

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じょにぃ URL [2011年10月18日 11時13分] [編集]

帰山人さん。
こちらでも以前、魯山人展があったのですが
残念ながら行くことが出来ませんでした。

魯山人はいずれ勉強したいと思っています。
と言っても雑誌でたまに特集されているのを見る程度です。
その雑誌とウィキペディアから得る薄っぺらい知識から私の勝手な解釈です。
魯山人はとにかくてっぺんを目指した人で
柳宗悦の民藝運動(日用品の中にも美がある)を批判したのも中途半端な美が許せなかったんだと思います。
『日用品にも美がある?おいおい、何言ってんだい。そんなもんで美を語るんじゃないよ。』ってな感じで
でも”てっぺんの美”も”日用品の中の美”もどちらも間違ってないと思うしただ土俵が違っただけなんじゃないかなと思います。

奥さんが『柳さんの**がほしい』と
柳宗理のやかん・鍋・スプーン・フォークなどいろいろ揃えました。
調べていくと柳宗理の父親が柳宗悦、そして魯山人が出てくるわけです。
調べる・昔を知ることは実に面白い事だと実体験からそう感じました。

魯山人と柳宗悦
オールド派とスペシャルティ派
深煎り派と浅煎り派

厳密には違いますが珈琲に置き換えると
どこか似たところがあるなと感じました。

私は完璧な物は存在しないと考えます。
魯山人が
『どうだ、この器良いだろう。』
と言っても
『何?この器。全然機能的じゃない。ぐにゃぐにゃしてて使えねーよ。』
と思う人もいると思います。

どちらが優れているかと言う事ではなく
両方を知ったうえで己が判断するべきことだと思います。

すみません。長々と書いてしまいました。

to:じょにぃさん
帰山人 URL [2011年10月18日 17時41分]

魯山人VS柳宗悦、オールド派VSスペシャルティ派、深煎り派VS浅煎り派、「珈琲に置き換えるとどこか似たところがある」…確かに似ているかもしれない。各々が自分を正当化するが故に、次第に罵倒する相手の全てを一括りにしていき、自分も相手もがんじがらめのステレオタイプに置くことになる、傍からみれば笑えるほど幼稚で低劣な遺恨だけが残る、そういうところが似ていますネ。全てに固執した魯山人にも無執に焦がれるところがあり、全てに無執を求めた柳宗悦の姿勢自体も固執といえる…2人とか2派とか二項対立させればさせる程に、1人や1派の中にも二項も三項も対立があることを忘れてしまう、ヒトはおバカな生き物だと思います。執心も技量も魯山人には及びませんが、大愚であることは倣いたい帰山人でした(笑)。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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