現実的な無想家

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:思うこと / カテゴリ:あ・論廻 [2011年06月14日 23時00分]
村上春樹氏は「カタルーニャ国際賞」授賞式で「非現実的な夢想家として」スピーチした。
  我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意
  見です。…それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々
  の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫
  理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人
  が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な
  経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋
  を我々は見失ってしまったのです。
  (2011年6月9日のスピーチ)
 
大江健三郎氏は“THE NEW YORKER”に‘History Repeats’という寄稿を掲載した。
  This disaster unites, in a dramatic way, two phenomena:
  Japan’s vulnerability to earthquakes and the risk
  presented by nuclear energy. The first is a reality that
  this country has had to face since the dawn of time. 
  The second, which may turn out to be even more
  catastrophic than the earthquake and the tsunami, is
  the work of man. What did Japan learn from the tragedy
  of Hiroshima?
  (2011年3月28日の寄稿記事)
 
村上春樹氏は「エルサレム賞」授賞式で「壁と卵」(壁=システム/卵=人間)を語った。
  Take a moment to think about this. Each of us
  possesses a tangible, living soul. The System has no
  such thing. We must not allow The System to exploit us. 
  We must not allow The System to take on a life of
  its own. The System did not make us: We made The
  System.
  (2009年2月15日のスピーチ)
 
村上春樹氏は「カタルーニャ国際賞」授賞式で「非現実的な夢想家として」スピーチした。
  ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できな
  いものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。
  それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえ
  ば、簡単に元通りにはできません。…国境や文化を超えて開かれた「精
  神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思い
  ます。…そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄
  の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進
  んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。
  (2011年6月9日のスピーチ)
 
大江健三郎氏はかつて村上春樹氏の「芥川賞」候補作品『風の歌を聴け』を酷評していた。
  今日のアメリカ小説をたくみに模倣した作品もあったが、それが作者をか
  れ独自の創造に向けて訓練する、そのような方向付けになっていないの
  が、作者自身にも読み手にも無益な試みのように感じられた。
  (1979年9月:『文藝春秋』「実力と表現を強く求める主題」選評)
 
    musouka.jpg
 
エルサレム賞を受けた村上春樹氏は「システム」を嫌う‘novelist’(小説家)であったが、カタルーニャ国際賞を受けた村上春樹氏は「日本」を語る「非現実的な夢想家」である。記事冒頭のスピーチと次の寄稿を比べてみる…たくみに模倣した作品? 独自の創造? 「美しい日本の私」(川端康成氏)、続いて「あいまいな日本の私」(大江健三郎氏)、そして村上春樹氏は「非現実的な日本の夢想家」を宣言してしまった、もう、後には退けない。
 
スペインのバルセロナにおいて東北地方太平洋沖地震を「地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。」と説明した村上春樹氏、私は「非小説家化が僅かに早まり大江健三郎氏と見まごうほどの規模の変化」と思える。「人と、その確かな壁」以後も、村上春樹氏が編んだ物語を読んでいない私は「無想家」。
 
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コメント

No title
ナカガワ URL [2011年06月15日 20時43分]

アンビギュアスな大江のスピーチは結構気に入っています。アンビギュアスをあいまいと使って、後で辞書をひいたら、多義的なんて意味もでてきて。あとディーセントの使い方も真似させてもらってます。村上某はほとんど読んでません。音楽評を書いたものくらい。わたしにはインディーセントに感じました。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2011年06月15日 21時04分]

震災・原発が問題となる世態とはいえ、今夏の村上氏スピーチに関してマスコミもハルキストも「核・原発に『ノー』」の内容の是非論ばかり…当人は「もう、後には退けない」変容をおそらく覚悟した上でのスピーチだったと推測していますが、その行為がディーセントであるか否かの論点は巷間少ない、残念です。
>わたしにはインディーセントに感じました。
私もそう思います、たとえ当事者に覚悟と読みがあっても…

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
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