そこつのことに気がつけよ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2011 [2011年09月13日 23時00分]
先の記事「映画の中のコーヒー」において福島県白河オールロケの映画に触れて、次には読んでいる小説の中のコーヒーに関して記そうかと思えば、奇しくも白河市出身の作者が白河市傍近を舞台に描く推理小説…さては呪術符(?)でも仕込まれたのだろうか?(笑)
 
第57回江戸川乱歩賞受賞の『よろずのことに気をつけよ』(川瀬七緒:著/講談社:刊)は、巷間で「(著者は)コーヒーに造詣が深い」とか「コーヒーに関する薀蓄(うんちく)が随所に散りばめられていて面白い」とか評されている…はて面妖な、私は違和を覚えたのである。
  そこつのことに気がつけよ
  
『よろずのことに気をつけよ』には、いずれも主人公の文化人類学者・仲澤大輔が焙煎した後に、友人の白魔術占い師・湯山信二が抽出した「イエメン・モカ・マタリ・アルマッカ」、主人公自ら抽出した「エクアドル・アンデスマウンテン」と「ハイチ・モンラセル」、ヒロインの美大学生・砂倉真由が抽出した「インドネシア・バリ・アラビカ」が登場する(他は豆の種類不詳である)。巻末部に付された「主な参考資料」に『コーヒーの事典』(成美堂出版)が挙がっているので、『よろずのことに気をつけよ』と『コーヒーの事典』との当該コーヒー記述を抜き並べてみよう。
 
◎イエメン・モカ・マタリ・アルマッカ
 『よろず』…脳の奥を小指の先で引っかかれるような、鋭くて苦みのある匂い。
        (地の文)
 『事典』…果実のような香りとコク、豊かな風味を持つ。
 
◎エクアドル・アンデスマウンテン
 『よろず』…「ナッツに似た風味がある。」(真由) 「これはそんなに高級な豆じゃ
         ないんだが、煎り方で味がまるっきり変わるからな」(仲澤)
 『事典』…ナッツ系、またトーストしたパンを思わせる風味。…値段も安定してい
        る。浅煎りでもおいしい。
 
◎ハイチ・モンラセル
 『よろず』…「微かに甘い匂いがするからな。…スパイシーな風味と、硬水で淹れ
         たような刺激。…ハイチは土壌が石灰質だから、それがダイレクト
         に豆に反映されるんだよ。あとカリブの貿易風」(湯山)
 『事典』…甘い芳香とスパイシーな風味、硬度の高い水を思わせるような味わい
        が特徴。石灰質の土壌とカリブ海から吹く貿易風に育まれる。
 
◎インドネシア・バリ・アラビカ
 『よろず』…「淡白で素直な香りだからな。焙煎に失敗してもおいしく飲める優れ
         ものだよ」(仲澤)
 『事典』…淡白な良さが素直に感じられる。煎りやすく、多少失敗してもおいしく
        飲める。
 
『よろずのことに気をつけよ』に登場するコーヒーの香味表現、そのほとんどが田口護氏監修による『コーヒーの事典』(2008年4月刊、2011年3月再刊)からの引き写しである。唯一「イエメン・モカ・マタリ・アルマッカ」については、『コーヒーの事典』とは全く異なる(モカ系で「苦み」に触れる、という珍しい)表現がなされているので、これは著者・川瀬氏自らが味わって体得した印象か? 但し、同じ田口氏監修の文庫版旧著『珈琲の楽しみ方BOOK』(成美堂出版/2003年初刷)では「酸味は弱く、やや苦味の効いた味わいになる傾向がある。」という特徴表記があるので出どころはこの辺りか?…推理小説に推理してみる。
 
『よろずのことに気をつけよ』の中で、湯山は「…仲澤と同じコーヒーオタクなのさ」と言う。しかし仲澤が(人物設定通りに頭のキレる)正真のコーヒーオタクであるならば、自家焙煎に無縁でオタクではない者に対して、(「値段も安定」を曲解したのか)「高級な豆じゃない」とか、「焙煎に失敗してもおいしく飲める優れもの」とかは言わないハズで、他者の「苦みのある匂い」(?)とか「硬水で淹れたような刺激」(?)という乱暴な表現も相当に胡乱だ。そもそも、「焙煎の度合いは?」(湯山)に「中深煎りで中碾き」(仲澤)という噛み合わない会話で、「最高の一杯を飲むため」に用意された「アルマッカ」は挽き粉で持ち込まれており、この時点で仲澤も湯山も正真のコーヒーオタクでは無い、と断言できる最悪の描写である。
  そこつのことに気がつけよ (1)
 
『よろずのことに気をつけよ』に対する選考委員の選評で、京極夏彦氏は《…作品の根幹を成すだろう知見に対する無理解や誤謬が散見し、それは致命的なレヴェルにまで達していた。材料に対する基礎的な知識不足の感は否めない。》と、また桐野夏生氏は《私が気になったのは、登場人物たちが会話で蘊蓄を語っている点である。知識が血肉に達していない上滑りな感じがある…》と語っている。この「無理解」「誤謬」「知識不足」「上滑り」は、作品中のコーヒー及びコーヒーオタクに関しても完全に当てはまる、粗忽な内容であった。
 
『よろずのことに気をつけよ』における時代設定は、現代であること以外に詳細には判別できないが、コーヒーに関していま少し新しい情報(シングルオリジンのコーヒーとか?)を(上滑りのままでも)拾い入れれば、(私は嫌いだが)今時のコーヒーオタクっぽさ(?)にリアリティが増したかもしれない。この点、コーヒーに関する参考文献に、同じ成美堂出版から出た(田口護氏ら)バッハコーヒー・トレ-ニングセンター特別協力の『珈琲の大事典』の刊行(2011年9月)まで待ち参考文献に使えばなぁ、と無茶な慷嘆まで吐きたくなる。
 
第57回江戸川乱歩賞に関して《今回、複数の候補作に対し、複数の選考委員から「警察の描き方があまりにもお粗末である」という指摘がなされた。》(京極夏彦氏選評)らしいが、受賞作『よろずのことに気をつけよ』に関しては「コーヒーの描き方があまりに粗忽である」という指摘で私は評しておく。『よろずのことに気をつけよ』は「そこつのことに気がつけよ」。
 
コメント (20) /  トラックバック (0)

コメント

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y_tambe URL [2011年09月14日 08時51分]

この両書の表現比較は面白いですね…しかし、ここまで一致してると、いかにも上っ滑りで興ざめする感じが…。

主人公にはブルーマウンテン飲ませて、一言「エロい」と言わせりゃ、それでよかったのに(笑)

to:y_tambeさん
帰山人 URL [2011年09月14日 11時37分]

まぁ、推理小説を読むのにいちいち手元の参考文献に対照しながらってのも、傍から見れば興ざめなんだろうけれど^^;(笑)
 
帰山人の「まじくなう」(magic now=蠱くなう)…冷水や氷で低温抽出した濃いブルマンを燗コーヒーにすると、催淫作用があらわれます…この秘術、かなり「エロい」です…皆様お試しあれ…どうなってもしらんけれど…

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じょにぃ URL [2011年09月14日 12時20分] [編集]

帰山人さん。

クレオ コイルの猫の表紙の推理物の本は読まれていますか?
いろんな珈琲のタイトルが出ていますが
素直に読めるのなら読んでみたいです。

to:じょにぃさん
帰山人 URL [2011年09月14日 16時41分]

ども、じょにぃさん。コージーミステリですな。
http://kisanjin.blog73.fc2.com/blog-entry-241.html#comment385
もちろん既刊8冊全部読んでいますヨ。来月には9冊目『深煎りローストはやけどのもと』が出ますしぃ^^/ で、私に「素直に読めるのなら」って言われても^^;; 「コクと深みの名推理」シリーズって言っているけれど、コーヒーの出てくるソープドラマ本ですから頭からっぽにして読めますナ。彼の国でのコーヒートレンドを一所懸命にとりこもうとしているので、流行を探るには役立つかなぁ…

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ねこや URL [2011年09月14日 21時38分] [編集]

小説や映画で「コーヒー」が大きな要素になってる作品には縁がないのですが、マンガは数冊読んだことあります。
感想は、純粋にマンガとして面白くなかったです(--)

to:ねこやさん
帰山人 URL [2011年09月15日 00時45分]

縁がない?「映画『かもめ食堂』でも有名なコピルアック…」ってご自身のブログで言ってたじゃないですか!
>…純粋にマンガとして面白くなかったです…
確かに「面白くない」は致命的だけれど、コーヒー絡みだと(評価が)つい甘くなる傾向が…ねこやさんには無いっ!(笑)さすがです。こりゃ選考委員や私よりも手厳しいかも^^; でも正しいです。

No title
ねこや URL [2011年09月15日 12時31分] [編集]

さも知っているかのように書いてますが、実は「かもめ食堂」は見たことないのです^^;
ばらしましたね・・・・
どうも「かもめ食堂」と「アメリ」だけは食指が動かないのです(><)

to2:ねこやさん
帰山人 URL [2011年09月15日 17時05分]

いいんです見ていなくても、コーヒーを美味しく淹れる「呪(まじな)い」さえご存知ならば…私が考えた応用バージョンは、「サンハラール・モカ」と唱えて粉に深い穴をあけてから湯を穴にぶちこんで…あ、これは吉祥寺『もか』の故・標さんを敬慕する人にとっては、「まじない」じゃなくて「呪(のろ)い」になります…「いけずなことに気がつけよ」^^;;

じょにぃ URL [2011年09月16日 12時19分]

標さんの珈琲飲んでみたかったです。今標さんに近い珈琲をだされる方っていますか?一度味わってみたいです。

to2:じょにぃさん
帰山人 URL [2011年09月16日 18時14分]

う~ん、気構えと抽出で「近い」ってことならば、たぶん『コフィア』(山形県鶴岡市)の門脇さんじゃないでしょうか?但し、私はコフィア未訪ですけれど…。でも、門脇さんは私が『もか』の客だったこと覚えてみえました(『しめぎさんのコーヒー話し』を門脇さんが自費出版された際に、お店に電話したら「お久しぶりです」って言われてビックリ!)。もっとも「近い」ことを望むならば、企画展最終日のリバイバルカフェがワンチャンスかなぁ http://www.meccj.or.jp/Pages/coffeetenji.html

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じょにぃ URL [2011年09月16日 19時24分] [編集]

有難う御座います。
地理的には店に行ったほうが近いです(^^;)
一人身のうちにいけたら良かったです。
そうですね門脇さん(お弟子さんでしたかね?)がいらっしゃいましたね。
とある本に書いてたのを思い出しました。
しめぎさんのコーヒー話しまだ買えるでしょうか・・・
珈琲の旅もアマゾンで1万円に届く勢い・・・
買うには勇気がいります。。。

to3:じょにぃさん
帰山人 URL [2011年09月16日 20時57分]

『咖啡の旅』いちまんえん!!あ~かなり長い間「もか」レジ横に平積みされていたの全部買っておけばよかったなぁ(←貧者の発想は貧困だ)^^; 『しめぎさんのコーヒー話し』は門脇さんに直接聞いてみるのが早いでしょう。 とある本、って嶋中さんの本かな?『コーヒーの鬼がゆく』が文庫化されたら、それはそれでイイことあるかも…

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teaR URL [2011年09月18日 00時22分] [編集]

こんばんは。これまた楽しそうな本じゃないですか。上滑り感…、僕個人に関してもあるので、温かく見守りながら読みたいと思います。

焙煎に失敗してもおいしく飲める優れもののバリアラビカがほしいなぁ(笑)

to:teaRさん
帰山人 URL [2011年09月18日 01時12分]

そうです、「温かく見守りながら」読んであげてください。私のような呪われた(?)読者ばかりでは、受賞者が痛ましくって…(笑)
でも、「焙煎に失敗してもおいしく飲める優れものの」豆なんかありませんっ!あ~、この辺は「プロには到底及ばないシロウト趣味」をオタクとか通とかの限界と(著者が)思い込んでいる言葉ですから…正真のコーヒーオタクであるならば「煎りやすく、多少失敗しても…」なんていう所詮業務(商い)上の譲歩と妥協の評価言は決して受け入れられないハズです。「おいしさ」追究に関しては、商売人の限界を見下しきって遥か上へ進む、そういう実践オタクとして主人公を描いて欲しいなぁ…あ、また呪われた話をしてしまった(笑)。

No title
teaR URL [2011年09月19日 00時10分] [編集]

こんばんは。
>商売人の限界を見下しきって遥か上へ進む
すごいなぁ。すごく納得です。

焙煎に失敗しても美味しく飲めるって、それってすでに成功なのでは?と思ってしまいます。美味しいけど失敗ってことあるのかなぁ?その豆がもともと持っている味が出てないとか、自分が目指した味ではないってのならわかりますけどね。

to2:teaRさん
帰山人 URL [2011年09月19日 00時46分]

ウン、美味しけりゃ当然に失敗じゃないですね(笑)。ただ、現実のコーヒー界には(他の飲食業界と同様に)「美味しい」感覚を傍からニセモノ呼ばわりするオセッカイな人も多いしねぇ。音の世界と違って「味覚の絶対音感」が無いので、美味しい不味い、成功失敗、規定が難しいですよね。ま、いい加減なこと言っても通用する、って美味しさもあるけど…あ、これも不味いワケか??

No title
じょにぃ URL [2011年09月21日 12時24分] [編集]

帰山人さん。
先ほど『しめぎさんのコーヒー話し』
注文できました。
定休日の昨日電話したにもかかわらず
とても紳士的で感じの良い方でした。
『この本はどちらでお知りになりました?』
と聞かれたので帰山人さんという方からと言うと
わからないようでした。
色々説明をしてなんとなくわかっていただけたようでした。
届くのが楽しみです。

to4:じょにぃさん
帰山人 URL [2011年09月21日 22時45分]

>帰山人さんという方からと言うとわからないようでした。
…でしょうねぇ^^; 本名を言えばイッパツだっただろうけど。
んなことはどうでも良いとして、『話し』お楽しみください^^/
豆も取り寄せられたのかな?

じょにぃ URL [2011年09月22日 07時36分]

帰山人さん。
本の事で頭が一杯で豆はどっか行っちゃってました(^^;)
本当は明日からの連休で直接お店にお邪魔して珈琲を飲んで本を買ってと思ってたのですが予定が会わなくなってしまったので本だけ注文しました。
やはりまずは自分で淹れるよりお店で雰囲気を味わいつつ飲んでみたいので次の機会にとっておきたいと思います。

to5:じょにぃさん
帰山人 URL [2011年09月22日 14時37分]

わかる…というより、実は私も本を取り寄せた時は本だけでした^^; それ以前に、知人が『コフィア』に訪店した際に豆を買ってきたので、私が淹れて皆で味わいました。が、どうしても(私の焙煎したものも含めて)他との比較論で味わってしまうので、やっぱり門脇さんが淹れたコーヒーを店で飲むのが好いのでしょうなぁ。私も機会を狙います^^/

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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