珈琲とエクレアと死人

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2011 [2011年07月23日 06時00分]
『珈琲とエクレアと詩人 スケッチ・北村太郎』(橋口幸子:著/港の人:刊)を読了した。このエッセイ、方々で喝采を博しているようで、《詩人論も作品論もない。その意味では『無言』の一冊だが、胸にしみるものがある》(毎日新聞 2011年5月15日書評)らしく、《こういう本に短期間で重版がかかるというのは、嬉しいね》(週刊新潮 2011年6月2日号:福田和也の世間の値打ち)とかで、《この本を読み終える頃には、誰もが北村さんのことが大好きになっている》(共同通信 2011年7月11日新刊レビュー)のだそうである。
 
 《たぶん、小町通りにある喫茶店イワタで珈琲を飲みエクレアを食べたあと、夕
  食の食材を求めに東急ストアに行くところだったのだろう。》 (『珈琲とエクレア
  と詩人』p.13)
 《「お茶でも飲んでから、行こうか」と言われたので小町通りの入り口の喫茶店
  イワタに入り…いとおしそうにエクレアを食べ、珈琲を飲んで、なんとなく憂鬱
  な気分で病院のある鎌倉山行きのバスに乗った。》 (同書pp.72-73)
 《いとおしそうに、ゆっくりとエクレアを食べ、濃いイワタの珈琲にミルクと砂糖を
  いれて、少しずつ飲んでいる。》 (同書p.94)
 
本書に頻出する「イワタ」は鎌倉駅のそばの小町通りにある老舗の喫茶店で、昨今ではエクレアではなくホットケーキが名物となり、殺到した客が列をなす繁盛店になっている。
 
 《最初はステーキレストランなどを営んでおり、現在の形態となった創業年を昭
  和23年としている。当時はコーヒーも洋菓子もまだ非常に珍しく、また、テラ
  ス席を設けるなど、進取性に富んだ店だった。》 (café‐sweets
  [カフェ‐スイーツ] vol.121 April 2011/柴田書店:刊/店を引き継ぐという
  こと ①イワタコーヒー店 pp.100-101)
 
イワタコーヒー店は、祖父である創業者岩田光之氏、伯父である2代目岩田武氏の死後、岩田亜里紗氏(3代目オーナー)が2006年より店を継ぎ、改装されて今に至っている。現オーナーは、1枚3cm超という焼き上がるまで約30分かかる2枚重ねの分厚いホットケーキに着目して、これを焼く銅板を2倍に増やし、来客者が席に着く前にオーダーを取る特化したシステムに替え、客数を3倍近くに増やした。もはやホットケーキ屋である。
 
『珈琲とエクレアと詩人』で北村太郎氏が「イワタ」で珈琲とエクレアを喫するありさまは、私には陰鬱とした飲食描写に感じられてうら寂しく思わせ、老舗店の珈琲とエクレアが本来の味わいよりも数段不味そうである。福田和也氏(前掲)は、詩人に対する著者の敬愛(80点)やスケッチ(75点)よりも本書に登場する料理(85点)を高く評価している。だが北村氏作のソーメンや和風ロールキャベツや牡蠣鍋は、私には不味そうに思える。詩情を介することも無く、詩趣に会することも無く、詩心を解することも無い不粋な私は、本書の読後に北村太郎氏を《大好きになって》いないどころか、むしろ嫌悪が募った。かつて鎌倉文士と呼ばれた小説家や詩人などが創業以来多く来店し集った「イワタ」、北村太郎氏がこの喫茶店に通い味わっていたのは、実は珈琲でもエクレアでもなくて、自身の不義と不遇による鬱屈だったのではないのか? どうにも気色の悪い喫茶である。
 
田村隆一氏の「焙煎された音楽体験」(『ユリイカ』1987年4月号:特集*喫茶店 滅びゆくメディア装置/青土社:刊)は、太平洋戦争戦時下の喫茶店や音楽に関する構えつつも生々しい証言であるが、私にはその裏に発露を抑えた意識が読み取れる。
 
 《…『我が秘密の生涯』という…茫大な性的自叙伝がある。ここに登場するコー
  ヒーハウスは面白く、階下では文学論、芸術論に花を咲かせながらお茶を飲
  み、二階がメイクラブ用のホテルになっている。一、二階を包括することで、人
  間的生活ができてしまうという取合せが面白い(笑)。…日本にこれだけ喫茶
  店が多いのは、今も昔も兎小屋という住宅環境のしからしむるところでしょう
  が、そんな事態が改善され、精神的に豊かな空間が生まれない限りは、小さ
  な家から小さな喫茶店へとさまよっていかなきゃならないというのが、ぼく達の
  置かれた状況だね。》 (『ユリイカ』1987年4月号 pp.63-65)
 
既に友人・田村隆一氏の夫人・田村和子氏と恋仲になっていた北村太郎氏は、1980年12月に稲村ヶ崎の田村夫妻の家から20mと離れていないアパートに居を移す。毎晩夕食を田村夫妻と食べ、男2人は二階に上がって話をする、という異常な生活の日々。約1年後、田村和子氏は精神を患い、自殺回避のために病院に入る。田村隆一氏は別の女性と暮らし始め、和子夫人を見舞うことは一度もないまま1988年晩秋に離婚。この間、北村太郎氏は横浜に転居し、恋人和子氏を毎週病院に見舞い、離婚して和子氏が独り身になった直後に稲村ヶ崎の家に居を戻し、住み始めている。まさに、《一、二階を包括することで、人間的生活ができてしまうという取合せ》に狂い、《小さな家から小さな喫茶店へとさまよっていかなきゃならないという》状況に置かれた詩人2人。
 
詩作が自ら俗物であることを相殺はしない…俗物の気色の悪い喫茶は死んで終わった。私が「イワタ」に行くならば、珈琲とエクレアを喫することなく、俗化した客同様にあえてホットケーキを食べよう。少なくとも「珈琲とエクレアと死人」の中で、さまよいたくは無い。
 
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コメント

No title
ナカガワ URL [2011年07月25日 22時18分]

イタリアではバザーリア法というのが1970年代の終わりくらいにできました。さすが先制攻撃のイタリアです。専守防衛の日本は、この点では気色悪さを残したままです。わたしも、この詩人二人ともに嫌悪が募ります。
イタリア程度のユーモアがあれば、小町通りに「キング・オブ・ハーツ」というカフェを作り、北村某が恋人の社会復帰を支援するとか。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2011年07月26日 00時35分]

『珈琲とエクレアと詩人』にね、著者が詩人を誘って居酒屋に飲みにいくクダリがあるんですよ。そこは、殿山泰司タイちゃんの「偉大なる女房」近藤あき子さんがやっていた店…よく行けたもんだなぁ。あ~、マニコミオを止めて「キング・オブ・ハーツ」なんて皮肉を与えても、詩人共は「イワタ」で珈琲をおかわりしてねばって出てこない類だと思うけどなぁ。アノ人だったら、「ヒヒヒヒ、どうするウ?阿呆らしいこと考えるなッてんだッ馬鹿!!」で終わるだろうなぁ、人間の出来が違いますからね、タイちゃんは…聴いて読んで観て飲んでバザーリア!

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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